phasonの日記: カイラリティを制御したカーボンナノチューブの合成 1
"Controlled synthesis of single-chirality carbon nanotubes"
J. R. Sanchez-Valencia et al., Nature, 512, 61-64 (2014).
カーボンナノチューブは,単層グラファイト(グラフェン)を適当なサイズで切って丸めて繋いだものと見なすことが出来る.紙のような(準)連続&等方的な物体であればどのような角度で切って丸めて円筒にしても出来上がるものは同じなのだが,グラフェンは蜂の巣構造を持った巨大分子であり,異方的な構造を持っている.この結果,カーボンナノチューブは「どのような角度でグラフェンを切り出すのか?」によって微視的な構造が異なってくる(このあたりの図3を参照).
さて,カーボンナノチューブは熱伝導性や電気伝導性,機械的強度などに優れているので,これらを何とか実用化しようという研究が活発に行われている.ここで問題になってくることの一つが前述のカイラリティだ.ナノチューブの場合,カイラリティが違うと物性が大きく異なってくる.特に影響が大きいのが電子状態であり,カイラリティによってナノチューブは金属(各種カイラリティ全体の1/3)または半導体(同2/3)と,全く異なる物性を示す.また半導体に分類されるナノチューブであっても,そのバンドギャップなどはカイラリティによって異なってくる.これは,ナノチューブを電子素子として使おうとする場合には特定のカイラリティのみを選択して利用する必要があることを意味している.何も考えずにごちゃ混ぜのナノチューブを使ってしまったら,あるところでは金属,別な素子部分では半導体,さらに別な場所ではギャップの非常に小さな半導体,と,素子ごとに特性が大きく変化してしまうためだ.
そんなわけで,これまでにも何とか単一のカイラリティのナノチューブを作成しよう,という研究が多数行われてきた.例えばある決まったサイズの穴を持つ物質を鋳型として用いればそこにちょうど合うサイズのナノチューブだけが出来るだろうとか,金属性のナノチューブと半導体のナノチューブで燃焼温度が微妙に異なることを利用して一方を燃やして除去するとか,実に様々な研究がある.しかしながら,どれも完全に分離することには成功しておらず,どうしても他のカイラリティのナノチューブが不純物として混入してきてしまっていた.
今回報告されたのは,(6,6)という特定の金属ナノチューブのみを選択的に作成する事が出来た,と言う論文である.手法は2段階に分かれていて,まず,特定のカイラリティを持つナノチューブへと接続できる「キャップ」部分(フラーレンを半分に切ったようなものをイメージしてもらえると,だいたい合っている)を平坦な白金基板上で作成,その後白金基板上で炭化水素を供給しながらそのまま長く伸ばしていく,というものだ.
キャップの前駆体として用いているのは,Extended Data Figure 4でP1と表示されている分子である.これを清浄な白金(111)表面にばらまき500 ℃程度に加熱する.白金は水素の解離や脱離の良い触媒であり,炭化水素系の分子から水素を外して炭素-炭素結合が生成する過程を促進することが出来る.この結果,この前駆体はエッジ部分の水素が次々に外れ炭素-炭素結合が生成,半球型のキャップを持つナノチューブの末端が生成する(Extended Data Figure 2の左端).このキャップは,平坦な白金表面から垂直に突き出した状態で固まっている.最初に合成された前駆体P1の形状がきっちり決まっており,脱水素による結合生成が起こる場所も限定されているため,出来上がるキャップの構造はただ一つに限定される.なお,このキャップ構造から伸びることが出来るのは(6,6)ナノチューブ(アームチェア型ナノチューブと呼ばれるものの一つ)であり,金属伝導を示す.
細かいことを言うと炭素-炭素単結合の回転によりいくつか違う構造のものも出来るのだが(Extended Data Figure 2の左端以外の構造),これらはナノチューブへと成長する事が出来ないので,(ちょっと収率が下がる以外には)ここから先の実験には影響しない.
キャップが出来上がったら,そこにエタノールやエチレンの希薄なガスを導入しつつ,400-500 ℃の間で加熱する.そうすると白金の触媒効果によりこれらのガスが分解しC2が生成,ナノチューブの末端(白金と接触している部分)に付加的に結合することにより,少しずつナノチューブが成長していく.キャップの構造が厳密に決まっていたのだから,そこから伸びるナノチューブもそのカイラリティを引き継いだ単一の構造となる.
得られたナノチューブはRaman分光により構造などの情報を得ている.ナノチューブにはブリージングモード(breathing mode,円筒が半径方向に拡大・縮小を繰り返すような振動)と呼ばれる特徴的な振動モードが存在し,その振動数はナノチューブのカイラリティに依存している(=この振動数からカイラリティの情報が得られる).今回作成したナノチューブを調べると,非常にシャープでただ一つのピークのみが(6,6)ナノチューブに対応する位置に観測された.これは作成されたサンプルはほとんどが同一のカイラリティを持つナノチューブの集合体であり,そのカイラリティは前駆体から出来るキャップの構造にきっちり一致していることを意味している.さらにグラフェンなどに欠陥があると現れるDバンドと呼ばれる振動はほとんど観測されず,本手法で作ったナノチューブは格子欠陥をほとんど全く含まない,きれいな構造をしたナノチューブである事もわかった.
これまでにもキャップなどを先に作っておいてそこからカイラリティの揃ったナノチューブを生やそう,という研究はあったのだが,それらで使われていたのは通常のナノチューブ作成に使われるのと同じような金属ナノ粒子であった.その場合,実際に出来上がるナノチューブには無数の不純物が混ざってきており,「狙ったカイラリティのみを作る」と言う点からはまだまだであった.
今回の手法の新しいところは,触媒としてナノ粒子ではなく,平坦な金属表面を使ったところにある.これにより非常にきれいにナノチューブが成長し,これまでの金属ナノ粒子を使った場合のようなナノ粒子のサイズや形に引きずられておかしなカイラリティに変化してしまう,というような事が防がれている.
もう一つ重要なのは,この白金表面を使った場合だと400-500 ℃というかなり低温でのナノチューブ成長が起こっている,と言う点だ.このあたりは白金の表面構造と(6,6)ナノチューブの構造がうまく噛み合ったのか,それとも白金表面が触媒として優れているのか,そういったところはよくわからないが,利点は非常に大きい.まず,成長温度が高温になると,最初に作ったキャップが一度金属中に溶けて再析出するような事が起こってしまう事が知られている.これが起こると一度キャップが分解しているのだから,特定のカイラリティで成長する事は不可能である.ところが今回の手法では,かなり低い温度でナノチューブが成長しているため,このような心配が少ない(それがきれいな結果に繋がったのだろう).もう一つの利点として著者らが挙げているのが,既存のCMOSプロセスとの共存性だ.実は通常のナノチューブ作成でよく使われるような700-900 ℃などの高温では,CMOSの酸化膜がナノチューブの原料として導入する炭化水素やナノチューブそのものと反応して破壊されてしまったり,酸素があちこちに移動してしまったりする.そのためCMOSとナノチューブによる配線(等)を組み合わせようと思うと,ナノチューブの成長は500 ℃以下であることが必要だと言われていた.今回の手法ではその点もクリアできているわけだ.
この手法が他のカイラリティを持つナノチューブにも適用できるかどうかはまだわからないし,現時点ではまだ量産性にも難はある.しかしながら,長いこと無理だの難しいだの言われてきた単一カイラリティのナノチューブ作成がここまできれいに行ったというのは一つの区切りとして感慨深いものがある.
紙の等方性 (スコア:0)
> 紙のような(準)連続&等方的な物体であれば
細かいところですが、紙の場合でも、繊維の向き(縦目、横目)によって曲げやすさや強度が変わるので、
どのような角度でも、とはいかないですね