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日記

phasonの日記: 溶けたアルカリ金属を水に入れると爆発するのは何故か? 2

日記 by phason

"Coulomb explosion during the early stages of the reaction of alkali metals with water"
P. E. Mason F. Uhlig, V. VanĚk, T. Buttersack, S. Bauerecker and P. Jungwirth, Nature Chem., 7, 250-254 (2015).

金属ナトリウムやカリウムなどのアルカリ金属類は非常にイオン化しやすいため水とは激しく反応し,その融解した液滴を水に落とせば爆発する.これは水に触れたアルカリ金属が一瞬で反応し急激に発熱,それと同時に発生した水素が引火し,これらの合わさった熱によって一気に爆発するためである.これはよく知られた事実であり,教科書にも載っているような非常に基本的な知識だ.
……だが,本当にこれは正しいのだろうか?
今回の著者らの報告は,このほとんどの化学系の人間が疑いもしなかった反応に関する,新たな発見についてである.

冒頭で,著者らは疑問を投げかける.爆発するには,急激な反応が必要である.しかしその一方で,溶けたアルカリ金属が水に触れると急激な反応で水素が発生するし,反応熱は水の気化により水蒸気も生む.これによるライデンフロスト効果はアルカリ金属と水との接触を阻害し(*),反応速度は遅くなるはずである.また,表面に発生する水酸化物も水との接触を阻害する.これでは急激な爆発を引き起こすのは難しいのではないか?

*無論水蒸気も水であるのでアルカリ金属と反応するが,液体の水に比べれば密度が圧倒的に小さいため反応は遅い.

そこで今回著者らは,爆発の様子を詳細に観察すべく,高速度カメラによる観察を行った.記録レートは毎秒約10,000フレームであり,水面上および水面下での様子を記録している.サンプルとしてはNa/K合金(Kが約90 wt%)を用いているが,これは室温で液体の合金であり,シリンジから滴下することで毎回均一な液滴を再現性良く落とすことが出来るためである(実験は当然不活性ガス中で行われている).

実験結果の動画がSupplementary InformationのMovie 1として公開されているが,いくつか興味深い特徴が明らかとなった.
まず,液滴が水面に触れると,0.2-0.3ミリ秒程度の間に急速に爆発が起こる.これは時間的に考えて,単なる反応熱により水が吹き飛んでいるのではあり得ない(速すぎる).実際に著者らは1000 ℃に加熱し溶かしたアルミの液滴を同じように滴下したが,その場合にはライデンフロスト効果により徐々に反応する程度だったらしい.
また,0.3ミリ秒後に表れる水面の「爆発」では,飛び散る水の色が明確に青~紫色となっていることがわかる.これは溶媒和電子が発生し,これが光を強く吸収していることを意味している.溶媒和電子とは,電子そのものがまるでイオンであるかのように溶媒に溶けたものであり,アルカリ金属を液体アンモニアなどに溶かした際に表れることが知られている(有機合成で特殊な還元剤として利用される).このことから,アルカリ金属の液滴が水に触れると,水の還元反応以前にかなりの量の電子がそのまま水へと移行していることがわかる(もちろん,この多量の電子は引き続き水の還元(水素の発生)に使用される).

さらに興味深い特徴は,水面下に表れる無数のトゲ状構造である.水面に接触したアルカリ金属の液滴は,瞬時に(0.1 ミリ秒以下ぐらいから)水面下に向かって無数のトゲを成長させる.このトゲの急速な成長が水とアルカリ金属との接触を急速に増やし,爆発的な反応(と,それによる実際の爆発)を引き起こしていると考えられる.つまり,普通だったら反応により生じる蒸気の層や水酸化物の層が保護膜となって反応を遅らせるのに,アルカリ金属自体が無数のトゲを作って水へと突き刺していくためにこの保護膜が機能せず,急速に反応が進むわけだ.

この無数のトゲは何なのだろうか?
著者らは,これはアルカリ金属に生じた膨大な量の正電荷間の反発によるものではないかと推測している.アルカリ金属が水に触れると,瞬時に金属内の電子が多量に水へと受け渡される(これは溶媒和電子の存在からも支持される).すると当然ながらアルカリ金属の液滴表面には無数の正電荷(今回の系だとNa+やK+に相当する)が発生するが,これらの正電荷同士は当然ながら強く反発し,この反発力が液滴をバラバラに引き裂こうとするわけだ(**).

**なお,こういった電荷による断片への破砕は分子を一気に多価イオンにした場合などにも良く観測され,クーロン爆発と呼ばれている.論文のタイトルにあるCoulomb explosionがそれである.

まとめると,以下のようになる.

アルカリ金属の液滴が水に触れると,電子が水へと急速に移行する.
すると液滴内に過剰な正電荷が生じ,その反発力による不安定のせいで液滴からは無数のトゲが水に向かって伸張する.
このトゲが反応によって発生する蒸気や酸化物の層を突き抜けることで,水との反応界面が急速に増大し反応速度が劇的に上昇する.
その結果,暴走的な反応が起き爆発を引き起こす.

というわけだ.なお,トゲ状の構造が爆発に由来する副次的なものではない事も,液体アンモニアへの滴下により確認している.この場合,無数のトゲ状の構造は発生するものの爆発は起こらない(アンモニアとアルカリ金属との反応がおだやかであるため).

何とはなしに「わかりきったこと」と思っていたアルカリ金属液滴と水との反応にも,ずいぶんと面白い物理が隠れていたものだ.

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  • by Anonymous Coward on 2015年03月17日 11時56分 (#2779005)

    通常の化学反応であれば

    Naが価電子放出、H2Oが受け取り→Na+とOH-が空間的に接触して電荷を中和しつつ次の反応へ

    という段階を踏んでいくのが、

    Na価電子放出が優先、電荷中和は後回し→正電荷蓄積→反発力でスパイク形状

    となっていると理解しました。
    ここで疑問になるのは、たとえば液体Naにアースされた金属棒を挿したら電荷が生じるかとか、
    液体金属とか導電性有機媒体(電子は受け取るが化合はしない)に滴下したときにはどうなるのかなあと。
    電荷をもったまま化合せず、水に沈んだウニみたいなものが観察できないですかね。

    • >たとえば液体Naにアースされた金属棒を挿したら電荷が生じるかとか

      イオン化ポテンシャル考えると,電荷は生じるような気がします.
      (そうでないと,金属Naを水に突っ込んでもNa+が生じないことになってしまう)

      結局,「NaとかKが中性の状態」よりも,「アルカリ金属がイオン化して,水側が負イオンになっているものとの間に電気二重層的なものを作っている状態」の方がエネルギーが低いということなので.
      そのペアを壊してNa/K側を中性にすることはないでしょう.

      >液体金属とか導電性有機媒体(電子は受け取るが化合はしない)に滴下したときにはどうなるのかなあと。
      >電荷をもったまま化合せず、水に沈んだウニみたいなものが観察できないですかね。

      こちらは,液体アンモニアにNaとか入れた場合に相当しますね.
      NaやK側は結局はバラバラに分解されイオン化してしまうので,トゲ構造は取り出せないことになります.
      #反発が強すぎるので,安定な構造として固定できない.

      親コメント
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アレゲはアレゲを呼ぶ -- ある傍観者

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