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日記

phasonの日記: 量子ドットとCCDを用いた簡易型分光光度計 4

日記 by phason

"A colloidal quantum dot spectrometer"
J. Bao and M. G. Bawendi, Nature, 523, 67-70 (2015).

光を波長ごとに分解しその強度を測定できる分光光度計は,物質と光との相互作用を扱う分野ではなくてはならない測定機器である.例えば化学においてよく用いられる可視紫外分光光度計などは,物質に光を照射し透過してきた光を測定する事で,その物質がどんな光をどの程度吸収するのかを測定する事が可能であり,物質の同定や電子状態の推測などを行うことができる.
これら一般的な分光光度計においては,光を回折格子などを用いて波長分解し,それを各波長ごとに検出器で測定する事でスペクトルを得ている(*).

*一部の機器などでは,回折格子などで波長を空間的に分解した後に,CCDのような面型受光器で一気に測定する事で全波長域を一度に測定するものも存在する.

しかしこの方法では,回折格子およびそれを用いた光学系で十分な波長分解能を得るために,それなりのコストとスペース(光路を伸ばすほど,異なる波長が空間的に異なる場所に分かれるので分解能が上がる)が必要となるため,安価かつ小型の分光器を作るのはなかなか難しい面もある.

今回報告されたのは,吸収波長が少しずつ異なる量子ドットとCCDを用いる事で,簡便にそれなりの波長分解能をもつ分光器を作る事が出来る,というものである.

著者らの発想は非常に単純なものだ.まず,吸収波長の少しずつ異なる量子ドットを多種用意する(Extended Data Figure 1).日常的なサイズの物質では多少の大きさの違いがあっても色は変わらないが,量子ドットぐらいの大きさとなると電子の閉じ込めサイズの違いがエネルギー準位に大きな影響をもたらし,サイズの違いで色=吸収波長が異なってくる.これにより,単一種類の物質であってもさまざまな吸収波長をもつ物質を作る事が出来る.
こうして作製した195種類の量子ドットを,透明な基板上に14×14のマス目として塗っていく(1箇所は量子ドットが存在せず,元の光がそのまま透過する).これをCCDの上にのせて,測定したいサンプルを透過してくる光の強さをこのフィルター越しに測定すると,各マス目の場所ごとに異なる量子ドットにより吸収された光がCCDに当たり記録されることとなる.

光源 → サンプルによる吸収 → フィルター上の量子ドットによる吸収(位置ごとに異なる) → 面型受光器(CCD)

ここで原理の説明のために単純化し,「量子ドットA(400 nmより波長の短い光を全て吸収する)」,「量子ドットB(401 nmより波長の短い光を全て吸収する)」という2種類があった場合を考えよう.この場合,量子ドットA部分を抜けてきた光の強さから量子ドットB部分を抜けてきた光の強さを引くと,「400-401 nmの間の光の強さ」がわかる.今回の実験では,これを195種(+完全に透過してくる光)に関する連立方程式として扱い,各波長ごとの強度を再現するわけである.

いくつかのデモンストレーションが行われているが,例えばHR2000というポータブルサイズの分光器と比較した場合では,若干ピークが鈍っているものの,2 nmほど位置の離れたピークを一応分離することに成功していたり,1 nmずつズレた発光ピークを分解できていたりと,ほどほどの性能が達成できている.
なお本手法では,得られた連立方程式からどのように元の吸収を推定するかというアルゴリズム部分も最終的な結果に大きな影響を与えるため,測定対象のスペクトルがおおよそ推測できる場合ほど測定精度を上げることが可能である(逆に言えば,完全に未知だと若干性能が落ち,弱いピークを見落としたり,実在しないゴーストを生んだりする).
また,今回は実験の都合上195種類の量子ドットを用いて測定を行っているが,当然ながら量子ドットの種類を増やせばそれだけ波長分解能も向上するため,今回のデモンストレーション以上の性能も期待できる.

この手法で本当に低コストな分光器が作れるのか?という部分にはやや疑問もないではないが,まあ一つの提案としては面白い.

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by nemui4 (20313) on 2015年07月06日 11時35分 (#2842660) 日記

    2 nmほど波長がずれたピーク?

    #なんとなく違和感

    QDマトリクスが簡単に作れるのならテイコストで高分解能力のある分光器ができそうっすね。

    3DQDプリンター(?)とかも低コストできるならFPDが一気に置き換わって行きそう。
    今、4KやxKとかで頑張ってる人たちどないなるやろ。

    • by phason (22006) <mail@molecularscience.jp> on 2015年07月06日 12時47分 (#2842696) 日記

      >QDマトリクスが簡単に作れるのならテイコストで高分解能力のある分光器ができそうっすね。

      その辺は「量産」しようと思うと微妙に面倒くさそうな気もします.
      著者なんかは「QDなら印刷できて量産も楽!」とかイントロで謳ってますが,もうちょっと性能上げるとして300種類ぐらいのQDを使うとなると,要するにインクが300色あるプリンタが必要になりますからねぇ.何となく,アイディアはまあ悪くないけど,結局大してコストダウンできないから実用化できなかった,とか成りそうな気も.

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      • by nemui4 (20313) on 2015年07月06日 14時17分 (#2842762) 日記

        量子の世界は遠くてわからないけど「300種ぐらいのQD」って作り分けるのはやっぱ大変そうに思えてしまう。
        QDを作るための量子的ななにかもきっと作っちゃうんだろうけど、どこまで実用的に低コスト化できるのかに期待。

        #こんな(Q dot)技術分野があることすら今日まで知らなかった・・・

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      • by phyn (46932) on 2015年07月06日 18時01分 (#2842919) 日記

        これコロイド分散系QDなので分散液の種類を用意するのは中々大変だと思います。

        ところで、結晶薄膜のヘテロで量子井戸なんか作る時は、基盤に温度ムラつけて結晶成長速度に場所依存性もたせてやると、いろんな井戸幅を一度に製膜できて、固体量子井戸の条件出しを一瞬で出来るという技があります。(私の仕事ではありませんが)

        その技術はこれに応用できそうだなと思いました。
        コスト減とは方向性違うかもしれませんが。

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