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日記

phasonの日記: 単純な構造で実現されたナノサイズの厚みの不可視化クローク 1

日記 by phason

"An ultrathin invisiblity skin cloak for visible light"
X. Ni, Z. J. Wong, M. Mrejen, Y. Wang and X. Zhang, Science, 349, 1310-1314 (2015).

波長よりも小さいナノサイズのアンテナ構造を組み合わせると,光に対する応答が通常のバルクの物体とは異なる,例えば負の屈折率を持つ「異常な」媒体を作ることが出来る.こういった物質はメタマテリアルと呼ばれ,波長限界を超える分解能を実現するスーパーレンズや高い光吸収率を実現するコーティングなど広い分野での応用が期待されている.そんなメタマテリアルの応用の中でも,最も有名なものは不可視化クロークであろう.
不可視化クロークとは,例えばあらゆる方向からの入射光がぐるっと迂回し,それぞれのちょうど反対から透過していくような囲いであり,もしこれが実現すれば(対応する波長の)光では対象物を見ることが出来なくなるような性質を持っている.不可視化クロークは実用上も非常に大きな可能性を秘めているものであり数多くの研究が行われた結果,最初は電波領域でしか利用できなかったものが,可視光域で動作するようなものまで作成されている(ただし,適用できるのは現時点では特定波長だけである).

発展著しいメタマテリアル&不可視化クロークであるが,現状では様々な問題も知られている.例えば多くの構造では(※不可視化クロークを実現するための構造には何種類もある)対象物を十分包み込むだけの分厚い被覆が必要であり,そのような「ナノ構造の分厚い集合体」を作成できるような手法は現時点では存在しておらず,非常に小さな物体を不可視化することしか出来ない.また大部分の手法では,反射光の強度は物体が存在しないときと同様なものを実現できるが,その位相が(物体が無いときと比べ)変調されてしまい,干渉計のような測定手段に対しては不可視化が無効となってしまう.

今回著者らが報告しているのは,非常に簡便&薄膜状の構造で実現でき,しかも位相まできちんと再現した不可視化クロークである.
構造は非常に単純で,不可視化したい立体(今回の場合,厚みがサブミクロン程度の凹凸であるが,原理的には巨視的なサイズでも適用できるらしい)の表面に薄く金を蒸着し,その上に誘電体としてMgF2を乗せ,さらに最表面に金の長方形の島を互いに隙間を空けマス目状に乗せたものとなる.この3層構造で,厚みはわずか80 nmとなっている.
最表面の金の島とその2層下の金シートは誘電体であるMgF2を通して強く誘電的に結びついており,共鳴的なプラズモンを発生させる.これが入射してきた光と共鳴することで反射光の位相を大きくシフトさせるのであるが,この位相のシフト量は最表面の島の幅に依存することが知られている.つまり,どの位置にどんな幅の島を並べるかにより,反射光の位相を自由に設計することが出来るわけだ(ただし,固定化した構造なので,一度設計したらその形の反射波しか作ることは出来ない).
ここまで来れば話は簡単である.各部で発生する波の位相がコントロール出来るということは,反射波の波面を(位相も含め)制御出来ることに等しい(cf. フェイズドアレイレーダー).従って,表面の凹凸に対応したあるパターンを表面に刻んでやれば,まるでその凹凸が無く,均一な平らな平面から光が反射してきているのと同じ反射波を返すことが可能となるわけだ.

具体的にどんな構造化という模式図は,プレスリリースの右上の図を見ていただきたい.表面の凹凸具合に応じ,長方形の島の幅を変えたパターンを表面に作成する.すると,これらの無数の島からの反射波を合成したものは,まるでこんな凹凸など最初から存在しないかのような平面波として反射されるのだ.
なお,今回の実験では長方形状の島の2方向の幅(xとy)のうち,片方のみを変化させている(例えばx方向としておこう).こうすると,入射光の偏光方向がxに平行の時にのみ不可視化が働き,偏光方向をyへと切り替えると不可視化効果が働かなくなる.これを使って不可視化のon-offを実演し,本手法が不可視化に有効である事をデモンストレートしているわけだ.当然ながらxだけではなくy方向も同じように幅を変化させると,あらゆる偏光方向の光に対して不可視化効果を発揮することが可能である.

実際に不可視化がどのように見えるのかはYoutubeにムービーとしてアップロードされているのでそちらを見ていただきたい.基板表面に深さ400 nm,幅10 μm,長さ数十 μmの溝が二本並べて掘ってあり,その表面に不可視化加工(金蒸着,MgF2蒸着,計算された形状に無数の島状に金を蒸着)してある.最初は溝が見える向きの偏光を当てており,立体的な構造が見えているが,偏光方向を90度回すと溝が見えなくなってしまう.そして最後に再び偏光方向を戻すとまた溝が見える.つまりこれは,ある偏光方向の光に対し不可視化がされている,と言うことだ(前述の通り,全方向の偏光方向に対し不可視化することも可能であるが,比較実験のため片方のみに対応させている).
なお,本手法で不可視化できるのはプラズモンの共鳴による位相シフトが狙った値付近になる場合だけであり,その有効は超範囲は狭い.例えばSupplementary MaterialsのFigure S4に照射波長を変えた場合の例が載っているが,710-750 nmの光に対してはほぼ不可視化できているものの,770 nmあたりからはだいぶ凹凸が見えるようになっている.ちなみに,入射光は設計時の中心から30度以内程度の入射角であれば不可視化の効果があるらしく,そこそこ広い(これを超える角度で入ってくると,凹凸の影響が消しきれない).

相変わらず波長域は狭いとは言え,可視広域で,しかもこれだけ単純&非常に薄い被覆構造で不可視化を行えるというのはたいしたものだ.この分野の発展は非常に速く,今後の進展が楽しみである.

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  • by Anonymous Coward on 2015年09月22日 22時44分 (#2887305)

    偏光方向を90度ずらして表示のON/OFFを切り替えるということで液晶が思い浮かんだのですが、
    特定波長のみ透過ということでカラーフィルターとの相性も良さそうに思えます。
    液晶ディスプレイに何らかの形で技術流用できたりするのでしょうか?

typodupeerror

計算機科学者とは、壊れていないものを修理する人々のことである

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