phasonの日記: 特異な吸着特性を示すMOF(金属有機構造体) 6
"A pressure-amplifying framework material with negative gas adsorption transitions"
S. Krause et al., Nature, 532, 348-352 (2016).
近年,外場に対し通常の物質とは異なる応答を示す系が注目を集めている.よく知られているのは微細構造によって巨視的には負の屈折率を示す物質として振る舞うメタマテリアル(光学メタマテリアル)であるが,他にも圧縮しようと力をかけると逆に「伸びる」ような負の圧縮率をもつ物質(*)なども知られている.
今回報告されたのは,ガス吸着におけるメタマテリアルとでも言うような物質をMOF(**)を用いて作成した,というものになる.
*圧力をトリガーとして構成要素がより長い形状へと転移することで,擬似的に負の圧縮率が実現でき,力学的メタマテリアルなどと呼ばれることもある.他にも,負の熱膨張率をもつ物質や,負の比熱を示す物質など,さまざまなメタマテリアルを考えることができる.無論これらは全領域で特異な応答を示すわけではなく,ある転移点近傍でのみ特異な(=直感に反する)挙動を示す.
**金属有機構造体(Metal Organic Framework):金属イオンは,それぞれ特定の個数の配位子が特定の方向にくっついた錯体を作りやすい.このため,特定方向に接合部が伸びた「ジョイント」と考えることができる.ここに配位する有機分子として複数の配位点をもつ分子を用いると,これら「ジョイント」を結ぶ「棒」のような役割をもたせることが可能であり,その結果無数の金属イオンと配位子が規則的に組み上がった,多くの空隙をもつフレームが自発的に生成する.こういった構造体をMOFと呼ぶ.まあ,こんな説明を読むより,「Metal Organic Framework」で画像検索でもすればどういったものかは一目瞭然だろう.これらMOFは,空隙のサイズや,それを取り囲む有機分子を原子レベルで自由に設計できることから,特定のガスだけを吸着したり,特定のガスだけを透過させたりといったことが可能になり,ガス吸着やガス分離,触媒や触媒担体などへの応用が期待されている.
著者らは,新たなガス吸着材の作成を目的としてDUT-49(Dresden University of Technology No. 49)と名付けた新規MOFを開発,そのガス吸着特性の実験を行っていた.ガス吸着には色々な実験法があるのだが,例えばガスを少しずつ追加しながら圧力変化を測定し,「全く吸着が無かった場合に予測される圧力に対し,吸着があるとその分だけ容器内の圧力が低めに出る」事から吸着量が測定できる.そんな通常の実験をしていた著者らだったが,このDUT-49に111 Kの温度でメタンを吸着させたときの挙動はちょっと奇妙なものであった.
最初は通常のMOFと同じく「加えたメタンに対し,圧力上昇が緩やか」,つまりMOFにある程度メタンが吸着される,というものであった.ところがメタンの圧力が12 kPaを超えたあたりで,「追加したメタンの量以上に,容器内の圧力が上昇する」という挙動が観測されたのだ.つまり,途中までは「圧力を上げれば上げるほど吸着量が増える」という当たり前の挙動だったのに,ある瞬間に,「ちょっと圧力を上げたら,吸着が増えるどころか,それまでに吸着したメタン(の一部)を放出して,吸着量が減った」という変な現象が見られたわけだ.
直感的に想像されるとおり,普通は圧力をかけた方が物体の中にガスが染みこんでいきやすく,さらに弱い相互作用でも物質にくっついている可能性が高くなる.そのため,「圧力上げたら吸着量が減る」というのは異常な現象である.こういう異常な変化が起こる場合というのは,大抵何らかの構造変化が誘起されていると考えてまず間違いない.
そこで著者らはさまざまな吸着実験を行いつつ,構造変化の情報を得ようと放射光を用いた粉末X線の測定も行った.その結果推測されたのは,以下のようなメカニズムである.
そもそも本物質では,MOF内にサイズの異なる複数の空隙が存在する(Supplementary information Movie 2).緑色で示された非常に小さい空隙,黄色で示された小さな空隙,オレンジで示された大きな空隙である.メタンなどの炭化水素系ガスは,有機分子であるMOFの棒状部分との相性が良いため,この空隙の壁面部分に吸着するとエネルギーが低く,空隙の中心などではあまり安定化が起こらない.そのためまずは小さな空隙(=壁面が近い)である緑部分がガスで埋まり,その後黄色やオレンジのより大きめの空隙にガスが吸着していくと考えられる.ところがこの状態では,広い黄色やオレンジの空隙にガスは入れるものの,広い=壁面が遠い空隙中をガスが移動しているため吸着によるエネルギーの利得は少ない.むしろ,この黄色やオレンジの空隙がもっと縮んでくれた方が吸着力によるエネルギーの安定化が大きくなる.DUT-49では,この「狭い空間の方が吸着によるエネルギーの得が大きい」というものが駆動力となり,ある程度以上のガス圧(メタンの場合,111 Kで12 kPa程度)で急激に構造変化が起こり,空隙の大きな構造(ムービー中のDUT-49op)から空隙の小さい構造(DUT-49cp)への構造転移が誘発される.
この構造変化の結果,壁面付近に吸着している分子はエネルギーが大きく下がり安定化される.しかしながら,空隙のサイズそのものは非常に小さく縮小してしまい,大きな空隙の中心付近にいたガス分子は縮んだ空隙から押し出されてしまう.要するに,ガス圧が上がって来て黄色やオレンジの空隙の壁面付近の分子がある程度の個数になると,そいつらのエネルギーを下げるために構造変化が誘発され,そのとばっちりでいくらかのガスが絞り出されてしまう(=圧を上げたら,ガスが放出される),という事になる.
なお,さらに圧力を上げていくと,多少エネルギーの安定化が少なくてもより多くのガス分子を吸蔵した方がトータルでの得が増えるため,再び構造転移が起こり空隙サイズの大きなDUT-49op構造へと戻る.
この奇妙な圧力変化を示す物質(特定の領域で,圧が上がるとそれを増幅するような動作をする)が何の役に立つのか?というとなかなか微妙なところではあるが,特性としては面白い.今後誰かがこの特徴を活かした用途を考えつくだろうか?
ガス系の燃料タンクメタル (スコア:1)
ガスの排出を加熱とかじゃなく(それはないか)、補助エンジンのごとく、適当な加圧システムがあればガスがでてくるのはけっこう魅力ではなかろうか。
# つってもターゲットガス/環境的に厳しそうだけど...
M-FalconSky (暑いか寒い)
Re:ガス系の燃料タンクメタル (スコア:1)
貯蔵と言うだけでしたら,ガス圧が減る(=ガスが何かに使われる)とガスが出てくる(=また燃料が供給される)方が自然で使いやすいんですよね.
だからなかなか今回のは使い道が思いつかないという……
Re: (スコア:0)
// ACになっていますが、上のもの
いえ、ただ、外気に暴露しても漏れない / スターターでの加圧があったら出てくる、というあたりの運用のラフ化はけっこうアリな気はします。
# そこまでやりたいかってと、微妙なのはまあ同意ですが...
「メタマテリアル」という言葉が(私の中で)ゲシュタルト崩壊しそう (スコア:1)
「一般的な素材では正の値となる特性について、負の値をとるもの」をメタマテリアルと呼ぶ、のでしょうか。
# すると水は熱膨張率のメタマテリアル?
Re:「メタマテリアル」という言葉が(私の中で)ゲシュタルト崩壊しそう (スコア:1)
一般的には,光学的ないわゆるメタマテリアルだけを指すのですが,(メタマテリアルの語が流行ってよく知られるようになった結果なのか何なのか)「通常の物質で予想されるのとは逆の振る舞いをする」ようなものを指して○○的なメタマテリアル,と言うような例が近年散見されます.
大抵は,「単純な均一系ではできないようなことを,微細で複雑な内部構造で可能にしている.それをバルクな均一系と見なすと,反常識的な振る舞いとして捉えられる」というような系なんじゃ無いかと.
#といってもまあ,語の厳密な定義があるわけではないので言ったもの勝ちなところはありますが.
Re:「メタマテリアル」という言葉が(私の中で)ゲシュタルト崩壊しそう (スコア:1)
ありがとうございます。
「ドローン」とか「IoT」みたいにバズってる感じなんでしょうかね。