パスワードを忘れた? アカウント作成
13166901 journal
日記

phasonの日記: 酵素を用いた気相反応で高い反応性を維持

日記 by phason

"Engineered Surface-Immobilized Enzyme that Retains High Levels of Catalytic Activity in Air"
S. Badieyan et al., J. Am. Chem. Soc., in press (2017).

タンパク質から出来た触媒である酵素は,良くも悪くも古典的な無機触媒などとは大きく異なる特性を持つ.例えば常温・常圧という非常にマイルドな環境であっても活性化エネルギーの非常に大きな反応を触媒したり(逆に,高温や低温では利用できないことが多い),基質特異性が高く分子中の特定の部位のみ選択的に反応を起こすことが可能であったり(逆に,あらゆる反応に使えるわけではないことを意味する),立体選択性が高く光学異性体の一方のみを生成したり,水中でも有機反応をうまく進めることが出来たり,といった特徴が挙げられる.
こういった特徴から,酵素はさまざまな工業的な反応への利用,特に古典的な触媒ではエネルギー効率が悪い反応(高温が必要となる反応)や光学分割が重要な反応(医薬品などの合成等),グリーンケミストリー(出来るだけ無駄な溶媒や試薬を使わないことで環境負荷を抑える)への利用が期待されており,日々多くの研究成果が報告されている.

さてそんな酵素であるが,気相反応への利用はなかなか難しいのが現状である.酵素は元々生体中,つまり水溶液中で使われているものであり,その表面には無数の水分子が吸着している.このタンパク質表面の水分子はタンパク質分子の立体構造を維持するうえで重要な役割を果たしていることが知られており,そのため気相中,特に乾燥雰囲気下におかれたタンパク質はその構造が崩れ変性を起こしてしまい,触媒活性を失ってしまう.
今回報告された論文は,基盤上に固定化したタンパク質であっても,周囲にそれを保護できるようなポリマーを同時に固定化してやると高い触媒活性を維持することが可能であり,酵素を気相反応にも利用できるようになる,というものである.

著者らの発想はある意味シンプルなものだ.水分子が失われて失活するのであれば,水分子に良く似たもので周囲を覆ってしまえば良い.この方針にもとづき,著者らはガラス基盤上に酵素を固定する際に,同時に無数の糖(ソルビトール)を側鎖としてもつポリマーを固定化することにした.ソルビトール(などの糖)は無数の水酸基を持つため,これがタンパク質表面にまとわりつくことで水が存在するのと同じような状況を実現しよう,というわけだ.
実験において,著者らはモデル酵素として構造もわかっている脱ハロゲン化酵素を使用した.脱ハロゲン化反応は排ガス中の有害なハロゲン化炭化水素を分解出来ることから,実用上も有用性が高いためだ.基盤への固定法としては,酵素の外部に露出しているループ部分(比較的柔軟で折れ曲がっている部分)にシステインを導入した変異株を利用した.このシステインの-SHをガラス基盤上に固定化したポリマー末端と反応させ,酵素を基盤に固定する.これと同時に,無数のソルビトールを側鎖としてもつポリマーも適度に基盤上に固定化したポリマーに結合させ,酵素と同居させるわけだ.

では結果を見ていこう.
まず,酵素が水中で自由に漂っている状態を基本とし,この状態での活性を100%と置く.これに対し,基盤上に酵素を固定したものを水中に置いた場合の活性は42%であった.大抵の酵素は固定化すると活性は落ちるので,これはまあこんなもんだろう.続いて,これまでの研究でよく用いられてきた手法である「酵素をバッファ溶液と共に乾燥させ粉末とし,それを気相で利用する」という手法であるが,これだと活性は0.24%にまで落ちる.これでは活性はほとんど無いも同然だ.では,単に基盤に固定化しただけのものを乾燥させ気相で使うとどうなるかというと,こちらの活性は1.7%である.これもまあ,使うにはちょっと,といったところか.最後が今回の実験で用いられた,「水酸基を無数にもつポリマーと同時に固定化したもの」だ.この場合,酵素活性は9.7%まで向上した.無論,水中での活性に比べると1/10にまで落ちているのだが,既存の手法に比べると数倍は活性を保っている.
耐久性についてはどうだろうか?
基盤に固定化した酵素単体だと,160時間後の活性は当初のわずか12%にまで低下していたのに対し,ソルビトール側鎖をもつポリマーを混在させた際には160時間後でも当初の31%の活性を示した.まあ,1/3以下にまで減少していると言ってしまえばその通りなのだが,そもそもの活性が高い上に多少長持ちする,というのは今後の研究の進展も含めればそこそこ有望であると言えよう.

なお,著者らは,この高活性&高耐久性が水分子の代わりに酵素を覆っている(であろう)糖由来の水酸基によるものだと言うことを確かめるべく,いくつかの補足実験を行っている.例えば酵素単体では空気中の湿度の減少に伴いタンパク質の構造が崩れていくのが分光学的に見えている一方で,ソルビトール修飾ポリマーを混在させるとそういった構造変化が見えなくなる点が確認されている.もう一つの可能性として,ソルビトール部分が水を溶かし込んでいて,その水分で酵素が保護されている可能性についても,QCM(クォーツクリスタルマイクロバランス,水晶などを発振させておき,その表面に何かが付着して重さが変わると共振周波数が変わることを利用した微量重量計)を用いて測定を行い,酵素を覆うほど多量の水分は付いていないことを確認している.このため,著者らの目論見通り,酵素周辺に漂うソルビトールの水酸基が酵素を保護し,高い活性や高耐久性を実現している可能性は高い.

まだまだ耐久性などに課題は残るが,アイディアはなかなかに興味深い.

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
typodupeerror

ソースを見ろ -- ある4桁UID

読み込み中...