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日記

phasonの日記: 複合素材を利用した放射冷却用シート材

日記 by phason

"Scalable-manufactured randomized glass-polymer hybrid metamaterial for daytime radiative cooling"
Y. Zhai et al., Science, 355, 1062-1066 (2017).

冷却は機械類や電気・電子機器類において欠かすことの出来ない要素である.冷却ファンなどを用いたアクティブな冷却はもちろん重要なのであるが,近年の省エネ指向であるとか,ファンを取り付けるのが困難な微小な機器類,長期間屋外で放置された状態で利用される小型の機器・センサー類などからの放熱などにおいては,輻射を利用したパッシブな冷却の重要度が非常に高くなる.
物体からの輻射熱量は,理想的にはステファン・ボルツマンの法則に示されるように温度の4乗に比例する黒体輻射なわけであるが,現実の系ではそれよりも小さな値をとっている.輻射量を増やすにはどうすれば良いだろうか?輻射が吸収の逆過程である事を鑑みれば予想できるように,ある波長での輻射を増やすと言うことは,(一般的には)その波長での吸収率を上げることに等しいと考えて良い.つまり,物体を黒く塗ればそれだけ輻射が増え,輻射による冷却が効率的に進むこととなる.ただし,直射日光が当たるような場所での放熱においては黒く塗ることは得策ではない.ご存じの通り太陽光はおよそ1 kW/m2というエネルギー密度をもっており,これはパッシブな輻射による放熱に比べかなり大きいため,黒く塗ってしまうとむしろ温度の上昇を招くからだ.

「直射日光の当たる屋外においても,輻射で効率よく放熱したい」という要求を解決すべく,これまでにもいくつもの研究が行われている.そういった研究が注目しているのが,太陽光のエネルギーの多くが可視領域(波長数百 nm)にあるのに対し,ちょっと暖かい程度の物体からの熱輻射は主に数~数十 μmの波長である点である.つまり,可視光を良く反射しつつ,長波長の赤外域で高い吸光度(=高い輻射率)をもつ物質を作れば,太陽光を反射しつつも輻射を促進する優れた放熱体となるわけだ.
このような放熱体を作る手法として近年盛んに研究されているのが,ナノ構造を利用した放熱体である.波長と同程度の構造を表面に作り込むことで,その波長の光をより吸収したり,逆に反射させたりといったことが可能になる.例えば可視光と同程度のサイズ(数百 nm)の規則構造を表面に作り,「可視光から見ると反射しやすいが,赤外光から見ると波長より小さい微子構造が見えず,普通に透過できる」というような構造を作る事が可能になり,こういった構造は直射日光下でも輻射による冷却が効率的に起こることが知られている.ただ,問題はコストである.規則的なナノ構造を作るのはコストが高いため,単なる放熱の効率化のために使うには高すぎるのだ.
今回論文の著者らが報告しているのは,非常に安価かつ大面積で作れ,それでいて輻射効率を大きく向上させることの出来るナノ複合体である.

では論文の内容を見ていこう.
著者らが作ったのは,工業的にもよく使われるポリオレフィン系樹脂の一種であるポリメチルペンテン(TPX,透明度がかなり高い)中に,直径が数 μmのシリカの球を6%ほど混ぜ込んだ厚さ約50 μmのフィルムである.単に溶かしたポリマーにミクロンサイズのガラスの球を混ぜ込んでフィルム状に引き延ばすだけなので,製造コストはかなり安い.また,大面積化も容易であり,著者らも実際に幅30 cmで長さが数 m以上あるようなフィルムを作って見せている.
このフィルムの肝は,当然ながら混ぜ込んでいるシリカの球だ.シリカは正に分極したSiと負に分極したOからなる物質であるが,この正と負の原子が格子振動により揺り動かされることで,光と強く相互作用することが出来る.特に今回混ぜ込んであるような数 μmの領域では,粒子直径の約2.5倍の波長あたりにピークを持つような強い吸収を示すことが知られている.つまり逆に言えば,この混ぜ込んであるシリカの球は,およそ波長10 μm付近の赤外域において高い輻射能を持っている,という事になる.さらにこのTPXで出来たフィルムの裏側に銀を蒸着することで,「可視光は良く反射するが,赤外光は非常に強く吸収&放出できる」というフィルムになるわけだ.
著者らは作成されたフィルムの輻射能を,300 nm~25 μmの範囲で測定している.有機分子が吸収をもってくる400 nm以下の紫外域ではやや輻射能を持つ(∴光を吸収する)ものの,可視領域から近赤外領域である400 nm~3 μm弱の領域ではほとんど輻射能を持たず(=この領域の光を吸収もしない),一方で7 μm~測定限界の25 μmの領域では輻射能は0.9以上程度と非常に高い値となっている.これはつまり,太陽光の大部分を占める可視光は透過(&蒸着された銀で反射)しつつ,熱源からの熱は赤外線として非常に効率よく輻射を行える,という事を表す.

では実際にどの程度の輻射能があるのだろうか?著者らはフィールドテストを行っている.
断熱材で出来た箱の中にヒーターを敷き,その熱を銅板を通し,今回作成したハイブリッドフィルムに伝える.ハイブリッドフィルムの裏側(ヒーター側)には銀が蒸着されている.断熱材の箱からは放熱用ハイブリッドフィルムの表面のみが露出しており,この箱を日光の当たる屋外に3日間放置する.この間,フィルム表面(大気に接している方)の温度をモニターしながら,外気との温度差が0.2 ℃以下になるようにヒーターパワーを調節し続ける.フィルム表面と大気との間に温度差がないため,この条件下では対流・伝導による熱の流出は考えなくて良い.つまり,「ヒーターから加えている熱=表面から逃げて行っている熱」になるので,輻射による放熱を測定する事が出来るわけだ.
実際の測定結果であるが,昼夜通しての三日間での輻射の平均値は1 m2あたり110 W,最も放熱力が落ちていた真昼の直射日光下でも93 W/m2を維持していた(測定誤差は10 W/m2以下程度らしい).
著者らはさらにデモンストレーションとして,輻射による水の冷却をやっている.まず深さ15 mmの上面が開いている断熱容器に水を入れ,その上に熱伝導用の銅板の乗せる.その上に今回作成した放熱量ハイブリッドフィルムを貼り,このセット自体を一回り大きな断熱容器に入れる.最後に,この外側の容器の上面開口部を,大気からの伝導や対流による熱の流入を減らすべくポリエチレンフィルムで覆って蓋にする(透明なので輻射は通す).この状態で,外気温15 ℃の深夜の屋外に箱を放置し,水温の変化をモニターする.
すると,外気温は15 ℃で変わらない状態のまま,輻射により水の熱がどんどん奪われ,約2時間後には水温は開始時の約15 ℃から約7 ℃にまで低下している.

こういった輻射冷却の手法自体はよく知られたものであり,また赤外域での輻射能を上げて冷却能を上げる,という事自体も研究例は多々存在する.そういった意味では,画期的な研究,というわけでは無いが,それを実現する手法が「ポリマーにシリカの球を混ぜ込むだけ」という非常に単純かつ低コストである点は興味深い.

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あつくて寝られない時はhackしろ! 386BSD(98)はそうやってつくられましたよ? -- あるハッカー

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