phasonの日記: ウィルス同士もある種のコミュニケーションを行っている
"Communication between viruses guides lysis-lysogeny decisions"
Z. Erez et al., Nature, 541, 488-493 (2017).
見落としていたものをNature Digest経由で.
生物は,さまざまな方法を用いて他の仲間達と通信を行っている.これは何も動物に限った事ではなく,植物だってそうだし,場合によっては細菌同士ですら各種のコミュニケーションをとる.例えばあまりに細菌の密度が高くなっていることを互いの出す分子の密度により細菌が認識すると,分裂を控えたりするわけだ(そうしないと,局所的に餌を食い尽くして全滅したりする可能性がある).
今回の論文で報告されたのは,こういったコミュニケーションを半生物・半物質であるようなウィルスも行っていた,という発見である.
論文中で著者らは「枯草菌がウィルス(テンペレートファージ)に感染した際に,互いに通信し合って免疫を活性化しているのではないか?」という事を証明しようとして実験を行い,全く違う事実を発見た,と明かしている.
そもそもの発端は,枯草菌がテンペレートファージに感染した際に起こる現象にある.感染により枯草菌は数を激減させるわけだが,ある程度時間が経つと再び数が増加していく,という挙動が見られる.これはテンペレートファージが免疫によって駆除されたわけではなく,枯草菌の内部でテンペレートファージが溶原化することによって起こっている.
ここで溶原化についてちょっと説明しておこう.テンペレートファージは宿主に感染すると,持っている遺伝子を宿主のDNAに挿入して組み込む(*).通常時はこの組み込まれた部分が続々と読み出されタンパク質等へと翻訳,ファージのコピーが無数に作られ,最終的に宿主は破裂して死亡する.ところが時としてこの翻訳が行われず,宿主のDNAに組み込まれた状態のまま(宿主の)子孫へと受け継がれていく事がある.このように,ウィルスがその姿を単なる遺伝情報へと変換してしまい,まるで休眠しているかのような状態になる事を「溶原化」と呼ぶ.なお,溶原化しているウィルスも,何かの切っ掛けにより再び読み出され翻訳されはじめるため,無害化したわけではない.
(*)プラスミドという独立した形で紛れ込ませる事もあるが,今回はそれは置いておく.
枯草菌にテンペレートファージが感染すると,最初はどんどん破裂して死滅しながら新たなファージを多量にばらまいていく.ところがある程度経つと,溶原化して休眠状態に入るファージの率が上がり,その結果として生き延びる枯草菌が増えるわけだ.今回の著者らはそれを「枯草菌が感染を感知し,それを他の枯草菌に何らかの分子を使って知らせることで免疫系を活性化(**),それによりファージを溶原化して封じ込め,生き延びているのでは?」と仮説を立てたというわけだ.
(**)免疫系を活性化したぐらいでなんとかなるのなら常日頃からそうしておけと思うかも知れないが,無駄な機能を活性化するとそれだけエネルギーを無駄遣いすることに繋がるため,通常時においては生存に不利である.このため多くの生物では,緊急時に対処するためのシステムは緊急時にしか駆動されないようになっている.
そこでまず実験である.
枯草菌にファージの一種であるphi3Tを感染させ,しばらく培養する.適度に枯草菌が死んで数を減らした頃の溶液を取りだし,分子量が3000以上程度の大きな分子を濾過で除き,「危険を知らせる分子が入ってそうな溶液(以下,「抽出液」と呼ぶ)」を作り出す.菌同士の通信は通常分子量の小さい短いペプチド(数個のアミノ酸が繋がったようなもの)が用いられるため,そういったシグナル分子がいるなら抽出液中に残っている可能性が高い.
続いてこの抽出液に,新たな枯草菌とファージ(phi3T)をぶち込み,再度培養する.
するとどうだろう.単なる培養液であるとか,ファージに感染していなかった枯草菌がいた溶液を濾過したもので同じ事をやった場合に比べ,抽出液中で育てた枯草菌はファージにやられて死ぬ事が顕著に減少していたのだ.生き延びた枯草菌を取り出してそのDNAを調べると,phi3Tに感染してその遺伝子が組み込まれていることがわかった.つまり,感染しなかったのではなく,感染しても溶原化の状態で止まっているphi3Tが多かった事を意味している.
この結果に著者らは,「ほら見たことか.やはり枯草菌は互いに情報をやり取りしており,ファージに感染した枯草菌からは他の枯草菌に対し防御を固めさせるためのシグナルが出ていることが確認できた」と思ったことだろう.
……少なくともこの時点までは.
そう,実は驚くべき事に,話はそう簡単ではなかったのだ.
著者らは続いて,抽出液中での他のファージを感染させた際の生存性を調べた.もし枯草菌がある種のファージ(phi3T)に対する防御を固めたのなら,他のファージに対する生存性も上がるはずである.そこで抽出液中に新たな枯草菌を入れ,そこにphi29,phi105,rho14といった違う種類のファージを加え,同じ実験を行った.
すると予想だにしないことに,枯草菌の生存率は単なる培養液と同様,低くなったのだ.つまり,別種のファージには普通に食われて死んでいった事になる.
これは奇妙な話である.もし枯草菌が「敵が居る!免疫を高めなくては!」と他の枯草菌に知らせたのであれば,種類を問わず抗ウィルス性が上がるといった変化が起こる方が自然である.一体何が起こっているのだろうか?
ここで著者らは,見事な発想の転換を見せる.
『phi3Tの溶原化を促進しているのは,実はphi3T自身なのではないか?』
この文章の冒頭付近で述べたように,がむしゃらに感染を広げてしまうと,あっという間に宿主が死滅するためウィルスとしてはそれほど増殖することは出来ない.生存戦略として考えると,宿主がほどほどの数存在するときは自身もどんどん増殖し宿主を食い尽くしつつ,宿主が減りすぎて絶滅しないように,ある程度宿主の数が減ったら今度は溶原化して宿主集団の回復を待つのが正解となる.もしかすると,ファージであるphi3Tも何らかの手段でこのような調整を行っているのではないだろうか?
そこで著者らは,phi3Tのゲノム(遺伝情報の全体)を解析することとした.
phi3Tのゲノムは128kの塩基対からなっており,そのなかに201の遺伝子(タンパク質へと翻訳される部分)をもっている.このうち128の遺伝子は各種のファージ類で共有されているものである.同じものがphi3T以外のファージに影響を与えなかったことを考えると,この部分はとりあえず無関係と考えても良いだろう.
残りをよく見てみると,N末端にシグナルペプチドをもつようなタンパク質をコードしている遺伝子が3つ存在した.シグナルペプチドというのは要するにタンパク質末端にくっつけるタグのようなもので,細胞中ではこれにより各タンパク質を特定の場所(核であるとか,細胞膜であるとか,等)に輸送させる働きをもつ.ウィルス本体の組立だけなら場所を指定する必要はないので,これら3つの遺伝子から出来るタンパク質はなにやら怪しい雰囲気がある.
さらにこの3つの遺伝子をよくよく見てやると,一つは膜貫通タンパク(=宿主の細胞膜に固定されてしまう)で細胞間の通信には直接は関係がなさそう,もう一つはあまりにも大きいのでシグナルには関与してそうにはない.容疑者は最後の一つに絞られた.しかもこの遺伝子,枯草菌などが含まれるBacillus属において個体数を調節するための互いの通信に関与しているタンパク質に関する配列とよく似ている.そのタンパク質は,ひとたび細胞外に出ると末端が加水分解を受け,5-6アミノ酸程度の非常に短いペプチドを生成し,これが細胞間での通信として拡散していくことが知られている.もしかすると,phi3Tにコードされていた類似のタンパク質も,細胞外で末端が切られて通信を行っているのではないだろうか?
このコードされていたタンパク質が同様の加水分解を受けるとすると,生じる短いアミノ酸配列はSer-Ala-Ile-Arg-Gly-Ala (SAIRGA,Arg=アルギニンの略号はRである)となる.
このSAIRGAという配列がphi3Tの溶原化を促進しているのだろうか?著者らは同じ配列のペプチドを合成し,それを培養液に入れて実験を行ってみることにした.通常の培養液中に枯草菌とphi3Tを入れ,そこに合成したSAIRGAを濃度を変えながらぶち込んでみた.するとどうだろう.SAIRGAの濃度を上げていくだけで,感染しても死なない(=phi3Tが溶原化して休眠状態となっている)枯草菌が増えていったのだ.しかも,この短いペプチドの頭のSerや末端のAlaを除いたAIRGAやSAIRGという配列では,こういった効果は全く見られなかった.
これにより,phi3Tは何らかの方法で他の感染した細胞から放出されるSAIRGAの濃度を検出し,その濃度が高い=周囲に感染している宿主が多い場合は溶原化して休眠状態に入る確率を上げる,という制御を行っていることが明らかになった.著者らはこのシグナルのもととなるタンパクをコードしている遺伝子を,aimPと名付けた.
ウィルス同士が何らかのコミュニケーションをとっているというのはほとんど誰も考えたことのない現象で,これは大変驚くべき結果である.
aimPからのシグナル(細かく書くと,遺伝子aimPがデコードされて出来たタンパク質AimPが加水分解して出てくるシグナル分子)(SAIRG)に応答するには,その信号を受け取る側のタンパク質も必要になる.それはどのようなものなのだろうか?
こういう「ペアで働く遺伝子」はゲノム上の隣接する位置にコードされていることが多いため,著者らはaimPの隣を調べてみた.するとaimPのすぐ上流に378アミノ酸からなるタンパク質をコードしている部分が存在した.このタンパク質はTetratricopeptide repeat(TPR:34アミノ酸の繰り返し構造)をもつ分子だが,こういったTPRを持つタンパク質はグラム陽性菌においてシグナルの授受による個体数の調整などに関わっていることが知られており,aimPから生じたシグナルSAIRGAの受容に関わっている可能性が高い.そこで著者らはこの部分をaimP(から出たシグナル)の受容体(Receptor)をコードしている遺伝子,ということでaimRと名付けた.
このような,ウィルス(に感染した細胞)からのシグナルによる個体数の調整は,phi3Tに固有のものなのだろうか?それとも他のウィルスでも同じようなことが行われているのだろうか?著者らは既知のゲノム情報のデータベースを使い,aimRと類似の遺伝子をもつウィルスが存在していないか調査を行っところ112の類似の遺伝子を発見したが,これらをもっているウィルスは全て桿菌属ファージに属していた.また,それぞれの遺伝子の上流にはphi3T同様aimRに相当する遺伝子が存在していることも明らかとなった.つまり,桿菌属ファージの多くは,今回の実験で用いたphi3Tと同様にシグナル分子のやり取りを通じて個体数調節を行っている可能性が高い.
しかもそれらaimPから生成されると思われる6アミノ酸からなるシグナル分子を比較すると,末端のアミノ酸はほとんどがA(たまにG),末端から2番目のアミノ酸は必ずG,末端から三番目のアミノ酸はRが多いが他の正電荷をもつアミノ酸も取り得る,というように後半の3アミノ酸はほぼ共通だったものの,前半の3アミノ酸に関しては非常にバリエーションが多い事もわかった.これはつまり,異なる種ではある程度異なるシグナル分子を使うことで,「自分の仲間が増えすぎている」(=ちょっと自重した方が良い)のか,「違う奴らが増えすぎている」(=気にせず自分らも増えた方が良い)のかを区別する役に立つのだと考えられる.ウィルスがやっているにしては思ったよりも複雑なコミュニケーション手段である.
著者らは最後に,このAimPなどによる個体数調節のメカニズムについても調べている.とりあえず判明した範囲では,aimRから出来るタンパク質であるAimRは通常時ではファージが挿入したゲノム中のaimXという第三の遺伝子近傍に結合し,この遺伝子の発現を促進,タンパク質AimXが多量に作られるようにしている.このAimXはファージのゲノムの恐らく最初のあたりに結合し,ファージを作るための部品全ての発現を促進していると思われる.つまりこうだ.
aimRが発現 → 出来たAimRがaimXの発現を促進 → 出来たAimXがウィルス全体の製造を促進 → 同時にaimPも発現するので,出来たAimPが加水分解されシグナル分子SAIRGも増大
シグナル分子の濃度が高くなると,このシグナル分子はAimRと結合し,AimRがDNAから外れていく.すると「AimRによるaimXの発現促進」が起こらなくなるので,結果としてファージの製造も減速する,というわけだ.
この結果,ファージが増えすぎて宿主全滅,寄生しないと増えられないファージも全滅,となるのを抑制していると考えられる.
こういったコミュニケーションの仕組みは,もしかしたら他のウィルスでも広く用いられているのではないか?という指摘もある.もしそうだとすると,新しい原理の抗ウィルス薬(ウィルスの発現を抑える薬)などに繋がる可能性もあるだろう.ただ,今回の例で言うとシグナル分子の濃度を増やしてもファージの「複製が起こる頻度を下げる」程度までしか行かず,ある程度は増えていくらしい.完全な休眠に固定するわけには行かなそうだ.
何はともあれ,ウィルスという生物だか物質だかわからんようなものでさえコミュニケーションをとることが出来る,というのは非常に驚くべき発見である.
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