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日記

phasonの日記: 3Dプリンタを用いた微細構造も可能なガラス製品の作成

日記 by phason

"Three-dimensional printing of transparent fused silica glass"
F. Kotz et al., Nature, 544, 337-339 (2017).

ガラスは非常に優れた素材である.800 ℃以上の温度に耐える耐熱性,高い硬度と力学的強度(ただし割れやすいが),そして可視光領域での高い透明性.こういった優れた特性ゆえ,さまざまな光学材料や化学用品がガラスで作られているのはご存じの通りである.その一方で,高い強度と割れやすさ,そして高い融点ゆえに,ガラスの微細加工は手間がかかることも事実である.微細な研磨や化学的なエッチングなどを用いなければならず,微細加工されたガラス製品を作成するのはなかなかに骨が折れる.
さて,そんな微細加工されたものを比較的安価に製造できるのではないかと近年期待されているのが,3Dプリンタだ.そのためガラス製品を3Dプリンタで作成しようという試みも色々と行われているのだが,例えば多くの3Dプリンタで用いられているフィラメント式でガラス製品を作ろうとした場合,ガラスフィラメントをレーザーなり何なりで1000 ℃以上に加熱しながら積層しなくてはならず,現在までのところそこそこサイズが大きくてしかも表面がかなり荒いものしか作成に成功していない.また,ガラス微粉末のようなものを積層しつつ,レーザーなどで局所的に加熱溶融するという手法もあるのだが,こちらは無数の欠陥やクラックが入るため白濁した不透明なものしか得られていない.こういった欠陥をその場で化学的に削りながらいい感じに成長させる手法では,フッ酸などのやや危険な試薬類を使わなくてはならないためあまりお手軽ではない.
今回報告されたのは,ガラスそのものではなく,シリカのナノ粒子をポリマーの原料と共に溶液に分散させ,それを通常の光造形法により積層化,最後に熱処理することで微細なガラス製品を簡便に作成する事に成功した,というものになる.

今回用いられている造形法は,一般的なステレオリソグラフィー法となる.ステレオリソグラフィー法ではまず,溶液中にポリマー原料となるモノマーを溶かしておき,下面が透明な容器にこの溶液をれる.そこに3Dプリンタのヘッド(というか逆向きのステージというか)を浸し,底面との間にわずかな隙間ができるようにする.ここに下面の下からレーザーを照射すると,光化学反応により生じたラジカルが引き金となり,レーザーを照射した部分のモノマーが重合しその部分だけが固化する.レーザーで一層分の形状を固化させたら,ヘッドをほんの少し上に引き上げ,次のレイヤーをまたレーザーで描画する.これを繰り返しながらヘッドを上に引き上げていくと,縦に長い任意の形状の3次元オブジェクトを作成できる,というものだ.早送りで動画を見ると,液体から立体物が引き抜かれていくようななんとも不思議な光景である.
もちろんステレオリソグラフィーで直接ガラスを作成する事は出来ないのだが,著者らは原料としてアモルファスシリカの微粉末(直径約40 nm)を含む溶液を用いている.溶液はフェノキシエタノール30%,メタクリル酸ヒドロキシエチル(要するにポリマーの原料となるモノマー)60%,テトラエチレングリコールジアクリレート10%(光硬化性.光で重合をはじめる)の混合物で,ここに体積分率で37.5%とかなりの量のシリカナノ粒子が混合されている.ここでポイントとなるのが,溶液の方をかなり濃厚にしてある点だ.これにより溶液の密度が高くなり,シリカナノ粒子との間での屈折率の差が少なくなる.これにより,レーザーで固化させる際の溶液による光の散乱が大幅に減少し,精密な形状を作る事が可能となる.
この溶液を用いてステレオリソグラフィーを行うと,溶液中のモノマーが重合して固体のポリマーとなりながら,周囲に無数に漂っているシリカナノ粒子を取り込んでいく.結果として,光造形されたものは多量のシリカナノ粒子を含むポリマーとなる.
これを600 ℃まで加熱して焼き出すとポリマー部分が燃焼して消えてなくなり,「3Dプリンタで作ったとおりの形状に固められたシリカ微粉末」となる.一度温度を室温まで下げた後,今度はこれを1300 ℃あたりまで上げて数分間加熱,シリカの微粉末の表面が溶融・融合してアモルファスのガラスへと変換される.
結果として,3Dプリンタで作成した形状そのまま(といっても,ポリマーが飛ぶことでややシュリンクするが)のガラス製の立体物が生成することとなる.

実際に作成されたものが例えばFigure 1Figre 3にあるが,プリントされた微細な形状を保ったまま(例えばFigure 3の「門」などは,横幅わずか1.7 mm程度である),透明なガラスへと変換されていることがわかる.また,積層の際の層状の段差はできてしまうものの,単一積層面内での荒さは非常に低く,Figure 4で見られるようにそのラフネスは数 nm程度しかない.また透明性も非常に高く,通常の溶融ガラスと同程度の透過率90 %となっている.
色ガラスを作る事も可能である.3Dプリントを行う溶液中に各種の金属イオンを溶かし込んでおくと,それらを取り込んだ色つきのガラスを作成する事が出来る.
なお,ガラス部分は最後の熱処理により十分溶融・結合しているので,内部にクラックなどはなく,多孔質でもない通常のガラスとなっている.

本手法を用いると,Figre 3bにあるようなマイクロ流路チップなどの作成も容易になり,必要に応じてその場で作成,それを使って微量反応・分析などを行うことが可能になる.結構面白い気がする.

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