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日記

phasonの日記: グラフェン膜を通したエピタキシャル成長 1

日記 by phason

"Remote epitaxy through graphene enables two-dimensional material-based layer transfer"
Y. Kim et al., Nature, 544, 340-343 (2017).

エピタキシャル成長と呼ばれる現象(製法)は,半導体素子を初めとした分野でよく用いられる手法である.エピタキシャル成長においては,巨大な単結晶からある特定の結晶面で切り出したウェハーを基盤とし,ガスなどで原料を供給しながらその基盤上で結晶薄膜を成長させる.上に載せられる物質の結晶格子のサイズが基盤の結晶格子のサイズと整合していると,基盤の結晶を足がかりにその上にきれいに結晶が成長するため,非常に質の良い,配向が揃って結晶粒界などもほとんど無いような単結晶薄膜を成長させることができる.
例えばSiの単結晶上でSiの薄膜を成長させる,という事を考えてみよう.基盤となるSiは,非常に巨大なインゴットから切り出された単結晶であるためウェハー全域にわたってひと繋がりの結晶ではあるが,るつぼで溶融して作成する際に微小な欠陥ができやすい.その上にSiをエピタキシャル成長させると,「時々欠陥はあるが全体としては単結晶」なSi基盤上に,「非常に均一で欠陥も少ない単結晶薄膜」のSiを成長させられるので,特性が向上するのだ.
他にも,エピタキシャル成長中にわざとドーパントを混ぜていくことで,「非常に均一で結晶性が高く,しかも深いところまで均一にドープされた薄膜」なども作る事が出来る.

そんな優れた薄膜成長法であるエピタキシャル成長であるが,基盤上に成長させた単結晶薄膜を剥がすことはできない.というのも薄膜の最下層は当然ながら基盤と結合しており,それを引き剥がすことは薄膜(や基盤)の破損や欠陥の発生を伴うためだ.もしエピタキシャル成長させた単結晶薄膜をきれいに剥がすことができれば,ベースとなる基盤は一度だけ作っておき,後は必要に応じてその上で薄膜を成長→剥離,を繰り返すだけできれいな半導体素子がいくらでも量産できることになる.そのような手法は出来ないものだろうか?

そのヒントとなる研究が,数年前に報告されている.それは単層のグラファイトであるグラフェンの親水性を調べている時に判明したことなのだが,親水性基盤の上にグラフェンを貼ってもその表面は親水性を維持し,一方で疎水性の基盤の上にグラフェンを貼るとその表面は疎水性になる,というものだ.つまり親水性や疎水性といった基盤の性質が,グラフェン(これは本質的には疎水的であると考えられる)を透過しているように見える,という発見だ.
なぜこんなことが起こるのだろうか?実はこれ,グラフェンがあまりにも薄すぎるために,グラフェンの下にある基盤とその上との間を十分に遮蔽できず,グラフェン膜上下での静電的な相互作用が(弱まりはすれども)通り抜けてしまう,という事に由来する.
今回の著者らはこの発見に刺激され,「グラフェン膜を挟んでもエピタキシャル成長ができる」事を発見,グラフェン膜とその上に成長したエピタキシャル膜との間に結合がない事から,作った薄膜を自由に剥がして転写できることを報告している.

原理を簡単におさらいしておこう.
まず著者らは,GaAsの基盤上に単層グラフェンを貼り,その上でGaAsのエピタキシャル膜を成長させている.一枚のグラフェンが間に入っても,下層の基盤のGaAsの作るポテンシャルはグラフェンを透過し上にまで影響を与え,グラフェンの上で成長するGaAsに対しその配向を制限する効果を発揮する.
実際に著者らがこのような手段で作成したサンプルを分析すると,視野いっぱいのミリメートルのオーダーにわたってきれいなエピタキシャル膜が成長しており,全体が一つの単結晶となっていることが確認された.一方,間に挟むグラフェンを2層や4層といったもっと厚いものにしてしまうと,基盤との相互作用がより強く遮蔽される結果,上に成長するGaAs膜は無配向の無数の結晶が融合した多結晶薄膜となった.
しかも予想通りに,グラフェンの上にエピタキシャル成長した単結晶薄膜と,その下のグラフェンとは結合を作っていないので,成長させたエピタキシャル膜を簡単に剥がしてやることにも成功している.
またこの効果がGaAsに特有ではない事を示すために,著者らはInP/グラフェン/InPやGaP/グラフェン/GaPなどの別の半導体でも同様のことを試しているが,それらでも同様に非常にきれいな単結晶薄膜が成長している.
さらに,わかりやすいデモンストレーションの意味も込め,グラフェンを貼ったGaAs基盤上にGaAsをエピタキシャル成長させ,さらにその上にAlGaInP→InGaP→AlGaInPと成長させたLEDを作成,その発光特性を調べている.本手法で作成したサンプルは,通常のエピタキシャル成長によるデバイスとほとんど変わらない発光(強度や半値幅,発光波長等)を示し,通常のエピタキシャル膜と遜色のない膜が得られることを示している.

本手法は,これまでいわば「使い捨ての型」であった基盤を,「量産の効く金型」に変えるようなものであり,結構面白いんじゃないかなあと感じる.まあ,半導体素子分野は専門外なんで,これがどの程度インパクトのある事なのかはよくわからないが.

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あつくて寝られない時はhackしろ! 386BSD(98)はそうやってつくられましたよ? -- あるハッカー

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