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日記

phasonの日記: 電位により3相を切り替えられる機能性酸化物

日記 by phason

"Electric-field control of tri-state phase transformation with a selective dual-ion switch"
N. Lu et al., Nature, 546, 124-128 (2017).

イオンを含む溶液中で電極の電位を振ると,その表面に逆側の電荷をもつイオンが吸着し電気二重層と呼ばれるナノサイズの分極層が形成される.この電気二重層,非常に近い距離で電荷が分離しているため,局所的に非常に強い電位勾配を生じる事になる.このため,材料の表面に通常ではかけられないほどの非常に強烈な電場を印加したのと同じ状況が得られることとなり,これを利用する事で通常のFETを遥かに超えるような強烈な電荷注入などが行える.こういった電気二重層トランジスタは絶縁体への強制的な電荷ドーピングによる超伝導化など,物性物理の分野において近年活用が進んでいる分野である.
今回報告された論文は,この電気二重層による強烈な電場を利用する事で,SrCoO2.5に水が分解して生じるO2-を押し込んでSrCoO3-δ(δ<0.1程度)にしたり,電位を逆に振ってH+を押し込んでHSrCoO2.5にしたりと言った変化を可逆的に起こし,色や電気的・磁気的特性を3つの相の間で可逆的に変化させることに成功した,というものである.

今回の論文の結果は偶発的な発見のような感じではあるが,2種類の元素を電気的に入れたり出したりすることで相変化を引き起こした初の例となる.
母物質はレーザー蒸着により作成されたSrCoO2.5の薄膜である.この物質は2.12 eV程度のバンドギャップ(これは580 nm程度の波長の光のもつエネルギーに等しい)をもつ絶縁体であり,それを反映して600 nmより短い波長の光を強く吸収する.大雑把に言って,赤外あたりの透過率は60%を超え(長波長ほど透過率は高い),赤あたりから急速に透過率が下がり,紫あたりで透過率は20%ほどとなる.これを反映し,母物質の色はかなり黒っぽい赤で,向こうが多少は透けて見える,といった色合いとなる.

この物質をイオン液体に沈め,ゲート電位を+3.5 Vに上げる(逆に,材料の電位は下がる).すると負側となった母物質には陽イオンが引き寄せられ,電気二重層の電場によって非常に強く母物質中にイオンが押し込まれることとなる.今回の物質では,溶液に含まれる水分子から生じたH+が母物質に取り込まれ,結果としてHSrCoO2.5という,これまで知られていなかった新しい組成の物質が生じることとなった.この変化にかかる時間はおよそ30分前後である.
なお,この変化はX線による格子定数の変化や,軟X線を用いた分光(*)によるCoやOの価数・結合状態の見積もり,電顕による格子像の確認,SIMS(二次イオン質量分析法)によるHの検出,理論計算による構造予測などにより分析されており,各手法での結果は推定されている構造変化と矛盾しない(また,他のいくつかのモデルは実験結果より排除されている).

(*)例えば結合に関与しない内殻電子を叩き出す(または叩き上げる)際の吸収は元素ごとにほぼ固有の値となるのだが,原子の価数により微妙に原子核と電子との引力が変化するため,ごくわずかに変動する.このズレを見ることで,原子の価数が推定できる.また,ある程度最外殻(=結合に絡んでいる部分)に近い電子を見てやることで,結合に関係した情報も引き出すことができる.

このHSrCoO2.5はバンドギャップが母物質よりもやや大きめの2.84 eVとなるが,これは光で言うと430 nm前後の紫あたりの光に対応する.このため光の吸収率は可視光領域全体で40~50%程度にとどまり,色も薄いグレー程度である.つまり,イオン液体を利用したドーピングにより,母物質の色を非常に濃い暗赤色から薄いグレーへと変換することができているわけだ.
これと同時に,磁性も大きく変化している.母物質はおよそ537 Kで転移する反強磁性体なのだが,それがHSrCoO2.5では常温では常磁性,125 Kあたりで弱強磁性に転移する磁性体へと大きく変化を見せている.

今度はゲート電位を逆に振ってみよう.HSrCoO2.5となった材料に対し,ゲート電位を-2.3 V(材料側は逆に正電位となる)として電圧を印加したところ,材料からH+が抜け,1時間前後で元のSrCoO2.5に戻すことができた.さらにゲート電位を大きく負側に振って(=材料の電位を大きく正側に振って)-2.7 Vにすると,今度は水が分解して生じたO2-が材料に押し込まれ,SrCoO3-δへと変換された.
この物質は金属である事が知られており,実際に今回の実験で得られた薄膜も金属伝導を示すことが確認されている.これに伴い光吸収は一気に増大し,可視光(から赤外)全域で80%程度の光を吸収する黒色のフィルムへと変貌する.さらに磁性も変化し,室温では常磁性,250 K弱で強磁性へと転移するようになる.

これら3つの相の間での変化は可逆的であり,何度も行き来でき,光学的・磁気的・磁気光学的・電気的特性を3つの相の間で可逆的に変化させられる非常に興味深い物質となっている.
まあもちろんこの物質がそのまま何かに使えるわけではないが,例えばこういった複数相への転移が自由に行える物質の開発が今後進んで,複数の状態で遷移して光吸収や色,はたまた太陽電池としての性質など様々な特性を電圧一発で変換できるスマートウィンドウなどへと展開できるとなかなかに面白いものが開発できそうだ.

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ハッカーとクラッカーの違い。大してないと思います -- あるアレゲ

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