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日記

phasonの日記: 薄膜(=擬2次元系)における強磁性

日記 by phason

"Layer-dependent ferromagnetism in a van der Waals crystal down to the monolayer limit"
B. Huang et al., Nature, 546, 270-273 (2017).

および

"Discovery of intrinsic ferromagnetism in two-dimensional van der Waals crystals"
C. Gong et al., Nature, 546, 265-269 (2017).

本日は2つの論文.どちらも擬2次元系での強磁性を扱っているが,片方は異方性のある2次元系単層薄膜で強磁性が出たというもの,もう一つは擬二次元薄膜に磁場により異方性を入れてやると強磁性になり,磁場を切ると異方性が弱すぎて強磁性が出ないというものである.

磁性体はスピン(*)をもつ構成要素(原子や分子)が無数に集まったものであるが,物質の次元性により磁性は大きな影響を受けることが知られている.

(*)電子等のもつ自転に似た性質.これにより,電子一つ一つが弱い磁石のような性質を持つ.

我々の住んでいる世界は大まかには3次元であるが,物質の厚みを減らしていった極限である単層薄膜,例えばグラフェンなどは擬似的な2次元系(擬2次元系)と見なすことができる.こういった低次元系では,磁気的なドメインを崩すために必要なエネルギーなどが低下するという特徴がある.例えば3次元に並んだスピン(=小さな磁石)をもつ物質で,全部のスピンが同じ方向を向いている場合,つまり強磁性体の場合を考えよう.強磁性体であるのだから,隣接するスピン間には同じ方向を向けようとする相互作用が働いている場合に相当する.
この強磁性状態の中に,半径rの欠陥としてスピンが逆向きを向いた領域が存在すると,その界面ではスピンの向きが↑↓と反転しているため,「スピンを同じ方向に向けようとする相互作用」に逆らうこととなり,エネルギーが高くなる.どのぐらいエネルギーが高くなるかは界面の面積に比例するので,大まかにr2に比例する.従って,このような逆を向いたドメイン(=秩序を崩すドメイン)が大きくなると,エネルギーの損は急激に増大する.
一方,これが二次元の強磁性だったと仮定しよう.同じように逆を向く領域が混じっていると,その界面は領域の外周に相当するので,高くなるエネルギーはr1に比例する.そのため,このような秩序を崩すドメインは,3次元よりも大きくなりやすい.
擬1次元の系ではもっと極端である.強磁性体である
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の一部が反転した状態は
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であるが,エネルギー的に損をする箇所は領域のサイズによらず2箇所のみであり,しかもこの欠陥が動いてもエネルギーの損は変わらない.境界が動き回るとエントロピー的に得をする一方で,エネルギーの損は非常に小さいため,1次元系ではこのような欠陥が次々に生まれやすい.
こういった効果により,低次元物質では磁気的な秩序状態(*)が起こりにくくなることが知られており,例えば1次元系では絶対零度まで強磁性状態が発生しないこと,2次元では異方性が無ければ強磁性が発生しないこと(ただし,異方性が無い場合には渦状のスピン配置が実現するKosterlitz-Thouless転移が起こる)が知られている.

(*)磁気秩序に限らず,低次元系では揺らぎの効果が強くなり,各種の相転移が起こりにくくなる.もっとも,逆に低次元系でのみ起こるPeierls転移のようなものもあるが.

このように秩序化しにくい低次元磁性体であるが,分子などスピンの向きやすい方向に異方性のある系では,2次元系であっても強磁性転移が起こり得ることが理論的に示されている.しかしながら,それが現実の単層物質で示されたことは無い.
今回報告されたのは,そのような擬2次元系の単分子層の厚みを持つ薄膜において強磁性状態が確認された,というものになる.

まずは1本目の論文を見ていこう.Huangらは,CrI3という層状化合物を劈開し,その磁性を磁気光学カー効果(磁気カー効果とも呼ばれる)を用いて観測した.磁気光学カー効果というのは,強磁性体などの磁場を発生している物質に直線偏光を入射すると,反射光の偏光面が回転したり楕円偏光になったりする,というものだ.これを利用する事で,偏光面の回転からその物質中での磁場を見てやることができる.光学的な測定,特に偏光面の回転のような現象は検出が容易なため,薄膜のような微弱な磁化しか持たない物質の磁化を調べる際にもよく利用される手法である.
この物質は大気中では不安定なので,不活性ガスを充填したグルーブボックス中で作成・劈開し,そいつをそのまま測定に持って行っている.
測定結果であるが,試料は45 K以下で強磁性に由来する磁気光学カー効果を示し,単層物質ながらこの温度で強磁性へと転移していることが明らかとなった.外部磁場を変化させていった際にもきれいにヒステリシスループが見えており,強磁性の発現は間違いないであろう.
なおこの転移温度はバルクの転移温度である61 Kよりわずかに低いだけであるが,これはもともとこの物質において層間の相互作用が弱く,単層になっても影響が小さいためだと考えられる.
また面白い現象として,2層のときだけ強磁性がサプレスされ,反強磁性となっていることが発見された.単層および3層のサンプルではきれいな強磁性(に由来する磁気光学カー効果)が見えるのだが,2層の場合にはそれが見られなかったのだ.ただし少し強めに磁場をかけると(およそ±0.65 T以上),単層より強く,3層よりは弱い程度の磁気光学カー効果が見られた.これは2層の場合のみ層間の相互作用が反強磁性となっており,スピン配置が
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と,2層の間で打ち消し合っていると考えれば辻褄があう.ただし,なぜ層間の相互作用が2層の場合のみ反強磁性的となるかについては謎に包まれている(※なお,3層やバルクでは,全ての層間が強磁性的に結び付き全スピンが同じ方向を向く).

続いては2本目の論文である.
こちらの論文で用いられている物質は同じく層状化合物のCr2Ge2Te6だ.ただしこちらは異方性が低く,層数が少ない状況では外場が無い状態では強磁性は示さない.
この物質の層数を減らしていくと,外場として0.075 Tの弱い磁場をかけた状態での磁気転移温度が70 K弱(バルク)→ 50 K強(5層)→ 45 K強(4層)→ 40 K強(3層)→ 30 K(2層)と低下していく.単層だと不安定で迅速に分解するらしく測定できてはいないが,スピン波近似を用いたフィッティングからは20 K前後が予想されている.
以上の結果は弱いとは言え外場ありでの条件だった.では外場ゼロではどうなのかというと,3層および2層のサンプルではゼロ磁場での残留磁化は測定温度の最低点である4.7 Kまで見られず,著者らは転移温度は低次元揺らぎの効果によりもっと低温に下がっているのではないかと考えているようだ.
※ただし,「非常に保磁力の低い強磁性体」(軟磁性体)という可能性もあるとは思う.

この系の面白いところは,非常に弱い磁場で強磁性をスイッチングできる点にある.2層や3層といった薄い系では,磁場をかけなければ強磁性が表れないため,磁気光学カー効果も表れない.そして弱い磁場を印加するだけで強磁性が表れ,急激に大きな磁気光学カー効果を示すようになるわけだ.これは,低次元由来の揺らぎを利用してやることで,弱い外場で大きなスイッチングを実現できることを意味している.つまり,容易にスイッチング可能な磁気光学素子を作れることとなる(現時点では低温限定だが).

というわけで,同じ号に掲載されていた低次元強磁性体二題を紹介してみた.
低次元の揺らぎやそれの絡む磁性というのはなかなか面白いものなので,このあたりの研究成果がどんどん出てくると良いなあと思う今日この頃.

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