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日記

phasonの日記: 環動高分子の利用によるLiイオン電池用Si負極の高寿命化 1

日記 by phason

"Highly elastic binders integrating polyrotaxanes for silicon microparticle anodes in lithium ion batteries"
S. Choi, T.-w. Kwon, A. Coskun and J. W. Choi, Science, 357, 279-283 (2017).

近年の携帯機器の普及と高機能化,今後の自動車等への搭載の増加を見据え,リチウムイオン電池に対する要求はどんどん高くなっている.特に容量の増大は喫緊の課題であり,その切り札の一つとして利用が始まっているのが単体のケイ素(Si)を利用した負極である.
Siが注目されているのは,その膨大な理論容量のためだ.これまで多く用いられてきた黒鉛系負極の理論容量は372 mAh/g(840 mAh/ml)であるのに対し,Siの理論容量は4200 mAh/g(9800 mAh/ml)と文字通り桁違いであり,これを用いる事で電池容量の飛躍的な増大が期待できるわけだ.
ただそんなSi系負極にも弱点がある.この理論容量が実現される際の反応式は Si + 4.4Li → Li4.4Si なのだが,見てわかるとおりSiは自身の原子数の4倍以上ものLi原子を合金として抱え込むこととなる.このため充放電を行うとSi負極の体積は数倍に膨張・収縮を繰り返し,力学的な歪みによる変形や破断を引き起こすことで容量が急速に減少しやすい.
従って,どのようにしてこの変形に由来する電極の劣化を抑えるのか?はSiをLiイオン電池電極として利用する際の重要な研究課題となっている.
これまでに様々な研究が行われており,例えばナノ構造化することで歪みによる破断を減らす(ナノサイズだと,場所による膨張度合いの差が少なく歪みを生じにくい.また,材料も比較的柔軟になる)であるとか,Siナノ粒子を少し大きく丈夫なカプセルで包み込む(膨張-収縮が殻の中で行われるため,崩落しない)などが効果的であると報告されているが,いずれも高コストで量産に向かなかったり,余分な構造のせいで体積密度が下がりSiの大容量性を損なってしまうという欠点がある.
そんななか,今回の著者らが報告したのは電極材料の活物質ではなく,それを繋いで固めるために使われているバインダーを工夫することでSi負極の寿命を大きく改善できる,という論文だ.

もともとLiイオン電池では,充放電速度を上げるために活物質をマイクロメートルオーダーの微細な粒子とし,表面積を増やしている.そのままでは堅固な電極を構築できないため,これら微小粒子を柔軟で粘りのある高分子材料であるバインダー(および,粒子間での伝導を維持するための導電性フィラー)と混合し,全体を一つの電極として固めている.著者らは,Si負極の劣化は,Siマイクロ粒子の膨張-収縮過程でこのバインダーの高分子鎖が引きちぎられる事で粒子がバラバラに剥がれ落ちることが一つの原因なのではないか,と考え,「伸ばしてもなかなか切れない高分子鎖」を用いる事を思いついた.その,「引っ張ってもなかなか切れない高分子鎖」であるが,用いられたのは最近流行の「環動高分子」である.
環動高分子とはどんなものであろうか.通常の高分子は,長い炭素鎖同士が架橋によって化学的に結合することで互いを結びつけ,材料を形作っている.この場合,架橋点は化学結合により固定されているので,一方の高分子鎖だけを自由に動かすことは不可能である.
これに対し環動高分子がどんなものかというと,例えば両末端にリングがくっついている紐を思い浮かべてもらいたい.互いの高分子鎖部分(紐の部分)が他の高分子鎖末端のリング内を通り抜けている構造が実現できれば,「互いはどこも化学的には結合していないのに,決して離れることができない」という高分子構造が実現できる.このような構造だと,紐を通した五円玉が自由に移動できるのと同じように,高分子の巨大なネットワークを維持したまま,リングの位置を自由に変えることが可能となる.このようなポリマーは,「環」が自由に「動く」事の出来る高分子なので,環動高分子と呼ばれる(広義には,「トポロジカルな構造によりできている高分子(超分子)」という事でトポロジカル高分子(超分子)と呼ばれることもある).
とまあ,文字だけで説明してもわかりにくいので,環動高分子を(多分)最初に生み出した東大の伊藤先生らのグループの説明をご覧いただきたい.環動高分子の最大の特徴は,内部的に自由に移動することにより,負荷を効率的に分散できる点にある.通常の高分子を引っ張った場合,高分子鎖の一番短いネットワークに荷重がかかり破断,次に短い部分に負荷がかかり破断,という事を繰り返し,理想的な強度(全ての高分子で負荷が分散された場合)よりかなり弱い力で切れてしまう.また,ネットワークが化学結合により固定されているため,引っ張った際の伸びも小さい.これに対し環動高分子の場合,リングで繋がっている部分が自由に移動することにより,高分子のネットワーク構造が外力に応じて動的に変形,材料全体で負荷を分散すると共に,引っ張りに対し非常に長く伸びることが可能となる.
要するに,環動高分子を使うことで
・これまで以上に破断しにくく
・より大きな伸びを示す材料
を作れるわけで,今回の論文の著者らはこれをSi負極のバインダーに利用しようと考えたわけだ.環動高分子なら,Si負極が充放電の間に非常に大きく伸び縮みしてもそれに追随できるだけの伸びが実現でき,それによりSiマイクロ粒子を保持し続け,電極形状が保てる,という狙いになる.

では実験結果を見ていこう.
著者らがバインダーとして用いたのは,通常のポリアクリル酸に,ほんのわずか(5wt%)な環動高分子部分を混ぜ込んだものとなる.まずは通常の環動高分子同様ポリロタキサン(ポリエチレングリコールの長鎖に,環状分子であるシクロデキストリンが多数はまった構造.紐に多数の五円玉を通したような構造である)を用意し,そのシクロデキストリン部分を通常のバインダーとして用いられるポリアクリル酸に化学的に結合する.これにより「多数のポリアクリル酸鎖の所々がシクロデキストリンのリングに繋がり,そのリングがエチレングリコールの紐にはまっている」という環動高分子構造が実現できる.Siマイクロ粒子(粒径数 μm)と作成したバインダー剤,そして導電性フィラーを8:1:1で混合し電極を作成,これを金属Liと組み合わせることで半電池を形成し,充放電特性を調べた(*).

(*)反対側の電極の特性による影響を受けないように,作成した電極と金属Liとをペアにしてその状態での電池特性を測ることが良く行われる.

まず電池容量であるが,初期容量で2971 mAh/gと,かなり高い値を示した.これは環動高分子を用いずポリアクリル酸のみをバインダーとした際の2579 mA/gよりも高い値であった.0.2Cの電流(=約5時間で容量いっぱいになるのに相当する電流)で繰り返し充放電を行った際には,単なるポリアクリル酸バインダーではたった50回の充放電で初期容量の48%にまで電池容量が低下したのに対し,環動高分子を組み込んだものでは150回の充放電後においても初期容量の91%の容量が維持されていた.0.4Cに電流値を上げ(通常,充放電電流値を上げると容量の低下と劣化が促進される)測定を行った結果でも,370回の充放電後でも初期容量の85%が維持されていた(なお,対極として使っている金属Liが劣化してきたため,途中で一回Liを入れ替えている).
劣化しにくい理由を調べるため,充放電後の電極を取りだし電顕での形状観察も行っている.その結果,ポリアクリル酸のみをバインダーとした際には非常に微細な粒子が多数存在し,それらが分解してできたSEI層(電解液や電極,添加剤等が分解してできた電極表面の不活性層.適度な厚みのSEI層が形成されると電極の劣化が抑制されるが,無駄な分解が進む場合には非常に分厚いSEI層ができる.SEI層に関してはその形成過程や役割の詳細などでわかっていない事も多く,重要な研究対象でもある)が非常に分厚く成長していた.つまり,Siマイクロ粒子がぼろぼろに崩壊し,それが電気化学的に反応して分厚いSEI層となっていたわけだ.これに対し環動高分子を混ぜ込んだ場合には比較的Siの粒子は大きく保たれ,SEI層もそれほど分厚くは成長していなかった.

環動高分子を入れることでSiの膨張-収縮にバインダーを追随させよう,というのは面白い発想だ.Siナノ構造やコアシェル構造などを作るのに比べるとコスト的にもかなり安くできそうなので,比較的早期に利用されるかも知れない.

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