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日記

phasonの日記: 液体合金を用いた酸化物超薄膜の簡易合成法 3

日記 by phason

"A liquid metal reaction environment for the room-temperature synthesis of atomically thin metal oxide"
A. Zavabeti et al., Science, 358, 332-335 (2017).

原子1~数層という極薄の超薄膜は,ナノデバイス,分子篩,触媒担体,スピントロニクス素子,化学ゲートなど,非常に多くの応用が期待される物質である.これら超薄膜は,グラファイトの劈開によりグラフェンが作れることが示されて以降数々の研究のターゲットとされてきたが,劈開できない物質,つまり二次元的な構造を持たない物質で超薄膜を作成する事は非常に難易度が高かった.例えば粘土の主成分はケイ酸などの層状化合物であり,層間に物質を挿入するなどして容易に単層が剥離するため,超薄膜を得やすい.これに対しアルミナなどは三次元的な強固な構造を持っているため,なかなか層状にすることが難しいわけだ(できなくは無いが,手間がかかる).
今回報告されたのは,室温で液状の合金を用いる事で,一部の金属酸化物の超薄膜が容易かつ多量に作成できる,というものである.

著者らの発想の原点はほぼ室温(約30 ℃)で液化するGa,というか,その合金であり氷点下まで液状を保つガリンスタン(Ga-In-Snの合金)にある.液体Gaは空気中の酸素と迅速に反応して酸化物を作るのだが,これが液体の表面を覆ってしまい酸素を遮断するため,液体Ga表面にだけ極薄の酸化物薄膜が生じる.さてここでGaの重要な特性は,さまざまな金属と容易に合金化し,特にGaの含量が多い時には室温で液体状態を保ったまま合金化する,という点だ.
ここに著者らは注目した.もし,Gaよりも酸化物の標準生成自由エネルギー(*)が小さい金属との合金としておけば,酸素に曝すだけで液滴表面でその酸化物を作りやすい金属が優先的に酸化し超薄膜が得られるに違いない,というわけだ.

*要するに,単体元素からその物質ができた時にどのぐらいエネルギーが変化するか.この値が小さい=負に大きければ大きいほど,その物質が生成するとエネルギーが下がる,つまり生成しやすい事を意味する.

というわけで著者らは,酸化物の標準生成自由エネルギーがGa(Ga2O3)よりも小さいHf(HfO2),Al(Al2O3),Gd(Gd2O3)を用いて実験を行った.なお,一応Gaよりも酸化物が生成しにくい金属であるAg(Ag2O),Cu(Cu2O),そしてガリンスタン中に含まれるSn,Inの影響も調べている.

超薄膜の製法は二つを試している.1つ目は液体合金の液滴を基盤上に一滴置き,酸化した表面の薄膜を別な板に移しとる,という手法.もう一つは試験管の底に穴を開けそこに繋いだ管から空気を吹き込めるようにしておき,試験管下部を液体合金に,その上に水をのせ,下の穴から空気を吹き込む,というもの.こちらは液体合金内に送り込まれた気泡の表面部分で酸化が起こり「酸化物の被膜で覆われた空気の泡」を形成,これが上の水相を出て割れ,酸化物超薄膜が水中にどんどん蓄積していく,という手法だ.前者の方がちまちまとしていて量産は面倒くさい.後者は量産が効く簡便な手法だが,水と反応してしまうAlやGdの超薄膜は作れない,という制限がある.なお,どちらの方法でも,合金化する時の添加量は1 wt%となっている.

そんなわけで実験結果だ.

まず「液体合金の液滴表面で酸化させる」という手法を見ていこう.単にガリンスタン単体で本手法を行うと,ほぼ純粋なGa2O3の超薄膜が得られ,合金中に存在していたInやSnはほとんど検出されなかった.薄膜の厚みは2.78 nm程度と,原子数層分程度の薄さであった.薄膜の広さはあまり記述は無いようだが,図から判断すると数 μm以上,大きければミリメートル単位までいくかも,といったところか.
ガリンスタン中に1 wt%のHfやAl,Gdを混ぜた場合は,著者らの予想通り今度はそれらの金属の酸化物超薄膜が得られ,Ga2O3はほとんど生成していなかった.またこちらも予想通り,酸化Gaよりも生成しにくいCuやAgの薄膜は得られず,またガリンスタン中のInやSnの酸化物薄膜も混在していない.
HfO2の厚みは0.64 nm程度,Al2O3の厚みは1.1 nm程度,Gd2O3の厚みは0.51 nm程度と,酸化物の種類により差はあるもののいずれも原子数層以下程度の超薄膜が得られている.しかもこの超薄膜,ピンホールなどの欠陥が存在していない.それもまあそのはず,超薄膜の成長中にもしどこかに穴があればそこから酸素が侵入し酸化物を生成,すぐに穴が塞がるわけだ.
薄膜の結晶性に関しては,ガリンスタンのみで作成したGa2O3はアモルファスであったが,他のHfO2,Al2O3,Gd2O3は結晶質であった.

続いて液体合金に気泡を吹き込む手法である.前述の通り,水と反応するAlやGdは使用できないので,ガリンスタン単体およびHfの場合のみとなる.なお,著者らは「水の代わりに金属と反応しないような液体を使えば,多分他の金属でもできるんじゃないかな」と述べている.
こちらの手法でも,液滴法と同様にガリンスタン単体ならGa2O3の超薄膜(厚さ5.2 nm)のみが,そしてHfを混ぜるとHfO2の超薄膜(厚さ0.46 nm)が得られている.
では全てが同じかというと,液滴法とは異なる部分も見出された.HfO2は液滴法で作るときれいな結晶化した超薄膜だったが,気泡を吹き込む手法だとアモルファスの超薄膜となっていた.また,ガリンスタン単体で得られる超薄膜は,液滴法だときれいな薄膜だった一方,気泡を吹き込む手法だと内部に無数の金属質のナノ粒子(未反応のGa?)を取り込んでいる様子も見受けられた.これは,気泡を吹き込む手法だと急速に酸化が進み,十分にゆっくりとした結晶成長が起こらないためだと考えられている.

というわけで,
・ちょっと手間だが比較的簡単にμm~mmオーダーの酸化物超薄膜が作れる液滴法
・ものすごく簡便に(アモルファスの)酸化物超薄膜が作れるガス吹き込み法
の報告であった.
こういう,「あまりお金かけずにアイディア一本ですぱっと結果を出す」研究,なかなか示唆に富んでいて好きである.適用できる金属がかなり限定されるとは言え,手法もなかなかに面白い.

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  • by onetime_id (39093) on 2017年10月30日 16時16分 (#3303926) 日記

    > ・ちょっと手間だが比較的簡単にμm~mmオーダーの酸化物超薄膜が作れる液滴法
    mm(ミリメートル)オーダー、であってます?
    # なんとなく話の内容的に「超薄」なオーダーに思えなくて。。。

    • by Anonymous Coward

      薄膜の広さはあまり記述は無いようだが,図から判断すると数 μm以上,大きければミリメートル単位までいくかも,といったところか.

      厚さじゃなくて大きさ(広さ)じゃない?

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海軍に入るくらいなら海賊になった方がいい -- Steven Paul Jobs

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