パスワードを忘れた? アカウント作成
13473129 journal
日記

phasonの日記: 人工塩基を組み込んだDNAからの異種タンパク質の翻訳 1

日記 by phason

"A semi-synthetic ortanism that stores and retrieves increased genetic information"
Y. Zhang et al., Nature, 551, 644-647 (2017).

※今回のこの話はかなり分野外なので,正直しっかりと読み切れていない部分がある.そのため概要のみを記すが,それでも間違いが混入している可能性を否定できない.

DNAは4種類の文字(=塩基.A,G,C,T)で書かれた長大な情報ストレージである.ここからタンパク質がデコードされる際には,DNAの情報の一部がmRNAに転写され,mRNAの3文字を一区切り(コドン)とし,それに対応するアミノ酸が選択され繋げられていくことで一意なアミノ酸の配列=特定のタンパク質が合成される.
このタンパク質合成においては,tRNAと呼ばれる分子が重要な働きをしている.このtRNAは,片側には特定のコドン(=mRNAの3文字)と結合する相補的な塩基配列を持ち,反対側にはそのコドンに対応するアミノ酸が結合している.タンパク質を合成するリボソームにおいては,鋳型のmRNAのコドンにぴったり合うtRNAがやってきて,そいつが連れてきた対応するアミノ酸を繋げていくことで決められたアミノ酸配列からなるタンパク質が合成されているわけだ.
4文字の塩基(※RNAの場合には,DNAにおけるT(チミン)の代わりにU(ウラシル)が用いられる)が3つ並んで1つのアミノ酸に対応すると言うことは,どう頑張っても43=64種類のアミノ酸しか指し示すことができないのは自明だろう.しかも自然界では,冗長性を持たせることで一塩基変異に対抗するため,複数のコドンが同一のアミノ酸を指し示すように進化してきており,さらに転写の開始位置や終了位置を指し示すコドンも必要であるため,実際に利用する事の出来るアミノ酸は原則として20種類ほどとなる.

さて,タンパク質というのは非常に高性能な分子機械として働くものであり,現在の化学工業を大きく超えるような触媒活性やセンサー機能,高度な複合機能などを実現することができている.既存のタンパク質中の一部のアミノ酸を任意のアミノ酸に変更したりすれば,最終的に生成するタンパク質の構造や機能を自在に操れるわけで,その将来的な応用性はとんでもなく大きいと言える.
ところが,DNAからの翻訳で20種類のアミノ酸しか使えないと言うことは,タンパク質中に組み込めるアミノ酸の種類がこの20種類に限定される,という事を意味している(*).もっと自由に,さまざまなアミノ酸を組み込んだタンパク質の合成に生物を利用する事は出来ないのだろうか?

(*)実際には,本来なら複数のコドンが重複して指し示しているアミノ酸を別々のものを意味するように手を加えるなどでもう少し種類は増やせるのだが,それはここでは置いておく.

そんな夢を叶える一つの方法が,DNAの拡張である.もしDNA(とRNA)が4種類の塩基ではなく6種類の塩基,つまりA,G,C,Tに加え人工塩基対のX,Yを合わせて作られていれば,そこから作られるコドンの種類は一気に63=216種類に激増する.増えた「自然界に存在しないコドン」(例えばAGXだのTTYだの,さまざまな組み合わせがある)を既存の20種以外の異種アミノ酸に対応させれば,どんなアミノ酸でも組み込み放題で全く新しいタンパク質を容易に生産できるようになるはずだ.

今回の論文の著者であるRomesbergらのグループは,そんな「人工塩基対」の研究を長く続けている代表的なグループである.彼らはこれまでに,自然界の塩基対が使っている水素結合ではなく,疎水的な相互作用により結合する人工塩基対を開発,それを生物中に組み込んだり,その状態での複製を行わせたり(※人工塩基対を複製する際に必要となる異種塩基を培地中に加えることで取り込ませ,それを利用して複製させている),といった事を実現してきている.そんな彼らが今回実現したのは,「大腸菌中に人工塩基対を含むプラスミド(大腸菌本体のDNAとは別個に,少量の情報を保存できる環状DNA)を組み込み,そこに記された非天然型コドンに対応するアミノ酸が組み込まれた異種タンパク質を翻訳により生産させることに成功した」というものである.

彼らがプラスミドに組み込んだのは,緑色蛍光タンパク質をエンコードしているDNAの一部を人工塩基対に置き換えた配列となる(151番目をAXCやGXCに変更).さらに,これら非自然型のコドンを特定のアミノ酸に対応させるための非自然型tRNAもコードし,これら非自然型のtRNAに特定のアミノ酸を結合させるためのaaRS(アミノアシルtRNA合成酵素)も組み込む(多分).
この大腸菌を,非自然型のDNA(XとY)のもととなる塩基を含む培地中で培養すると,培地中の成分を使って非自然型のDNAを複製,XとYを含んだプラスミドをもつ大腸菌が増殖する.これはまあ,以前の研究でも実現されていたことだが,組み込んだ非自然型DNAが成長に害を及ぼしていないことが確認できたわけだ.
そこでいよいよ組み込んだ部分の発現である.組み込んだプラスミドは,anhydrotetracyclineの存在により発現する(というか,そうなるようなプロモーターが上流に仕込んである).そこでanhydrotetracyclineを加えてやると,プラスミドの該当部分がmRNAに複写され,人工塩基対を含んだ非自然型のmRNAが生み出される.このmRNA中の非自然型のコドン(AXCとかGXCとか)は対応するtRNAが自然界に存在しないため,一緒に組み込んである非自然型のtRNAのみが特異的に結合し,そいつが運んでいる特定のアミノ酸を特定部位に組み込むこととなる.要するに,設計図(DNA)の一部の文字を本来なら対応するものの無い文字に書き換えてしまい,その「変な文字」に対応する「変なパーツ」が同時に作られるようにしておけば,一部がその「変なパーツ」で置き換えられたタンパク質が合成される,というわけだ.
で,やってみたところ,実際に特定部位(緑色蛍光タンパク質の151番目のアミノ酸)がセリンに置き換わったタンパク質が合成されていることが確認できた.

とは言え,セリンはもともとの20種類の通常のアミノ酸の一種である.そこで著者らはさらに,このコドンに対応するtRNA(というか,それにアミノ酸を結合させるタンパク質)を変えることで,普通の20種類のアミノ酸ではないピロリシンがこの部位に組み込まれるよう仕組んだ(原料となるピロリシンは培地に組み込み?).その結果,出来上がった緑色蛍光タンパク質はその151番目のアミノ酸として通常の20種類とは異なるピロリシンを含んだかたちで生産されていることが確認できた.ただし,ピロリシンに関してはこれを用いている生物が古細菌などに存在するため,人工的なアミノ酸というわけではない(ピロリシンを含むタンパク質は,自然界にも存在している)
もちろん,これらの結果が培地に変なものを組み込んだせいでない事を確認するために,tRNAにピロリシンを組み込むタンパク質(PylRS)がいない状態で同じ事を行い,この場合は緑色蛍光タンパク質がまともに合成されない(何せ,151番目のコドンのところでくっつくアミノ酸が存在しないので,まともにタンパク質の合成が行われない),などを確認している.
さらに著者らはデモンストレーションとして,非天然型の人工のアミノ酸であるp-azido-phenylalanineを用いて同じ事を行っている.このアミノ酸は完全に人工的なアミノ酸であり,通常ではタンパク質に組み込まれることは無い.培地にp-azido-phenylalanineを加え,さらにプラスミド中には人工塩基対を含むコドン(AXC)を組み込み,これに対応するtRNAにp-azido-phenylalanineを結合させるようなtRNA合成酵素を組み込む.すると予想通り,自然界には存在しないp-azido-phenylalanineが,人工塩基対により指示された151番アミノ酸にだけ組み込まれた緑色蛍光タンパク質が合成されたことが確認できた.

というわけで著者らの結果をまとめると,
・人工塩基対を組み込んだプラスミドをもつ大腸菌を作り,
・それを使うことで,人工塩基対を含む非自然型のコドンの場所にだけ特定のアミノ酸を組み込んだタンパク質を発現させることに成功した
という事になる.
これは,タンパク質の任意の箇所にさまざまなアミノ酸を自由に組み込めるようになる,という事を意味しており,将来的にさまざまなタンパク質ベースの物質やら触媒やら分子機械やらの開発の幅が大きく広がることを意味するだろう.
なお,今回含め作成された大腸菌などは人工DNAのもととなる人工塩基対を合成する能力は持っていないので,これら人工塩基対を複製する際には培地に原料が含まれている必要がある.逆に言えば,万一これら人工塩基対をもつ細胞が漏洩したとしても,自然環境中では人工DNA部分は複製できないわけで,ある種の安全装置としても働くと言える.

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by TarZ (28055) on 2017年12月06日 19時45分 (#3324599) 日記

    コドンの解釈って、ここ数十億年ほど、地球生命の進化の過程では変化がなかったと思われる部分ですよね。

    先日の「国際宇宙ステーションで謎の細菌が見つかる、地球外のものである可能性も [srad.jp]」の件で、

    「地球外とか煽りすぎじゃね? コドンの解釈が共通なら、地球生命と共通祖先を持つという解釈が妥当じゃないか」
    「『実は地球生命の発祥は地球外なのかも』だとか、祖先は共通にしてもいろいろ面白い方向では議論できるかもしれないけど、全く別系統の生命発見ってわけじゃないよね」

    …などといろいろ思っていたのですが、地球生命とは別の体系をもつ生命の発見よりも先に、地球生命の基本コードが変革しそうな勢いで、科学すごーい。

typodupeerror

クラックを法規制強化で止められると思ってる奴は頭がおかしい -- あるアレゲ人

読み込み中...