phasonの日記: 微粒子の光トラップを利用した"リアル3D"ディスプレイ 5
"A photophoretic-trap volumetric display"
D. E. Smalley et al., Nature, 553, 486-490 (2018).
立体映像を表示できるディスプレイはいくつか開発されており,その中でもホログラムや,レンチキュラーまたはパララックスバリアを使ったものはお馴染みだろう.しかしこれらの3Dディスプレイは,「ディスプレイの枠内に映る範囲でしか3Dにできない」という欠点がある.要するに,「自分の目とディスプレイを結んだ範囲内でのみ,映像が見える」という事だ.
例えば,自分の前方1 mのところにディスプレイが置いてあり,そこから50 cm手前に映像を浮かばせることはできる.ところがこの「飛び出た物体」を斜め横方向から見ようとすると,視点と物体を結ぶ直線がディスプレイの枠外に出た部分は消失してしまう.これはまあ,ディスプレイから出た光で無理矢理三次元的な物体を再現しているので仕方のないことではある.
さて近年,こういった3D映像の限界を突破しようと,「立体ディスプレイ」(volumetric display)というものが研究されている.これはどういったものかというと要するに,「2Dのディスプレイで3Dを表示しようとするから無理があるのであって,ディスプレイも3Dにしてしまえば全部解決!」という,まあ,何というか,そういうものだ.例えば,平面状に並んだLEDの二次元平面があったとしよう.こいつを中心軸周りにぐるぐる回転させれば,円筒形の三次元空間内の任意の位置を光らせる事が可能であり,リアルに3Dの映像を再生できる.
こういった手法による3D映像も(ある意味驚くべきことに)実際にあるにはあるのだが,やはりでかい板を毎秒何十回転で回転させるのは危なくて仕方がない.そこで,より効率的に三次元空間の任意の位置を発光させられるディスプレイが色々開発されている.
今回報告されたのは,発光体として「光トラップに捕捉されたミクロンサイズの微粒子を使う」というものとなる.
では装置の概要を見ていこう.
発想は非常に単純である.10 μm程度の不透明な(濁った?)樹脂製のビーズを用意し,こいつをギリギリ見えない程度の波長(405 nm)のレーザーにより空間中にトラップする.こういった光トラップの技術は最近だいぶ進んでおり,粒子の屈折の反動(光を曲げると言うことは,その反動が粒子にかかる)を使ったり,熱効果(周囲の気体が光で加熱され,その熱勾配により分子運動から特定方向に力を受ける)を利用する事で,微粒子を空間中にトラップすることが可能となっている.特に最近はLCOS-SLM(Liquid Crystal On Silicon-spatial light modulator,光の位相などを自在に変形させる空間光位相変調器として使える素子)を使って光の形状を非常によくコントロールできるので,こういった光トラップはだいぶ容易になっている.
閑話休題.とにかく,微粒子を光で空間中にトラップできるわけだ.で,微粒子のトラップ位置はLCOS-SLMやレンズをちょっと動かすだけで任意に動かす事が出来る.つまり,(ある程度の範囲内の)三次元空間内で自在に動くミクロンサイズの微粒子が作れる,と思っていただければ良い.
で,今回の著者らがやったのは,「この微粒子を光の散乱体として使い,RGB各色の光源からの光を適宜照射すると,三次元中の任意の位置で,任意の色の光を散乱させられる」というもの.要するに,昔ながらのブラウン管テレビの三次元版と似たようなものだ.
実際に立体映像を映すスキームは以下のようになる.3D映像としたい物体の外形などをデータ化し,その外形をなぞるように微粒子を動かす.そして微粒子の位置に合わせ,再生したい3D映像のその点での色に合った光を照射すると,その光が散乱され,空間中のその位置がその色で光っているように見える.これを映像の外形に合わせ高速でスキャンすればリアル3Dの映像のできあがり,である.この映像は当然ながらあらゆる方向(ただし,トラップに使っているレーザーが抜けていく1方向を除く)から自由に眺めることができる.
でまあこんなもんが実用的な速度でスキャンできるのか?という点であるが,とりあえず著者らが試作したデバイスでは以下のようなスペックらしい.
微粒子の空間中での走査速度:現状で最大1.8 m/sぐらい
フレームレート:12.8 fpsぐらい(1307点からなる立体映像で)
微粒子の加速度:現状で最大5.67Gぐらい
最長表示時間(粒子がトラップから抜けてしまうまでの時間):最長で17.2時間
解像度:最大で1600 dpiぐらい
最大描画サイズ:100 cm3以上
うん,まあ,発想は面白いが,どうかなあ……
むちゃな要求 (スコア:2)
この手の手法で発光する立体物の表現は可能ですが、半透明の表現しかできない(立体物の裏側も見えてしまうので、不透明の表現はできない)のが弱点ですね。それとやっぱり、黒い色の表現もほしいなあ。
特定方向(立体物の表側)にだけ光を反射する微粒子の実現と、あとは黒色の光が発見されれば…!!
Re:むちゃな要求 (スコア:1)
電子ペーパーに使用されているような半分白でもう半分黒のビーズですかねえ。ビーズの位置どころか回転までも制御しなければならず、とてつもない制御技術が必要そうで大変ですが。黒部分は構造色で99.9%反射しない物質とかをおごってやれば良さそう。
黒色発光ダイオードの開発に成功 千葉電波大 [kyoko-np.net]
Re:むちゃな要求 (スコア:1)
何らかの方法(複数波長レーザーの同時照射で励起とか)で透明度を操作できて自発光させられる微粒子のエマルションみたいなのが実現できたら良いなあ、と夢想します。
3Dテレビって (スコア:1)
一年前絶滅したんだっけと思ってぐぐった
3Dテレビ時代の終焉。'17年テレビから3D対応機種が無くなった理由
https://av.watch.impress.co.jp/docs/topic/1064070.html [impress.co.jp]
GfK Japanの市場調査データを見てみると、2010年に立ち上がった3Dテレビは、2012年の構成比17%がピークで、その後は減少傾向となっている。201年は11%、2016年は7%と急速に減少している。
そして2017年。3Dテレビの新製品は無くなり、日本市場における3Dテレビは、終わりの時を迎えている。この傾向は海外も同様だ。
実用に耐える3Dディスプレイは自分が生きているうちに普及するのかな。
解像度が想像したよりすごい (スコア:1)
指先にワイヤフレームのような蝶々の光を乗せているアレですね。なんと1600dpiもあったのか。 移動する小さなビーズは1個だけなのか複数なのかは不明...複数個もトラップさせ、それを17時間も保持するなんて無理か。
https://phys.org/news/2018-01-holograms-d-thin-air.html [phys.org]
https://www.youtube.com/watch?v=1aAx2uWcENc [youtube.com] Brigham Young University
https://www.youtube.com/watch?v=YRZMdQOMPNQ [youtube.com] Nature
*閑話(トラップの仕方)のほうに興味を引かれたりする