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日記

phasonの日記: 磁場のアレ 1

日記 by phason

専門分野に近いにもかかわらず乗り遅れた&長いのでこっちに.

物性研究では,さまざまな極限状態の追求が良く行われる.例えば超高圧,超低温,超高温,超強磁場,超強電場などが代表例であるが,なぜ物性研究者がこういった極限状況を追求するのかと言えば,それは特殊な環境下では特殊な現象,もっとぶっちゃけてしまえば新発見が隠れていることが多々あるからだ(過去にも,極低温は超伝導や超流動の発見に繋がり,超高圧は金属水素などの特異な状態の発現に繋がると期待されている).

そんな極限状態の一つ超強磁場であるが,これまた実現にはさまざまな困難が伴う.磁場研究の初期には通常の電磁石が用いられたが,これで超強磁場を実現しようとすると消費電力の爆発的な増大とどうしようもないほどの発熱が問題として立ちふさがった.通常,電磁石による磁場の強さはまあせいぜい数 T(テスラ)あたりが限界となってくる.まあ,ものすごい量の水でガンガン冷却することで30 Tぐらいまで出来なくはないが,その場合は設備が非常に大がかりになる.

次に現れたのは超伝導マグネットだ.超伝導の利用によりジュール熱による発熱は抑制され,利用できる磁場強度は格段に増大した.市販されているマグネットでも15~20 T程度は発生させられる.しかしながら超伝導体には臨界電流・臨界磁場が存在し,あまりにも大電流を流すと超伝導状態が破壊されてしまい,30 Tを超えるような超伝導マグネットの開発は難しい.

次に現れたのは,超伝導コイルの内側,最も磁場の強くなる部分に常伝導体のコイルを追加したハイブリッドマグネットだ.こちらは超伝導磁石による磁場を常伝導の電磁石でさらにブーストするようなもので,40 Tを超えるようなものが実現されている.

とまあ増強の一途を辿ってきた磁場なのだが,これ以上のレベルになってくると磁場によるマグネット自体の破壊が問題となってくる.マクスウェル方程式から出るように,電場や磁場は反発するような力が働く.磁力線同士が反発する,というようなイメージをしていただけると比較的わかりやすいだろう.このため,凄まじく強力な磁力を発生させているコイルは,その磁力線同士の反発で外向きに広がろうとする力が働くこととなり,結果として超高磁場を発生させているコイル自身が圧力に耐えきれずに破断,四方に吹き飛ぶこととなる.

こういった問題を解決できるのが,パルス磁場による超高磁場発生である.磁場の反発でコイルが爆散するには(短いとは言え)時間がかかる.それより短い時間で超高磁場がかけられるなら問題無い,という感じだ.しかも磁場が生じる時間をほんの一瞬に限定することで,トータルでの消費電力や発熱の影響を減らすこともできる.
特に超高磁場の発生でよく用いられているのが,磁場を発生させているコイル自身を何らかの方法で圧縮する,という方法である.コイルを瞬間的に圧縮すると,内部に発生している磁力線の本数はそのままに,コイルの断面積が一気に収縮する.すると非常に狭い面積に膨大な量の磁力線が圧縮され,磁場の強さとして考えると驚異的な値を叩き出すことが出来る.これにより,数百 Tという桁違いに強い磁場を発生させることが可能となった.
※ただし,一瞬で磁場が急変化するのでそれによるサンプルの変化や加熱があったりそれによる温度変化の見積もりが困難であるとか,一瞬なので時間がかかる相転移は見えないとか,マイクロ秒の現象なので観測が難しいとか,全体的に定常磁場に比べると実験やその解釈の難易度が格段に跳ね上がる.

この圧縮を利用した手法には,何を使って圧縮するのかによっていくつかの手法が存在する.例えば爆薬の爆発力でコイルを(文字通り)爆縮させる手法であるとか(ただし,通常の実験室では当然出来ないし,危険度も高い),核融合研究で培われたレーザー圧縮のような手法であるとか,まあいろいろだ.今回の論文はこの圧縮を利用したもののうち,電磁気力を使った電磁濃縮という手法となる.
この手法の概略は以下の通りだ.装置の構造が今回のプレスリリース図3にあるので,そちらも参照していただきたい.
まず,大電流を流す一巻きコイル(といっても,一般の人が想像する「コイル」とは違い,金属板を折り曲げたものに近い)と,その内側に銅製の円筒型のリング(ライナー)が存在する.そしてさらに外側に,種磁場をあらかじめ発生させておくための電磁石が存在する.これが電磁濃縮法の基本構造である.
まず最初に,一番外側にある電磁石に通電し,弱い磁場(数 T程度)を発生させておく.続いて,キャパシタに蓄えておいた電力(数メガワットぐらい)を一瞬で一巻きコイルに流し,その超大電流(数メガアンペアとか)によりコイル内に強烈な磁場を発生させる.すると,急激な磁場変化により内側のライナーに電流が誘起されることとなる.「自然は変化を嫌う」という名言があるように,ライナーにこのとき生じる円電流は磁場変化を打ち消す向き,つまり外側のコイルとは逆向きになる.抵抗ゼロの理想的な状況であればこの誘導電流は外側のコイルが作る磁場を完全に打ち消すことが可能で,ライナー内の磁場は最初の種磁場の強さのままとなる.
※実際には抵抗等があるので打ち消しは完全ではなく,種磁場にプラスして打ち消しきれなかった磁場が残る.

この時点では,外側の一巻きコイル内には膨大な電流により強い磁場が誘起され,さらに内側のライナー内は誘導電流による打ち消し効果により(それと比較して)非常に弱い磁場のみが存在する状況となっている.さて,上の方で述べたとおり,磁力線同士には反発するような圧力が発生している.という事は,強力な磁場が存在する一巻きコイル内は磁力線同士の反発により非常に強力な圧力がかかっているのと同じ状況であり,一方さらに内側のライナー内は弱い磁場しかないので圧力が低い.この「磁力線の圧力の不均衡」により,ライナーは急激に圧力の弱い内側へと爆縮する(一方の外側の一巻きコイルは,猛烈な力で外側に膨張しようとし,強度が低い場合は爆散する).
ライナー内にはもともと種磁場が存在していたわけだが,ライナーを通り抜けることの出来ない種磁場の磁束はライナーの爆縮に伴い強烈に圧縮されながら一緒に縮むこととなる.この結果磁束密度(磁場の強さ)はライナーの圧縮とともに急激に増大し,爆縮するライナーの中心部で非常に強い磁場が(爆縮でライナーが潰れるまでの一瞬だけ)得られる,というわけだ.

とまあこれが電磁濃縮法の基本なわけで,これ自体は今回の論文も以前の報告と変わっていない.
磁場の測定は以前はピックアップコイル(サンプルスペースに小さなコイルを導入し,そこに誘導される電流かを外部に引き出し磁場を測定する)を用いていたのだが,圧壊以前にその挙動がやや怪しくなっていた.つまり,完全に潰れる前に,既に誘導電流などにより絶縁破壊や衝撃波の影響を受け,磁場を正しく見積もれなくなっていたわけだ.そこで今回は磁場の測定にファラデー回転を使用している.ファラデー回転は,物体の屈折率(=電子励起に由来する効果)がスピン軌道相互作用を介して磁場の強さに影響を受ける事に由来し,右円偏光と左円偏光とで異なる屈折率になる効果だ(これにより,偏光面が回転する).この効果はかなり高磁場まで磁場に比例することがわかっており,偏光面の回転具合から磁場強度を見積もれる.ただまあこの測定手法自体も既に何十年も前から用いられている方法であり,そこまで新しいというわけではない.
というわけで,今回の論文は「スゲェ頑張って最適化して,磁場の記録を更新しました」とかそういう感じだ.

最適化の内容としては,種磁場の強度の最適化が挙げられている.外部コイルによりセットされる種磁場が圧縮れることで超高磁場を作成しているため,同じ圧縮率なら当然ながら種磁場は強ければ強いほどよい.しかし現実には,種磁場が強ければそれだけ内側からライナーにかかる反発力の強くなる.そのためあまり種磁場を強くしてしまうと,ライナーが十分内向きの加速度を得る前に内側の反発が強くなりすぎてしまい,十分な圧縮を得られない,というわけだ.
そこで今回,有限要素法によるシミュレーションと組み合わせ,種磁場をちょっと弱めにすることで最初のうちの内側からの反発を弱め,稼いだ時間の間に十分圧縮できるだけの初速をライナーが獲得,その重いライナーが収縮しようとする慣性でもって今までより一段高い磁場を実現できた,という感じである.

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by SlippingStaff (46608) on 2018年02月07日 22時27分 (#3357835) 日記

    丁寧に解説していただき、おかげさまで着いていけました。
    最近、一般向けの「天文月報」の記事ですら通勤読書には重く、二度三度と読み返すことがあるのです・・・
    ありがとうございました。

    極限状態の物理って、素人目にもワクワクするものですね。(理解さえできれば)

    ふとページ下部を見ると、広告に「荷電粒子電磁界解析ソフト」なるものが。
    Ads by Google、優秀です?

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