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日記

phasonの日記: 熱衝撃を用いた多成分合金ナノ粒子の合成法

日記 by phason

"Carbothermal shock synthesis of high-entropy-alloy nanoparticles"
Y. Yao et al., Science, 359, 1489-1494 (2018).

金属ナノ粒子は特に触媒としての利用が広く行われており,その特性の向上は化学工業における生産性や排ガス処理など非常に幅広い分野に大きな影響を与える.触媒用途という面から見ると,さまざまな金属元素を含んだナノ粒子,つまりナノ合金をどのようにして作製するかは特に重要なポイントとなる.触媒特性は粒子表面での原子の並びとその電子状態に依存しているのだが,複数の金属元素を合金化することでその電子状態を変化させたり,複数種類の金属元素が接している部分で特異的な反応が起こったりするためだ.
ところが,多数の金属元素を含むナノ粒子を作成する事には大きな困難が伴う.例えば製造が容易なウェットプロセス,つまり溶液中での金属イオンの還元を考えると,還元剤により最初に還元されるのは最もイオン化傾向の小さい金属(典型的には金,白金など)であり,溶液中に共存するもっと卑な金属(例えば鉄であるとかスズであるとか)を同時に還元することは出来ない.そのため複数種類の金属イオンが共存する溶液に還元剤を放り込んだからといって,合金が出来ることはそうそう無いわけだ.
一応,そういった難しさを解決する手法も色々と研究されてはいるのだが,複数回に分けたリソグラフィーを伴うな複雑なプロセスが必要であったり,生成する粒子の組成やサイズのばらつきが非常に大きい手法であったりと,なかなか決定打は存在しない.

今回報告されたのは,そんな作成が難しい「ナノ合金」を,いとも簡単に,しかも8種類もの金属を混合して作製できる簡便な手法である.しかもこの手法,急冷によるクエンチを伴うので,通常では合金化できないような組み合わせ(例えば,バルクでは金と鉄は混ざらない)であっても構わず固溶体の合金にしてしまえる,という特徴を持つ.

ではまず,著者らの行った手法を見ていこう.ナノ粒子の担体となるのは,高分子ナノワイヤーを焼きだして炭素化したカーボンナノファイバーである.このカーボンナノファイバーからなるぺらぺらのシートを金属イオンの塩化物を溶かしたエタノール溶液に浸し,十分染みこませる.合金を作りたい場合は,この段階で複数の金属イオンを含む溶液を用いる(例えば塩化鉄と塩化コバルトと塩化白金酸を含むエタノールに浸す,など).カーボンファイバーシートを引き上げたら乾燥させ,アルゴン雰囲気中で通電加熱を行う.要するに,導電性のカーボンファイバーシートの両端に電極をつけ,そこに電流を流すことで一気に加熱するわけだ.このとき,加熱を十分短時間で行うことがポイントである.著者らは合金ナノ粒子が作りやすい条件として,55ミリ秒程度のパルス加熱がいい感じだったと書いている.
金属イオンが染みこんだカーボンファイバーシートはジュール熱により105 K/sという猛烈な昇温速度で加熱され,およそ2000 Kに達するとそのまま50ミリ秒ほど電流が流し続けられ温度をキープする.その後電流が切られると,これまた105 K/s程度の猛烈な速度で冷却される.なお,加熱時間や冷却時間は,流す電流値やその減衰の仕方などによりコントロール可能である.

こうして加熱されたカーボンファイバーシートを電顕で確認すると,数百 nm程度の太さのカーボンファイバーの表面に,5 nm程度のかなり均一性の高いナノ粒子が無数に付着していることが確認された.電顕付属のEDXで元素分析を行ったところ,個々の粒子内に原料として入れた金属イオンが満遍なく取り込まれていることも確認できる.著者らは色々な組み合わせでデモンストレーションを行っているが,例えば単一成分のナノ粒子に始まり,PtNiやAuCuといった二元系ナノ粒子,PtPdNiやAuCuSnといった三元系,PtPdCoNiFeといった五元系やとりあえず手元にあったやつ全部入れました状態のPtPdCoNiFeCuAuSnの8元系ナノ粒子など,もうとにかく色々作っている.どの粒子も内部では各金属原子がランダムに入り交じった固溶体となっており,しかも結晶質のナノ粒子となっていることが確認された.
これはなかなか凄いことで,例えばこれら8元素は原子半径で1.24~1.44 Åの幅があり,酸化還元電位( vs SHE)で言えば酸化されやすいCoやNiの-0.25あたりから酸化されにくい金の1.5 Vぐらいまでとこちらもものすごい幅がある.しかもバルクだと体心立方格子になる金属や面心立方格子になる金属や六方最密になる金属等々と,結晶構造の違う金属まで入り交じって一つの結晶となっている.
また,粒子ごとの組成のばらつきや,粒径のばらつきもかなり小さい.例えば5種混合のPtPdCoNiFeに関しては,組成のばらつきは10%程度しかない.過去の報告例にあるリソグラフィー法などでは50%など非常に大きなばらつきがあるのとは対照的である.

では,なぜこれだけ簡便な手法で,これだけ綺麗なナノ粒子が得られるのだろうか?著者らは検証のためにいろいろと条件を変えて実験を行いそれを考察しているのだが,ここでは結論のみ記すことにする.
まず,急激な加熱により金属塩は分解し,高温のため塩素が気化して中性の液化した金属が残る.この中性の金属ナノ液滴は,担体であるカーボンファイバー表面に残存している無数の酸素欠陥(ポリマーを焼きだした際に形成された酸素を含む置換基)を「食べる」.これは要するに,金属が触媒となって酸素欠陥部分がCOやCO2として脱離する反応なわけだが,周囲に無数の酸素欠陥がある状況のため,最初に形成された金属ナノ液滴は多方向へ一気に広がろうとし,無数の小さい液滴に分裂しながらカーボンファイバー表面を疾走する.
走り回るナノ液滴は途中で別種の金属原子からなるナノ液滴と幾度も衝突し,そのたびに融合&多方向に広がって分裂,を繰り返すことである種の平衡状態となり,均質な組成をもつ無数の金属ナノ液滴を形成する.著者らの概算では液滴の会合・分裂は106回以上は起こるという事なので,この間に十分な混合が起こると期待される.
その後パルス状の電流印加が終了すると,今度は温度が一気に下がる.すると金属ナノ液滴はもはや移動することは出来なくなり,そのまま急冷され結晶化,合金ナノ粒子が生成する,というわけだ.当然ながら,この最終段階であえてゆっくり冷却するようにすると,ナノ粒子内で異種金属が分離析出したり,という事も起こる(いわゆる,バルクで合金化しない組み合わせの場合).
要するにまあ,
・酸素欠陥のおかげで金属液滴が動き回り,良く混合され均一な合金になる
・急冷により,混ざったままクエンチしてそのまま結晶性合金ナノ粒子化
というわけだ.著者らは今後のサジェスチョンとして,「もっと急冷できれば,アモルファスナノ合金も出来るんじゃないかな」と書いているが,おそらく可能だろう.

というわけで著者らの開発した新手法だが,この論文はそれだけにとどまらず,新たな触媒作成法としてのデモンストレーションも行っている.この手法でPtPdRhRuCe五元系触媒(均一な合金)と,相分離してしまっているPtPdRhRuCe五元系触媒で,アンモニアの酸化を行っている.この反応はいわゆるオストワルト法による硝酸の合成の最初のステップなのだが,NH3からNOやNO2といったNOxを作りたいのに,しばしばN2やN2Oが生成してしまうことが知られており,純度を上げるためにはかなり高温に上げる必要がある反応である(現在工業的に使われているPt触媒で800 ℃程度,コスト押さえるためにPtの量を減らすと900 ℃以上などになりがち).
実験の結果,今回の手法で作製した固溶体五元系触媒だと,温度を700 ℃に上げるだけでほぼ100%の選択性でNOとNO2を合成することに成功している.これは現在工業的に用いられている触媒が800 ℃以上を要求するのに対し,かなりの低温で済むことになる.これに対し,同じ組成の相分離してしまっているナノ粒子だと,わずか20%以下しかNOやNO2が生成しなかった.本手法の「多種金属が完全に均一に混合している」という利点が旨く発揮されている.なお耐久性としては,とりあえず30時間反応させても反応性,選択性ともに変化は見られておらず,そこそこの耐久性はあるようだ.

さらに著者らは量産性のことも視野に入れており,ポリマーナノファイバーではなく,木材を焼きだして作った活性炭を用いても同様の事が可能で,この場合体積が非常に大きくなるから一度に多量に作れる,であるとか,最終的にはカーボンファイバーで出来たシートをロール状にして,roll-to-roll方式でいけるんじゃないか,という事でそれを模擬した実験を行ったりもしている.詳しくはSupplementary Materialsの図S75あたりをご覧いただきたい.

というわけでナノ合金の作成法であった.
これ,こんだけ色々な金属を自由自在に合金化できるとなると,かなり応用範囲は広い感じである.しかもナノ材料にありがちな「特性は良いんだけどコストがね……」という点も,Supplementary Materialsで試しているバルク木材で大量作成だとかroll-to-roll方式がいけるとなると相当なインパクトがありそうだ.

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