phasonの日記: 合成生物学:遺伝子編集を用いた細胞のアナログメモリ化 2
"Rewritable multi-event analog recording in bacterial and mammalian cells"
W. Tang and D. Liu, Science, 360, eaap8992(1-10) (2018).
遺伝子改変技術の進歩に伴い,さまざまな刺激に応じて何かのタンパク質を発現させたりする技術が急速に発展している.これを用いれば,例えば特定の環境下で発光して知らせる細胞であるとか,ある化学物質の濃度が高くなるとそれに応じた何らかの物質を生産する細胞などの作製が可能になることから,生きたセンサーや生きた化学工場,生きた医療デバイスなどとしての利用が可能になると期待されている.
さて,これらの研究の多くは「入力(化学的環境)に応じて(化学的な)出力を行う」という,ある種の計算機的なものと見なすことが出来るわけだが,計算機とするには重要な素子が欠けていた.それは「書き換え可能なメモリ」である.今回の著者らの報告は,細胞内/DNA内に外部環境に応じて情報を書き込んだり初期化したりする,というものになる.
これにより,例えば累積的な環境の以上をあとから読み出したり,各種のイベントがどういった順序で起こったのかを記録したりと,まさに細胞を生きて増殖する記録媒体(そして将来的には,それに応じて応答する生きる生命化学機械)として利用する事が可能になるわけだ.
今回著者らが用いたのは,生きた細胞としては大腸菌,情報の記録としては主にプラスミド,情報の書き込み手段としてはCRISPR-Cas9または一塩基エディタを用いている.
プラスミドというのは大腸菌などがもつ環状のDNAであり,大腸菌本体のDNAとは別個に存在しつつも大腸菌の生存にとって必要だったり有利になったりするタンパク質がエンコードされたDNAである.このプラスミド,細菌の接合などにより個体間で頻繁にやり取りをされており,これにより例えば特定の抗生物質に対抗できる能力が広く伝播したりする.工業的/生物学的には大腸菌等に発現させたい遺伝子をプラスミドに組み込み大腸菌に導入することで,さまざまなタンパク質を量産させたり,大腸菌に特定の機能を組み込んだりと活用されている.
CRISPR-Cas9系は,要するに「特定の配列を認識し,その場所でDNAを切断する」というタンパク質である.これを利用する事で,狙った配列だけを切断(そして,その部分に特定の配列を組み込んだり,削ったり)できる.標的を特定するガイドRNAを作る部分の配列を変えることで,任意の配列を標的とすることが可能だ.
最後の一塩基エディタは,CRISPR-Casによる「特定箇所の編集」を改善したもので,最近ホットな研究テーマだ.CRISPR-Casは特定の部分を切断できるという素晴らしい能力を持っているのだが,DNAの2本鎖を2本とも同時に切断してしまうため,組替え部分に意図しない変異などが入ることがあった.それに対し近年開発されている一塩基エディタなどでは,例えば2本鎖の片側だけを切ったり改編したりして,それを鋳型とすることで文字通り特定の一塩基のみを書き換えることを可能とした手法だ.今回の著者の一人,D. Liuはこの一塩基エディタの開発で素晴らしい結果を残している.
でまあ,そういったものを組み合わせてどうやって記録を実現したのかというと,以下のようになる.
まず,2種類のプラスミド,R1とR2とを用意する.この2つのプラスミドはほとんど同じ配列を持っているが,1箇所(3塩基分)だけ異なる配列となっている.大部分を同じ配列にしているのは,このプラスミドを保持することによるコストをほぼ同一にするためだ.例えばR1の方がコストがかかるとなると,R2のみを持っている大腸菌の方が増殖しやすくなるので,そういった差を無くしたわけだ.
そして大腸菌本体のDNAの方に,Cas9のシステムを組み込む.このときガイドRNAが標的とするのは,R1の配列である.ただもちろん,そのまま発現させてしまうと単純にR1がどんどん切断されて排除され全てR2になってしまうだけなので,このCas9のプロモーター(その先のDNAの発現を決めている部分.この部分に特定のタンパク質が結合すると,続く配列部分が翻訳され発現する)としてTetO配列を組み込んでいる.これはよく使われる「テトラサイクリン遺伝子発現調節システム」で,通常時は別の箇所に組み込んだR配列が作るTetリプレッサーと呼ばれるタンパク質がTetO配列に結合,これによりTetO下流の発現を抑制する.この状態で系中にテトラサイクリン(もしくはその前駆体のアンヒドロテトラサイクリン)が導入されると,こいつがTetRと結合してTetRを無効化,結果として自由になったTetOがプロモーターとして働くようになり,その結果下流の配列が発現する.要するに,テトラサイクリンを加えたときだけ特定の配列が発現し,それ以外のときには発現しないようなシステムを作れるわけだ.で,今回の系ではテトラサイクリンが存在するとCas9が発現,こいつがR1プラスミドを認識して切断する,という流れになる.
まず著者らは,大腸菌に組み込んだR1とR2の比率が世代交代で変化してしまわないかをチェックしている.その結果,もとの状態から1015ぐらいにまで増殖(実際にこれだけの膨大な数になったわけではなく,1000倍に増やし,その一部をとってきて1000倍に増やし……で実効的にこの希釈率という感じ)しても,当初のR1/R2比が維持されていることを確認している.R1/R2が60/40からスタートすれば1015倍状態でもR1/R2はほぼ60/40(1~2%以内の差),違う比率である29/71からスタートすれば最終的にも29/71(同様にわずかな誤差)が維持されていた.
では情報の書き込みである.R1/R2が58/42である大腸菌の培養系中にテトラサイクリン(のもとになるアンヒドロテトラサイクリン)を加えて培養する.すると当然ながらCas9が発現しR1プラスミドのみを切断するので,培養されている大腸菌群中ではR1の量が減っていく.3時間後ではR1/R2は21/79,6時間後には4/96にまでR1の比率が低下していた.要するに,テトラサイクリンという化学種の刺激の積算量を,R1プラスミドとR2プラスミドの比の変化という形でDNAに記録できている,というわけだ.しかも特定化学種がある/無いの二値化ではなく,どのぐらいの濃度・時間あったのか,という事をアナログ的に記録できている.
著者らはさらに記録の高度化として,先ほどの「下流側の発現を抑制するTetO」に加えて,「上流側の発現を抑制するLacO(IPTGがあると解除され,転写が可能になる)」をCas9配列の下流に導入した.要するに,カギを2つ付けたわけだ.先ほどまではテトラサイクリンがあればCas9が発現してR1を分解していたが,今度はテトラサイクリンとIPTGの「両方が同時に存在する」ときのみCas9が働きR1を減少させる,つまりANDゲートとして働く.この場合も先ほどと同様に,二つの刺激があるとR1の比率が顕著に減少する,という,目的通りの情報記録に成功している.
これだけだと「情報の記録」といってもWrite Onceであるので,著者らはもう一歩進めて情報の初期化も可能にした.1つ目の方法は,R1,R2に薬剤耐性遺伝子を同時に組み込む,という方法だ.例えばR1にのみ抗生物質に対する耐性遺伝子を組み込んでおく.すると,抗生物質による処理を行うと,R1をもつ大腸菌ほどより高い確率で生き残る,つまり大腸菌群におけるR1の比率を増やすことが出来る.Cas9は刺激でR1を減らし,情報を初期化したいときには適切な時間だけ抗生物質の存在下で培養を続ければR1を持たない大腸菌がどんどん死んでR1の比率がまた高くなる,というわけだ.
2つめの手法としては,Cas9の標的を選択性にする,というものも試みている.Cas9がどんな配列を切るのかはガイドRNAの配列に依存するわけだが,このガイドRNAのもとになる配列を2種類用意し,それぞれ違う刺激で発現するための異なるプロモーターを用意する.これにより,Aという刺激が加わるとガイドRNA-1が作られR1が切断され,Bという刺激が加わるとガイドRNA-2が作られR2が切断される.これにより,R1/R2比を自由に初期化できる.
プラスミドを使う手法では,プラスミドをもつ大腸菌などでしか利用できない.そこで著者らは別な情報記録手法として,著者の得意技である一塩基エディタを用いた系も開発した.まあこちらも基本的な考え方は一緒で,「特定の刺激があると一塩基エディタが翻訳され,特定の箇所の配列を書き換える」というものになる.
さらに発展系としては,「標的とする配列が異なる3箇所であるような一塩基エディタ×3を,それぞれ違う刺激で発現するようにしておいて,3種類の刺激をそれぞれ別個に記録する」などを開発している.
面白いのは,「二つの一塩基エディタだが,認識する配列が部分的に被っていて,最初にAという刺激を受けるとエディタ1によって配列の一部が書き換えられ,書き換えられた結果がエディタ2の標的となる」という系だ.単にエディタ2が起動されただけだと,標的配列が無いため書き換えが行われないのだが,「エディタ1が起動された後」だと「書き換えの結果,標的となる配列が生み出される」ためにエディタ2が活動,書き換えが起こる.つまり,二つの事象が,特定の順序で起こった場合にのみある部位の書き換えが起こる,というような複雑な情報処理が可能になっている.
発想は単純なのだが,実験は結構面倒くさそうである.あとはこれに様々なタンパク質の発現,発現したタンパク質による効果や抑制やなんだかんだと組み合わせると,非常に高度な化学的演算による生化学的処理が可能になりそうで面白くはある.
我々自体が実は (スコア:0)
ヒト含む生物も実は神による計算に使われてる集団素子で地球は計算機、ってアイディアの小説を書いたのは山本弘でしたっけ。
Re:我々自体が実は (スコア:1)
銀河ヒッチハイク・ガイドにあったような……