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日記

phasonの日記: 硫化亜鉛の隠された性質:遮光下での塑性変形 5

日記 by phason

"Extraordinary plasticity of an inorganic semiconductor in darkness"
Y. Oshima, A. Nakamura and K. Matsunaga, Science, 360, 772-774 (2018).

名大のグループによる面白い研究成果である.
無機半導体は集積回路や光学素子,光電変換などさまざまな場所で利用されている.一般的な印象として,これら無機半導体材料は硬くて脆い物質であり,あまり柔軟な塑性変形は示さない.このため近年研究が進んでいるようなフレキシブルな電子回路などの用途には有機半導体などが用いられている.
今回の論文で扱われているZnSもそういった無機材料の一つであり,硬くて脆いという典型的な力学的挙動を示す……と思われていた.
今回報告された論文は,このZnSの力学的特性が,周辺の光によって大きな影響を受けている,という知られていなかった事実を明らかとした.

ほどほどのバンドギャップをもつ半導体に光を当てると,キャリアが励起され電動特性等が大きく変わることはよく知られている.例えば今回の論文で扱われているZnSをはじめ,CdSやPbSなど多くの物質で観測されている.
そのため光照射による伝導現象の変化などはよく調査されているのだが,一般的に力学的な特性,例えば硬さや塑性変形のしやすさ等は何とはなしに「光が有ろうと無かろうとそんなに変わらないだろう」と無意識に考えているのではないだろうか?
今回著者らは,角柱状のZnSの単結晶の上下方向から圧力をかけ変形させるという実験を,UVや可視光の照射下と,完全な暗状態とで比較した.
なぜそんなことを使用と思ったのかは謎ではあるが,得られた結果は驚くべきものであった.通常の条件下,つまり自然光やUVの照射下では,ZnSの結晶はせいぜい3%前後程度の変形を受けただけで砕けてしまった.ところが不思議なことに,完全に光を断った状態だとZnSは一段「柔らかい」特徴を示し,半分程度の力で変形を開始.しかも45%の変形を受けるまで柔軟に形を変え続けたのだ.つまり,ZnSは光が当たっているときは硬く砕けやすい一般的にイメージする無機塩的な挙動を示すが,光がないとプラスチックのように柔軟に形を変えられる,という事になる.
しかも変形に伴い,無色であったZnSは次第に薄黄色~褐色に呈色していくことも確認された.これは結晶中に生じた欠陥部分が不純物準位のように働き,バンドギャップを縮めていることに由来する.
なお,光を断って変形させた結晶に改めて光を当てると,その状態で硬さが増し,それ以上の変形を起こしにくくなるという挙動も確認された.その後にまた光を断てば柔らかくなるなど,この挙動は可逆的でもある.

日頃浴びている光を断つだけで柔らかくなるというのはなんとも不思議な結果であるが,何が起きているのであろうか?
著者らはミクロなメカニズムを明らかにするため,電顕による調査を行った.通常の環境下,つまり光を受けているときの変形では,外力により結晶の一部が滑ると,その部分からはっきりとした双晶変形が見られることが確認できた.結晶に力を加えていくと,あるところで欠陥が生じ,その部分で少し結晶が滑り,面状の欠陥が生じる.生じた欠陥が動きにくいと,ズレた部分では原子の並びが斜めになっているので,向きの違う結晶が接合されたような状況となる.

変形前
○-○-○-○-○
| | | | |外力→
○-○-○-○-○
| | | | |
○-○-○-○-○
| | | | |外力←
○-○-○-○-○

変形後(1. 二つの欠陥面が生じている)
  ○-○-○-○-○
  | | | | |
  ○-○-○-○-○ ←欠陥面
  / / / / / 
○-○-○-○-○ ←欠陥面
| | | | |
○-○-○-○-○

変形後(2. さらに変形が進み,上側の欠陥面のみが上方へと移動)
    ○-○-○-○-○ ←欠陥面
  / / / / / 
  ○-○-○-○-○ この部分,結晶の向きが違う(双晶)
  / / / / / 
○-○-○-○-○ ←欠陥面
| | | | |
○-○-○-○-○

この双晶変形を示すような場合は,欠陥面が動きにくく変形があまり自由ではないので,ある程度以上の変形は困難であり硬くて脆い特性が表れる.

一方,光を断った状態で変形させた結晶を観察すると,双晶変形は確認されず,欠陥面に挟まれた無数の細い領域が確認された.これは要するに,滑り変形が進んでいるような感じである.

変形前
○-○-○-○-○
| | | | |外力→
○-○-○-○-○
| | | | |
○-○-○-○-○
| | | | |
○-○-○-○-○
| | | | |外力←
○-○-○-○-○

変形後(1. 二つの欠陥面が生じている)
  ○-○-○-○-○
  | | | | |
  ○-○-○-○-○ ←欠陥面
  / / / / / 
○-○-○-○-○ ←欠陥面
| | | | |
○-○-○-○-○
| | | | |
○-○-○-○-○

変形後(2. さらに変形が進むが,欠陥面がペアで移動している)
  ○-○-○-○-○
  | | | | |
  ○-○-○-○-○
  | | | | |
  ○-○-○-○-○ ←欠陥面
  / / / / /
○-○-○-○-○ ←欠陥面
| | | | |
○-○-○-○-○

この場合,外力に対応して欠陥面のペアがスルスルと移動するだけで変形が伝播するため,結晶は柔軟に変形することが可能となる(変形による原子位置の移動が,どんどん連鎖して大きく移動することが出来る).

著者らは,このような欠陥面の移動のしやすさの違いの原因をキャリアと欠陥との間の相互作用に求めている.欠陥部分は半導体におけるある種の不純物準位のように働く.このため,電子やホールといったキャリアと欠陥の間には引力が働く.ZnSなどの光導電性のある物質に光が当たっているとある程度のキャリアが定常的に発生しており,このキャリアが外力によって生じた欠陥部分にトラップ,それにより結晶の欠陥が移動しにくくなり,結果として外力による自由な変形を妨げている,というわけだ.
光を断った状態ではキャリアがほとんど存在しないので,外力によって生じた欠陥は自由に結晶中を動き回ることが可能となり,柔軟な塑性変形を引き起こす.

何というか,環境光レベルの光の有無でこれほどまでに物質の柔軟性が変わってくる,というのは予想外で面白い結果であった.

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  • by Anonymous Coward on 2018年05月19日 16時00分 (#3411312)

    灯台下暗し、その分野に正通した人間だから事陥るわな
    でもすごい実験をしようとおもったもんだわ。

    >光がないとプラスチックのように柔軟に形を変えられる
    ちなみに、時間的コストを考えなければ硬い岩石も同じ効果を得られます

  • by Anonymous Coward on 2018年05月19日 16時24分 (#3411334)

    すげぇ、化学ってやっぱ面白いですね。

    外部から光というエネルギーを与えるとこうなるんですよね?
    太陽光発電ではないけど、何か起きてると。

    なら、電圧掛けたら特性変わるのかな?

    • by Anonymous Coward

      物理学者:化学って行くとこまでいくと物理だよな
      数学者:物理って行くとこまでいくと数学だよな

  • by Anonymous Coward on 2018年05月19日 17時01分 (#3411349)

    面白いですね。

    紫外線を試しているなら、赤外線はどうか、電波はどうか、あるいは X 線、ガンマ線はどうかとか波長、そして、それぞれの照射強度を変化させたらどうかとか、いろいろ試してみたいですね。

    元の論文は登録しないと見られない?

  • by Anonymous Coward on 2018年05月21日 12時36分 (#3411933)

    たまたま暗室に持ってった結晶がやけにグニグニするとか、そんなんで気付いたんですかね
    圧力センサーへの応用とかも面白そうだし
    これがZnSに限らない広範な現象だとすれば、光のない地殻内や宇宙での挙動が変わって地質学や天文学にも影響があるかもしれないし
    夢が広がる

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皆さんもソースを読むときに、行と行の間を読むような気持ちで見てほしい -- あるハッカー

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