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日記

phasonの日記: 回転する球を使って光信号を分離する 1

日記 by phason

"Flying couplers above spinning resonators generate irreversible refraction"
S. Maayani et al., Nature, 558, 569-572 (2018).

現代社会において光通信は様々なところで利用されており,今後も例えばチップ間の通信に使おうという話や量子暗号周りでの光子の伝達など,利用は拡大し続けている.さてそんな光通信を効率的に行うためには,光をうまく分配した分離したりといった技術が欠かせない.
そんな「光を操る技術」の一つとして開発されているのが,非対称な光伝達である.これは例えばある波長の光をファイバーに通したとき,右から左へは流れるのに,同じファイバーに同じ信号を左から入れると右に伝わらない,といった行きと帰りが非対称になるような素子だ.こういった素子は余計な反射によるノイズを減らしたり,同一経路ないで多重化した信号をうまく分離する際での利用などが提案されており,その応用の幅は広い.

さて,そんな「非対称な伝送」であるが,音波の場合は非常に簡便な手法で実現できる事が知られている.例えばリング状の導波路の中にファンを設置し,一方向に風をながしてやると,風の向きと同じ方向に音は流れやすく,逆方向には伝わりにくいという非対称性がたやすく実現可能である.

では,光の場合はどうだろうか?こちらも下記のような非常に単純な構造で実現できる事が予測されている.
まず,左右に伸びた光ファイバー中を光が左右に流れている,という状況を考えよう.そしてこのファイバーのごく近傍に,高速で回転する円筒があったとする(下図).なお,ファイバーの径はこの円筒に接する部分で細くなるようにテーパーがついており,これによって円筒と接している部分で光がエバネッセント波としてごく短距離に染みだしている.

左からの光→――――――――――――←右からの光
            ○⤵時計回りに回転

光が染みだしているため,回転する円筒が十分ファイバーに近ければ,光は円筒内に入ることが可能である.ここでもし,円筒に入った光が円筒内を一周して戻ってきた際にちょうど元の光の波と重なるとき,つまり共鳴条件にある場合,光は効率的に円筒内にトラップされ,ファイバーの反対側からは出て行かなくなる.つまり,ファイバーを通っている途中で共鳴条件にある円筒に吸い込まれ,そのまま外部に放出されてしまう.
さて,光が円筒と共鳴する条件は何で決まるだろうか.まず一つは,円筒の直径と屈折率である.「一周して波が重なる」という事は,1周分の距離が物質中での波長(これは真空中での波長を屈折率で割ったものに等しい)の整数倍である必要がある.
そう,屈折率である.ここで円筒が回転している効果が効いてくる.円筒が回転しているため,光が円筒内を一周する向きが回転と同一方向なのか,それとも回転に逆らって一周するのかによって,光が実際に通過しなくてはならない物質の量が異なってくる.回転方向と光の回る方向が一致していれば,光は物質の移動に乗ることにより「簡単に」一周することが可能であるが,円筒の回転に逆らって光が一周するためにはそれだけ多くの物質を乗り越えねばならず,それだけ実効的には多くの距離を進まないといけないことに対応する.
要するに,通り抜けるべき円筒が回転しているため,光からみると右回転で進むときの屈折率と,左回転で進むときの屈折率が違うのだ.
※フィゾーの実験における引きずり効果と同じである.

この結果,右からファイバーを流れてきた光(=円筒の回転方向とは逆向きの動き)から見たときと,左からファイバーを流れてきた光(=円筒の回転方向と同一方向の動き)から見たときで,回転する円筒部分の屈折率が異なって見える.これはつまり右から来た光にとっての円筒部分の共鳴周波数と,左から来た光にとっての円筒部分の共鳴周波数が異なることを意味しており,結果として同じセッティングなのに「円筒が回転しているせいで右から来た光のみ円筒に吸い込まれる」だとか「左から来た光のみ円筒に吸い込まれる」という非対称な素子が実現できるのだ.

というわけで,非対称な光学素子は非常に単純な構造で実現できる.
出来る,のだが,致命的な問題がある.光はご存じの通り非常に速く,それゆえ円筒の回転によって十分な効果を出そうとするとかなりの高速回転を行う必要がある(毎秒数千回転以上など).高速回転は振動を生み,それゆえ円筒の位置を一定に保つのは難しくなる.その一方で,光ファイバーからの光の染み出しはナノメートルのオーダーである.
つまり,安定して効果を発揮するには,毎秒数千回転で回転するものを,光ファイバーからの距離をナノメートル単位で一定にし続ける必要がある事になる.そんなことは可能なのだろうか?
実は,現代社会にはそういったことを実現しているものが既に存在している.著者らはそのことに気づき,今回の実験を思いついた.

言い方を変えてみよう.「高速で動いているものに対し,ナノメートルオーダーでものを浮かし続ける」.勘のいい人は気づくのではないだろうか.これを実現しているもの,それはHDDのヘッドである.
空気中でものを高速で動かすと,その表面には巻き込まれた空気が薄く張り付き,非常に反発力の強い丈夫なコーティングのように振る舞う.そこに物体を強く押しつけると,空気の反発により物体は数~数十ナノメートル程度の一定の高さに保持され続ける.今回,著者らはこの効果を利用したわけだ.
実験で用いた素子の構造は非常に簡単で,共鳴部分は直径数 mm程度のガラスの玉で,これを棒の先端に付けモーターにセット,毎秒3000回転という高速回転を起こす.これを真ん中部分が少し細くなった(=その部分で少しだけ光がにじみ出る)光ファイバーに押しつけつつ,左右から光(今回は波長1.55 μmぐらい)を導入する.
実験結果で共鳴周波数を見ると,光が右から来るのか左から来るのかによって,共鳴周波数が数十 MHzぐらいズレている.一番差の大きい波長域の光を選ぶと,右から来た光の透過率がほぼ100%,同時に左から来た光の透過率がほぼ0%という綺麗な光分離を実現できている.一番分離が良い波長での分離能は99.6%にも達している.

HDDの話がいきなり出てくるとは思わなかったが,確かに言われてみればあの効果は機械的な振動のあるデバイスをナノメートルレベルで保持する機構として利用できるものだ.発想の勝利である.

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typodupeerror

ハッカーとクラッカーの違い。大してないと思います -- あるアレゲ

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