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日記

phasonの日記: エンケラドスに存在する比較的分子量の大きな有機物 5

日記 by phason

"Macromolecular organics compounds from the depths of Enceladus"

F. Postberg et al., Nature, 558, 564-568 (2018).

土星近傍を周回するエンケラドスは,分厚い氷で覆われた岩石質のコアからなる直径500 kmほどの小さな衛星である.この天体が注目されている理由は,エンケラドスの表面を覆う氷の下に,衛星全体を覆うような液体の水(海)が存在するためだ.海底には(恐らく)潮汐力をエネルギー源とする熱水噴出口のようなものが存在するという間接的な証拠も得られており,液体の水,適度な温度,熱水由来のミネラルと,過去の地球のような生命誕生の可能性がある天体の一つであると考えられている.
さてこのエンケラドスの海,過去の観測からその海には有機物も含まれていることが確認されている.これは主として地球で言うところの火山性ガスなどに含まれる単純な含炭素化合物を起源とし,それが熱や各種金属の触媒作用により反応して出来ていると推定されているが,含まれる有機物等に関してはあまり研究が進んでいない.
今回報告されたのは,1997年に打ち上げられた土星探査機カッシーニ(2017年に運用終了)のデータを詳しく解析し,エンケラドスから放出された有機分子に関する解析を行った結果となる.

分析はいろいろと細かいことの積み重ねなのだが,結果をまとめると以下のようになる.

・分子量200を超えるような,大きな分子量の有機分子が存在する.
※カッシーニの質量分析計(以下MS)は質量数200までは高分解能だが,それ以降は低分解能となるため詳細は不明
・比較的分子量のおおきい領域にも12~13原子質量程度の間隔で並んだピークが見られた.これは多重結合をもつ不飽和炭化水素鎖の開裂に対応する.フラグメントのC/H比はおよそ2(母物質含めた平均は1)であり,炭素リッチな部分構造の存在を示唆.
・非縮環のベンゼン環(Ph-)の存在が強く示唆される.ただしPh-CH2-Rといった形の分子は少ない.
※もしそのような分子があると,フラグメントとしてトロピリウムイオンが生じるはずであるが,ほとんど見えていないため.
・質量数が30,31,44,45といったフラグメントを多数検出.これは飽和炭化水素では不可能な重さなので,酸素や窒素を含む分子と考えられる.
・これら高分子量の有機物が観測されたのは,塩分濃度の高いプルームからであり,塩濃度の薄いプルームからはほとんど検出されていない.高分子量の有機物が,高濃度で海に満遍なく溶けているとは考えにくい.

現時点のデータから著者らが推測しているのは,以下のような構造である.海底から生じたガスなどに含まれる炭素(主に二酸化炭素などか?)は,さまざまな化学変性を受け複雑な有機物となり,比重の軽さから海の最上面にレイヤーとして蓄積される(海面に浮いた油のようなもの).海底から一気にガスが噴出されると,このガスは海面最上部の有機物層に到達,それを吹き飛ばしながらプルームとして巻き上がる.吹き飛ばされた有機物,水,塩類などの微粒子は,地球上で起こるのと同じように有機物を核として凝集,多くの有機物を含んだ水滴(すぐに凍るが)となり,宇宙に巻上げられる.これがカッシーニにより捕捉され,観測にかかっている,というわけだ.

なおカッシーニの観測結果には,質量数250~500のところに無数のピークが存在し,さらに質量数800~1250,1500~2100の領域にも顕著に強いピークが現れている.このあたりは搭載されている装置の限界により低分解能モードでしか測定できないため何が含まれているのかはわからないが,ノイズラインよりは十分に大きなピークが確認されており,非常に分子量の大きな何かが存在している可能性がある.
カッシーニの残したデータは膨大であり,この論文のように今現在でもデータの解析は続いている.今後さらに面白い結果も報告されるかも知れない.

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by Anonymous Coward on 2018年07月02日 11時10分 (#3435681)

    エンケラドスではどんなプロセスでそんな巨大分子が成長できるほどの濃縮が起きたのだろう?
    氷の天井と水の間に有機化合物の層ができたのかな?
    熱水噴出孔が水面近くにあれば、周囲を氷の壁に囲まれた比較的狭い範囲に有機物の幕が厚く張ることもありうるか。
    うーん、その筋の人たちは探査機下ろしたくて興奮やるかたないでしょうなあ

    • かなり長期間(それこそ何億年以上とか)あるでしょうし,下の方で出来た有機物もどんどん上がってきて,単純に上の方に溜まってるんじゃないでしょうかね.
      著者らの予想では,表面の氷の割れ目部分に軽い有機分子がどんどん上がってきて,その部分で濃縮されているのでは?というような絵が描いてあります.

      親コメント
    • by Anonymous Coward

      >熱水噴出孔が水面近くにあれば、周囲を氷の壁に囲まれた比較的狭い範囲に有機物の幕が厚く張ることもありうるか。

      海底火山ならぬ氷底火山があって、氷を突き破らない程度にゆるゆると
      氷中に噴出し続ければ高濃度のスープ状態にはなるんじゃ。

      やっぱ嘗めるとしょっぱいんだろうか。

    • by Anonymous Coward

      氷が移動する氷河のような場所だとありそうに思います。
      シナリオはこんな感じ。
      熱水噴出孔のような熱源+溶媒(水の氷を想定)+有機物も排出している場所で、熱源によって氷がとけた水の中に有機物があって、融解物質の濃度が高いと氷の融点がさがる(例えば塩が多くとけてる塩水の氷点がさがる)なら、周りが氷で周囲から凍ると熱源に近い液体の濃度があがり、周りは凍ると想像。
      噴出孔からの濃度はそれほど高くなくても、氷が移動しつつ噴出孔からの水が凍ることで、濃度がどんどんあがるのではないかと。

      どうですかね。
      ちょっと語彙が足りなくて表現が稚拙ですけど、こんなことを思いつきました。

  • by Anonymous Coward on 2018年07月02日 20時37分 (#3436008)

    いつの間にか荒むようになってしまったsradにて良識と正しい見解を提示し続けているphason先生のご尊顔を、公開メールアドレスのドメインから辿ることで拝することができ、個人的には非常に嬉しく存じます。

    私は約二十年前に旧文部省宇宙科学研究所出身の教授から薫陶を受け宇宙工学(専門はカルマンフィルタによる人工衛星[宇宙機]の軌道決定)を学ぶことに悦びを得たものの、事情に依り大学院には進学できず、市井の企業に就職し碌を食み、自宅で細々と、数学・物理学・数値計算工学を手慰み程度で嗜んでいるだけの者ですので、非常な眩しさを以って、phason先生の見識や記事を読んでおります。

    大学の准教授として勤務なさっておられるようですが、誠に勝手ながら、今後ともsradの良心として、同様のスタンスでの見識の提示をお願い致します。

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あと、僕は馬鹿なことをするのは嫌いですよ (わざとやるとき以外は)。-- Larry Wall

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