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日記

phasonの日記: ナノスケールの物体は,放射による熱伝導において黒体限界を大きく超える効率を実現できる 1

日記 by phason

"Hundred-fold enhancement in far-field radiative heat transfer over the blackbody limit"
D. Thompson et al., Nature, 561, 216-221 (2018).

放射による熱の放出や吸収は,工業的にも理学的にも重要な過程である.例えばさまざまな電子機器のパッシブな冷却であるとか,宇宙における星間ガスの加熱・冷却などの過程は放射に大きく依存している.
この放射の理論としては,100年以上前に導かれたプランクの式が有名であろう.そこでは簡単な仮定から,ある温度の黒体,つまりあらゆる波長の光を吸収・放出できる理想的な物体からの放射の程度が導かれている.通常の物体は黒体のように全ての波長の光を放出できるわけではないため,放射の量は黒体を下回る.つまり,通常の熱放射においては黒体の放射率が最も高い限界を定めていると言える.この限界を超えて,より高効率に熱を逃がすことは出来ないのだろうか?

実は,黒体放射の定式化にあたっては,計算を簡単にするためいくつかの仮定が用いられている.その一つは「遠隔場のみを取り扱う」というものだ.光源から出る光には,遠くまで伝播していく遠隔場(いわゆる通常の光)とは別に,物体表面(波長程度のサイズ)にまとわりつくような近接場光というものが同時に存在する.非常に近接した距離に熱源(放射源)と受光体を置くと,この近接場光も介することで通常の放射以上に熱を伝達でき,黒体放射を大きく超える熱伝導を成し遂げられることが近年実証されている.
もう一つの別の仮定は,放射源が波長に比べ十分大きいマクロな物体である,というものだ.つまり,ナノサイズの物体の場合はプランクの黒体放射の式は成り立たず,より大きな放射が実現する可能性は排除できない.しかしながらこれまでの研究では,球状のナノ粒子や円柱状のナノワイヤーでは,黒体を超えるような放射は実現出来ないことが報告されている.
今回著者らが報告したのは,厚みが波長より十分小さいナノシートを用いると,黒体放射の式より2桁も大きな熱伝達が可能であった,という実験結果およびその計算による検証である.

著者らは測定のためにまずサンプルを作成した.サンプルは横80 μm,縦 60 μm,厚さ270 nm(最も薄いサンプルの場合.著者らは厚さ270 nm~11 μmの各種サンプルを作成し比較している)の薄膜状の窒化ケイ素(SiN)で,非常に細い4本の梁(幅2 μm,長さ400 μm)によって宙に浮いたような構造となっている.この薄膜が2枚並んでおり,その間は20 μmである.大まかにいって下図のような構造だ.

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※実際の図(を着色したもの)は,Extended Data Figure 5を参照していただきたい.

なお,この宙に浮いたような薄膜の作り方は,厚いSiの板の表面にSiNをCVDで蒸着し,パターンを作ってSiNをエッチング,その後下からサンプルの部分のみSiをアルカリで溶かすことで作成されている.
さらにこの梁の部分にはPtが蒸着され,さらに薄膜部分にもPtのジグザグパターンがみっちりと描かれている.片方の薄膜上のPtパターンに外部電源から通電することでヒーターとし,二つの薄膜上のPtパターンをそのまま白金抵抗温度計として使うことで温度を測定する.これにより,加えた熱量とその時の温度,となりの薄膜が放射を受けてどの程度温度が上昇したか,をそれぞれ測定する事が可能となる.なお,測定は対流などの影響を避けるために真空条件下(10-6 Torr程度)で行っている.

さてその実験結果である.「プランクの式で計算される黒体での放射の何倍がとなりの薄膜に伝わったか」という値で見てやると,薄膜の厚さが薄ければ薄いほど黒体を遥かに超える輻射熱伝導が実現しており,270 nm厚の場合では黒体の100倍以上(目分量で200倍ちょっとぐらいだろうか?)の熱が隣接する薄膜に伝わっていた.この異常な効率の良さは厚みが増えるに従って単調に減少し,厚みが11 μmのサンプルでは黒体とほぼ同程度の放射伝導のみが確認された.要するに,薄膜が薄くなればなるほど何らかの効果により赤外線の放射(と,もう一方の板による吸収)が増え,(横方向には)とんでもない効率で熱を放出(および吸収)出来る,という事になる.

この異常な熱伝導の高さが,残存気体による対流による熱伝導によるものだとか,薄膜間の横方向での直接の放射ではなく,広い面積の上下面からの放射がどこかで反射してもう一方の薄膜に当たっている可能性を否定する実験も行っている.
残存気体の量を1000倍程度(10-3 Torr)に増やしても,熱伝導はほとんど影響を受けなかった.残存気体による対流であれば気圧の増加で熱伝導は大きな影響を受けるはずであるが,そのような結果が出なかったということは,対流の影響は否定できる.また,二枚の薄膜間にだけアルミホイルを設置して直接の放射の影響をカットすると,熱の移動はほとんど観測されなくなった.このことから,薄膜の上下面からの放射がどこかで反射してきている可能性も除外できる.つまり,何らかの効果により薄膜間の横方向での放射による熱伝導が100倍以上ブーストされているわけだ.

この原因を調べるために,著者らは電場の揺らぎ等による分極などを計算している.SiNを既知の誘電率をもつ誘電体とし,サンプル形状を細かなメッシュに分割,そこでどのような電場振動が可能かを計算している.すると,厚み方向が非常に薄い=そちら方向での振動モードが非常に制限される事に由来し,特定の波数のみに大きな分散が生じることがわかった.まあ何というか,長さの決まった管で特定の音が共鳴するのと似たようなものだ.
厚みが十分薄いと,可能な振動モードの種類は非常に限られるため,ほぼ単一モードでの共鳴のようなことが起こる.このため,ある特定の振動数をもつ光(とカップル出来る電荷密度の振動)の状態密度が非常に高くなり,その振動数の光の放出・吸収効率が劇的に上昇する.計算によれば,厚みが270 nmのときに共鳴するモードは0.10 eV=12 μm程度の波長の光に対応する.このあたりの波長域はほぼ室温に相当する物質が放つ赤外線のピーク波長に近い.
どういうことかというと,
・薄膜になると,特定の振動数の光を(薄膜の面内方向に)放出・吸収しやすくなる.
・SiNの場合,この特定の振動数の光は,室温付近での赤外線の波長に近い
・このためSiNの薄膜は,熱放射とその吸収の効率が極端に高くなる
という感じだ.
室温付近に限っていえば,薄膜の厚みによる放射伝導の効率を,著者らのシミュレーションによる計算は定量的に再現することに成功している.厚みの変化で値が2桁以上変わるような量に対し,30%以内程度の誤差で一致しているので,これは見事な結果である.
※ただし,低温域では(特に膜厚の薄いものに関し)ズレが大きくなる傾向にある.低温になると赤外線のピーク波長が長波長側にズレるので計算上は270 nm厚の薄膜の効率は大きく低下するはずなのだが,それが見えていないなど今後に課題も残る.

著者らはさらに,放射の角度依存性も計算により調べている.前述の通り,薄膜化することで薄膜と並行な方向への放射(要するに,薄膜の薄いエッジから横方向に飛んでいく放射)は共鳴的に増えるのだが,逆に面に垂直な方向への放射は減ってしまう.このため,ちょうど赤外線と共鳴しやすいような膜厚270 nmの場合,横方向への放射(や,横から来る放射に対する吸収)が約10倍になるのに対し,面に垂直な方向への放射(と,そちらからの光の吸収)は1/10程度に減少している.この効果は,二枚の薄膜を互いに少し傾けてやる(-- → /\)と,薄膜間での放射による熱伝導が減少するという実験からも支持されている.

著者らは「ナノ・マイクロサイズでの放熱や吸熱の積極的な制御に繋がる」とかも書いているのだが,そういった方面で使うのはなかなか難しい気もする.ただまあ,面白い研究ではある.

  • by Anonymous Coward on 2018年09月14日 17時30分 (#3480908)

    しっかり考えてらっしゃるでしょうから、シロートな私がガタガタ言ってもアレですが……

    薄膜の原子が並んでいる厚みに相関した熱電子が出ているとすると、指向性が強くなるのかなと。
       ↑↑↑↑
    ←←←■■■■→→→→
       ↓↓↓↓
    のような感じで出ていると、_/のようにすると放射を少ししか受け取れないから伝導しにくいかなと想像しました。
               ◆
              ◆
             ◆
            ◆

    ←←←■■■■→→→→
         ↑
        放射側

    現在は
       ■■■■ ■■■■
    のように横に並べていますが、
       ■■■■

       ■■■■
    だとどうなのかなとか、
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        ■
        ■ ←放射側
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        ■
    だと、どうかとか、より多様な位置関係で(実験の困難度はあがりますが)指向性をもっとみたいなと。
    あるいは放射側の形を変えて
      ■
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    などはもはや膜とはいえませんが条件を変えられるととても面白そうです。

    その辺が私には読み取れませんでしたが、まず近接場光の存在を知りませんでしたし、微細加工の工夫など、とても面白く読みました。

    ここに返信
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アレゲはアレゲを呼ぶ -- ある傍観者

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