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日記

phasonの日記: 【消化不良】量子論の巨視的な系への単純な拡張は不合理な結果を引き起こす 6

日記 by phason

"Quantum theory cannot consistently describe the use of itself"
D. Frauchiger and R. Renner, Nature Commun., 9, 3711_1-10 (2018).

※本論文は読んで一応の議論の流れも把握はできたのだが,完全に理解しているとは言いがたいもやもやした部分もあり,やや消化不良気味.

量子論における大きな問題の一つと言えば観測問題が挙げられるだろう.微視的な物体は量子論によってよく記述されるが,その挙動は確率論的であり,観測されていないときには確固とした実体を持たないように思える.一方で,我々の目にする巨視的な世界は決定論的に動いており,両者の間には現時点ではうまく埋めきれないギャップが存在している.
微視的な量子論の世界では,「観測」により状態を確定する事ができる.これは「複数の状態の『和』で書き表されていた状態が,そのうちの一つの状態に収束する(波束の収縮)」と言うものなのだが,観測とはそもそも何なのか,そしてなぜ混合状態から一つの状態へと収縮するのか,という点に関しては量子論は何も答えてくれていない.
さてここで,我々が常日頃目撃している巨視的な系を考えてみよう.量子論がどこまでも正しいのなら,巨視的な系も波動関数の(膨大な数の)積で書き表せるはずであり,という事は測定を行う装置や我々自身も波動関数で表されることになる.であるならば,我々も複数の状態の重ね合わせなのだろうか?

この「量子力学の根本に横たわる謎」をよりわかりやすい形で提示するのが思考実験である.例えば有名どころで言えば「生きた状態と死んだ状態が重なり合い同時に存在する」『シュレディンガーの猫』であるとか,シュレディンガーの猫の生死を確定させる観測者自身をさらに一回り大きな箱に入れる事で「観測者自身が複数の状態をとっている」とみなせる『ウィグナーの友人』などが提案されてきた.
これらの思考実験では,我々が確固たる実在だと思っている猫や人間自体が,状態の重ね合わせとして表されなければならない不合理な状況を作り出す事で,量子力学が抱える不可思議な点を浮き彫りにしている.

※なお,これらの思考実験で「猫」だの「人」だのが出てくるが,これは量子論の困惑するような結果を強調するために用いられているだけで,実際の実験においては単なる分子であったり観測装置であったりが「猫」や「人」の代わりに用いられる.そのため「いや,人とか猫だと○○という問題があるので云々」というのは思考実験に対する反論にはならない.

ただまあ言ってしまえば,これら古典的な思考実験は,「そう,その通りなんです.実は我々も(知覚はできないけど)複数の状態が重なって存在しているんですよ」と常識をぶん投げて認めてしまえばパラドクスにはならない,というものであった.
しかし今回報告されたこの論文は,よりクリティカルに観測問題を我々に突きつけてくる(ように思える).

論文が提案している思考実験は,『ウィグナーの友人』を二重化したようなものとなっている.
セットアップとして,二つの外界から十分隔離された実験室L1とL2を用意し,その中に観測者(いわゆるところの「ウィグナーの友人」の役割)であるF1とF22をそれぞれ入れておく.さらに外界には「実験室自体を観測する観測者」(いわゆるところの「ウィグナー」の役割)としてW1とW2を配置する.
最初にL1内のF1が,2状態をとれる観測対象(スピンの上下,量子論的なコインの裏表など.要するに「猫」の役目)を観測し,その結果に応じてスピンの向きを変えたものをL2に送る.例えばコインが表なら|↓>のスピンの電子を,コインが裏なら|→>=√2(|↓>+|↑>)を送る.コインが裏だった場合は,スピンの向きが上向きと下向きが混合した状態の電子を送るわけだ.電子を送られたF2は,この電子のスピンが|↑>なのか|↓>なのかを測定する.F1が送った電子が|↓>ならそのまま|↓>が確定するし,送られた電子が√2(|↓>+|↑>)だったのならそれぞれ1/2の確率で|↑>または|↓>が確定する.

でもってこれらF1とF2の居る実験室自体(L1とL2)を,外部に居るW1とW2が観測する.ただしこの観測,非常に変な観測となる.W1はL1に対し,√2(|コインが表>-|コインが裏>)という基底での観測を行う.つまり,L1というラボ内の観測者が「コインの表を観測 or コインの裏を観測した」という観測ではなく,「(コインの表を観測した状態 - コインの裏を観測した状態) or (コインの表を観測した状態 + コインの裏を観測した状態)」のどちらなんだ?という変な観測を行う.
これは日常的な感覚では非常にけったいな観測に思えるが,原子・電子のレベルでは実験として良く行われている観測である.例えば|↑>または|↓>のどちらかになっている電子のスピンに対し,√2(|↓>+|↑>) or √2(|↓>-|↑>)のどちらなのか?という観測を行って,状態をこれら二つのどちらかに強引にねじ曲げて落とし込む,という事も可能である.
でまあもう一つのラボの外側に居るW2も同様の観測をL2に対して行い,√2(|↓>-|↑>) or √2(|↓>+|↑>)という観測を行う.

でまあここからが消化不良な部分なのだが,登場する4人の観測者F1,F2,W1,W2それぞれはそれぞれの結果を自身の持つ量子力学の知識を使って正当に解釈できたとすると,実は同じ実験から2つの矛盾する結論を導けてしまうよ,というのが本論文の結論……らしい(まだ完全に追い切れていないので,興味があって量子論の素養のある方は自分で読んでみていただきたい.オープンアクセスの論文なので,誰でもアクセス可能である).

この思考実験のキーポイントをまとめたものが論文中に載っているのだが,ここでは3つの大きな仮定が用いられている.

(1) 量子論は巨視的な系においても成立している.
(2) 起こったことに対する,異なる人々の観測結果からの複数の論理的な推測は矛盾しない.
(3) ある任意の基底に対し,A or not A 型の測定が行える.

そして思考実験の結論として,「これら三つの仮定を同時に満たす事は不可能である」という事が得られたというわけだ.
そのため,我々は次のうち少なくとも一つは受け入れなくてはならない.

(a) 量子論はそのまま巨視的な系に対しては成り立たない(謎の「観測」などの効果により,巨視的な世界は量子論的な効果が消えてしまう)
(b) 実はさまざまな現象は,観測する人によって異なる結果を与える事がある(誰から見ても世界は同じとは限らない)
(c) ある基底に対し,二択を与える測定が存在し得ない場合がある(「A」でもなく「Aじゃない」でもない場合が存在する)

(a)を認めるのなら,巨視的な系では何が働いているのか?が問題になるだろう.自由度が増える事で自発的に混合状態が崩壊して波束の収縮(に近いものが起こる)という研究はあるが,現時点ではどうやっても有限の混合が残ってきて,完全な波束の収縮には至っていない.ただ,巨視的な系と量子的な系で驚くほど振る舞いが異なるのは事実なので,量子論を進化させたより完全な理論では,巨視的な系では量子的な効果が破壊される何らかの機構が存在する,という可能性は否定できない.

(b)を認めるのはなかなかチャレンジングな気もするが,果たしてどうなのだろうか.同一の現象に対し理論的に予測されることが互いに矛盾する,という事はあり得るのだろうか?それが許される理論体系において,現実とは何なのだろうか?

(c)もまたありそうではある.シュレディンガーの猫の時代から「そもそも『猫が生きている状態』と『猫が死んでいる状態』は固有状態ではなく,両者の重ね合わせを考える事自体がおかしいのではないか」という話はある.ただあくまで思考実験でインパクトを上げるための『猫』なので,本当にそういう考え方で今回の理屈が生み出す矛盾を否定しきれるのかはちょっとすぐにはわからない.

まだ消化不良で理解し切れていない部分も多いが,量子論の根本に切り込むようなこういった仕事は面白いSFを読むかのような楽しさがあってなかなかわくわくするものである.

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by Anonymous Coward on 2018年10月06日 21時18分 (#3493357)

    分散コンピューテイングにおいて一貫性、可用性、分断耐性の全てを満たすことは出来ないっていう

  • by Anonymous Coward on 2018年10月06日 21時39分 (#3493371)

    熱も音も情報も伝達を遮るのを被伝達側からの観測を遮ると捉えたらどうでしょう

  • by Anonymous Coward on 2018年10月08日 6時39分 (#3493938)

    スラドの諸兄諸姉を頼って初歩的な疑問をするのですが、
    シュレディンガーの猫って1時間に猫が死ぬ装置が作動する確率が50%として、
    1時間後ではなく、2時間後とか30分後とかを取り扱う場合はどうなるのですか?
    生きている確率25%と死んでる確率75%が重なり合ってる状態みたいな感じなんでしょうか。
    それと、アルファ線を感知する装置というのは、確率状態だったものがその状態を終え、
    確定した事実を観測する装置ではないのですか?
    人が直接的には見ていなくても、人が観測を目的に作った装置が無人で観測している状況は
    やはり観測という行為なのではないのですか?
    そうなら箱の中を誰も観測しなくても、装置がアルファ線を観測するか否かで
    箱の中の世界は常に決定されているのではないのでしょうか。
    そもそも観測という行為自体が量子の世界を捉え切れていない不完全な巨視的な世界における行為なのではないですか?
    そして人が量子の世界を完全には観測できないという事が巨視的な系で量子的な効果が破壊される要因と。
    仮に人が完全に量子の世界を観測できる、というか人が認識できる前提なら、(b)のような結論もありそうな気がします。
    その(b)を受け入れると、別の意味で、神はサイコロを振らない事になるのかもしれません。

    やはりphasonさんの日記には場違いな恥さらしコメントだったかしら。

    • >1時間に猫が死ぬ装置が作動する確率が50%として、
      >1時間後ではなく、2時間後とか30分後とかを取り扱う場合はどうなるのですか?

      「死んだ状態」と「生きている状態」が独立で,両者の間での行き来がない&外部からの影響で状態が変わらない,という事を仮定します.
      要するに,変なタイミングでの観測っぽいことが起きないし,死んだ状態と生きた状態との間で振動もしないとします.
      ※「生きた状態と死んだ状態の間の振動」ってのは変なものですが,実際に実験可能な電子のスピンなどだと二つの状態間を振動する事があります.

      半減期がTであるある粒子が崩壊すると装置が作動する,とするなら,単純に半減期の考え方を用いて,

      装置が時刻tまでに作動していない確率P=exp(-t/T)
      作動している確率P'=1-exp(-t/T)

      で表されます.ですので時刻tでの猫の状態としては,

      猫(t)= √2 (√P 生きている猫 + √P' 死んでいる猫)

      のような感じになるんじゃないかと.ですからおっしゃられている

      >生きている確率25%と死んでる確率75%が重なり合ってる状態みたいな感じ

      で良いかと思います.
      まあ細かい事を言うと,「死んでいる状態」はさらに「時刻1に死んだ状態」,「時刻2に死んだ状態」……などの重ね合わせになるはずですが.

      >アルファ線を感知する装置というのは、確率状態だったものがその状態を終え、
      >確定した事実を観測する装置ではないのですか?

      量子論の基本で言えば,ある粒子が崩壊したのか崩壊していないのかは観測するまで確定せず,「崩壊した状態」と「崩壊していない状態」の重ね合わせになります.
      ですので,「確定した事実を観測する」というよりは,「重なった状態として存在している系を,観測することにより『そのうちの一つの状態』に落とし込む」装置になります.

      >人が直接的には見ていなくても、人が観測を目的に作った装置が無人で観測している状況は
      >やはり観測という行為なのではないのですか?

      現代の物理学者の大部分はこれに同意していると思います.
      ※かつては「(人の)意識」というものに特別視して,意識が見る事が「観測」である,というような人たちもいましたが,今ではかなり少数派だと思います.

      >そうなら箱の中を誰も観測しなくても、装置がアルファ線を観測するか否かで
      >箱の中の世界は常に決定されているのではないのでしょうか。

      これはその通りでもあり,そこが観測問題の難しいところです.
      装置は確かに観測により波束を収縮させますが,その装置自体も数多くの電子や原子核により構成されており,それらは量子論に従っているはずです.という事は「観測する装置自体も,観測されない限り状態が確定しないのではないか?」というのがこの手の思考実験が突きつけるポイントです.
      とすると無限の退行を引き起こしてしまい,じゃあ結局何がどうしていつ「観測」&「状態が確定」するのか?というのが問題点です.

      >そもそも観測という行為自体が量子の世界を捉え切れていない不完全な巨視的な世界における行為なのではないですか?
      >そして人が量子の世界を完全には観測できないという事が巨視的な系で量子的な効果が破壊される要因と。

      この辺は逆のような気がします.
      不完全にしか観測できなければ,複数状態間の重ね合わせは生き残るはずです.そうなると,完全なる確定には至らず,いくつもの状態が混ざり合ったものがずっと続く事になるのでは.
      結局,量子論の問題は「観測=巨視的な系相互作用すると,なぜ状態が一つに絞り込まれるのか?」というところになります.これが少数粒子からなる小さな系だと,それら少数粒子からなる系による「観測(っぽいもの)」以降も重ね合わせが継続する事が知られています.
      ※例えば,ある粒子Aのスピンが↑なのか↓なのかを別な粒子Bが相互作用で見ると,出てくるのは「Aの↑と相互作用したB」と「Aの↓と相互作用したB」の「重ね合わせ状態」になり,一つの状態には収縮しない.

      この辺を打破しようと,「波動関数が非常に自由度の大きい系(例えば非常に粒子数の多い巨視的な系)と相互作用すると,状態が自発的に一つに絞り込まれる」という事を理論的に示そうという試みは結構あるのですが,完全な成功には至っていません.
      #ある程度それっぽい事は見えるが,穴が残る.

      親コメント
      • by Anonymous Coward

        丁寧でわかりやすい解説ありがとうございました。
        phasonさんの貴重な時間をいただいてしまうとは……。
        以下は独り言です。せっかく解説いただいたのですから拙くてもフィードバックくらいはしないと……。

        > 観測する装置自体も,観測されない限り状態が確定しないのではないか?

        なぜ人の観測を特別視するのかがよくわかりません。
        もし人が箱の中を常に観測していたとして、途中から退屈凌ぎにはじめた思考実験に没頭してしまい、
        その観測者が目の前の、見えているはずの猫の生死を把握できない状態になったとします。
        (観測者は猫が死ぬ時の気配も感じとれないものとします)。

        • by Anonymous Coward

          また独り言です。
          猫の死が視覚~脳~意識と伝わっていくと考えた時
          (上の例では可視化していますが、普通に箱を開けても視覚~脳~意識と伝わる間のラグはあるはずです)、
          脳がキーポイントだとすると脳の量子論的な部分が相互作用の要素なのかもしれません。
          そもそも意識というものを問わなければ、
          猫の死というのは人のみが認識するものではない気もします。
          呼吸や心拍、瞳孔を確認するような事は人しかしないでしょうが、
          動物だって箱の中の猫が動かない事は確認できるでしょう。
          また死臭のようなものが漂えば、昆虫やバクテリアだって猫の死体の存在を認識するでしょう。
          脳(バクテリアまで考えるなら……わかりません)自体に量子論的な意味を見いだすなら、
          世界はあらゆる生命によって観察されている事になるんじゃないでしょうか。
          というか……シュレディンガーの猫というのは、箱の中の猫=世界の一観察者
          の死のタイミングで世界が確定されているのではないでしょうか。

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