パスワードを忘れた? アカウント作成
13767448 journal
日記

phasonの日記: センチメートルサイズの単層二次元薄膜の安定した作成法 1

日記 by phason

"Controlled crack propagation for atomic precision handling of wafer-scale two-dimensional materials"
J. Shim et al., Science, 362, 665-670 (2018).

もともと二次元性の強い物質,つまり面内方向の結合が強い一方で面間方向の結合(相互作用)が弱い物質は,スコッチテープなどの粘着素材を両面に貼り付け剥がすだけで容易に剥離し,非常に薄い薄膜とする事が可能である.この"魔法の道具"スコッチテープを用いた単層グラフェンの簡便な作成法が報告されて以来,原子・分子レベルの厚みの単層ナノシートの作成や物性研究は大きく発展した.
しかしながら,この剥離法は単層の物質を選択的に作る事が難しく,単層~数層のさまざまな厚みのサンプルがランダムに出来てしまうという欠点が存在する.そのため研究においては,無数のサンプルを同時に作成し厚みを測定,偶然単層だったものを選択して測定するなどの手間がかかっている.また,剥離の際に薄膜が折れ曲がったり波打ったりして特性が変わってしまう,という事もしばしば起こる.さらに,単層薄膜が作製できても,きっちりと単層になっている部分はマイクロメートルサイズで,それ以外の領域では複数枚が重なってしまい厚くなっている,という事も多い.
今回報告されたのは,このような欠点を回避し,ほぼ確実に,センチメートルサイズ以上の非常に大きな単層薄膜を作製できるという手法である.

今回の実験で用いられているのは,WS2,WSe2,MoS2,MoSe2といった遷移金属カルコゲナイドと,グラファイト類似の構造をもつ六方晶窒化ホウ素(h-BN)である.これらは成膜性が良くウェハーサイズ(数~数十 cm)の綺麗な単結晶試料を作成する事が可能で,しかも相間相互作用が弱いため容易に剥離できることから単層薄膜の例として良く研究されている物質だ.
今回の手法では,サファイア基板やSiO2/Si基板の上にこれらの層状化合物を数~数十 nm程度の厚みにCVD法によりエピタキシャル成長させる.最上段のみは無数の結晶核から薄膜が成長している途中のため無数の単層薄膜断片がのった形となるが,それ以下の層では非常に均一で基板全体に広がった単結晶が生成する事が知られている.
作成した積層膜の上から,さらにNiを蒸着する.その後,Ni膜の上から熱剥離テープ(粘着性だが,加熱すると粘着性を失い剥がれる)を貼り付け,力を良く加減しながらゆっくりと引き剥がす.相互作用の強さとしては,

粘着テープとNi,Niと層状物質 > 層状物質の層間 > 層状物質とサファイア(またはSiO22)基板

となっているので,この段階では非常に綺麗に成膜用基板から厚く成膜した層状物質が剥がれる事となる.
その後,下面(もともと成膜用基板が付いていた面)にもNiを蒸着する.そして下面のNi側にも熱剥離テープを貼り付け,うまく加減した力で上側のテープをゆっくりと引き上げ,剥がす.これだけで最下面の「単層のみ」を綺麗に剥離する事が可能となる.

ここでのポイントは,

1. Niと層状物質との相互作用が,層状物質の層間での相互作用よりも非常に強いこと
 つまり,力を加減する事でNi-層状物質間が結びついたまま,層状物質内で剥離を引き起こせること

および

2. 作成した膜のエッジ部分は欠陥が多く,容易にクラックが入る事

の2点である.
1に関しては説明はいらないと思うが,今回の研究で重要となるのは2の方だ.ゆっくりと端からテープを引き剥がしていくと,作成した薄膜のエッジ部分が割れ,クラックが生成する.このクラックは,「上側のテープを曲げて引っ張る」という過程での力のかかり方が原因となり,下方へと成長する(以下のようなプロセス).

↑テープごと引き上げ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最上層)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質2層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質3層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質4層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最下層)
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)


■□
 ■□□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最上層)
■×■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質2層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質3層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質4層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最下層)
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)
※×印はクラックを表す

□□
■■□
 ■■□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)
  ■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最上層)
■×■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質2層目)
■■×■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質3層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質4層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最下層)
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)

□□□□
■■■■□
 ■■■■□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)
  ■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最上層)
■×■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質2層目)
■■× ■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質3層目)
■■×  ■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質4層目)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最下層)
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質最上層)
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質2層目)
  ■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質3層目)
  ■■■■■■■■■■■■■■■■■■(層状物質4層目)

■×
■■×
■■×
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(転写された単層薄膜)
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□(Ni層)

このように,引き上げ方に気をつけるだけで,非常に綺麗に単層薄膜が転写される.
(エッジの部分でクラックの成長に要した分だけごくわずかに複数層の部分もできるが,薄膜のサイズ=数 cmのサイズから見れば無視できる程度の領域となる)
また,もともとの多層膜がなくなるまでこの作業は繰り返せるため,一度作った多層膜から,安定して数枚程度の単層膜を剥離する事が可能である.

剥離された薄膜は,さらに別の基板に(Niを上にして)載せたあと,110 ℃に加熱して熱剥離テープを剥がし,さらに塩化鉄(III)を用いたエッチングで表面のNiを溶かす事で「基盤上にのった単層薄膜」にすることができる.さらに,この手法を繰り返す事で
・任意の枚数が重なった多層膜
・複数の異なる二次元物質を積層した多層膜
とすることも可能だ.
著者らはこの手法を用い,直径5 cmの円形でほとんど欠陥のない単結晶単層膜を作成して見せている.

本手法で作られる単層膜は非常に質が良い事が特徴で,例えば多層膜を作った段階でのキャリア易動度が106.8 cm2/V・sだったのに対し,単層膜へと剥離したあとの易動度が89.5 cm2/V・sとほぼ同等の値が保たれており,単層剥離による劣化がほとんど無いこと確認されている.また,単層の折れ曲りや浪打などもなく,形状的にも非常に綺麗な単層膜となっている.

続いて著者らはデモンストレーションとして,Siウェハー上の1 cm四方の領域に10×10の計100個のFETを作成し,その特性を計測している.構造としては,Siウェハーの表面を酸化しSiO2の絶縁層を作成,その上に絶縁性のh-BNを2層載せ,その上にMoS2を1層載せる.エッチングでMoS2を適当な形状に削り,ソース,ドレインを作ったあとに絶縁層としてアルミナを蒸着,最後にゲート電極を載せる事でFETとしている.
作成したFETのon/off比は108となかなかの特性である.また,基板との間にh-BNを挟む事で素子のばらつきが非常に少なくなり,妙なヒステリシス(高いゲート電圧をかけon状態にすると,多少ゲート電圧を減らしてもon状態が維持されてしまう)も起こらない事が確認された.
100個作成した素子間のばらつきとしては9.6%程度であったが,これは同様の構造をwetプロセス(溶液を用いたプロセス)で作成した場合のばらつき26%に比べ明らかに低く,本手法によりさらに安定した素子が構築できる事を示唆している.

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
typodupeerror

日々是ハック也 -- あるハードコアバイナリアン

読み込み中...