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日記

phasonの日記: 敵の敵は味方ならず:ファージ感染が誘発するメチシリン耐性黄色ブドウ球菌の免疫回避 3

日記 by phason

"Methicillin-resistant Staphylococcus aureus alters cell wall glycosylation to evade immunity"
D. Gerlach et al., Nature, 563, 705-709 (2018).

黄色ブドウ球菌はそこら辺のどこにでもいるありふれた菌だがやや毒性が強く,免疫力が低下している場合などに重篤な症状を引き起こす事がある.そんな黄色ブドウ球菌が抗生物質が常用されている環境(例えば病院や畜舎)でメチシリンを含む各種抗生物質への耐性を獲得したものがメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)である.こいつはしばしば院内感染を引き起こし,その一方で抗生物質類に対する耐性ゆえに有効な治療法がなかなか無いため深刻な問題となっている.
さてそんなMRSA(を含む黄色ブドウ球菌)であるが,ヒトなどの免疫系はその細胞壁の成分であるペプチドグリカンやその表面にあるタイコ酸に対する抗体をもち,それを使って免疫反応を起こしている.ところが,その効き具合などは個人差が大きく,「何が黄色ブドウ球菌への免疫系の効き具合に関わっているのか?」は重要な研究対象となっている.
今回の論文が報告しているのは,ヒト等の免疫系が主要なターゲットとしている黄色ブドウ球菌表面のタイコ酸の分子構造が,黄色ブドウ球菌のバクテリオファージ(ファージ)への感染により変化しており,その結果としてヒトの免疫系をすり抜けている,という発見である.

細菌がファージに感染すると細菌のDNAにファージのDNAが埋め込まれ,これが大量に発現する事でファージが量産された結果として細菌は死ぬ.しかしながら,ファージに感染した細菌が即座にファージの量産を始めるのかというとそうとは限らず,当面は「細菌のDNAの一部として埋め込まれた状態」(プロファージ)という休眠状態で宿主の中に潜伏し,何らかの刺激により増殖を開始する場合がある.
著者らが発見したのは,MRSAではある特定のプロファージを含んでいる(感染している)ものがそれなりに存在し,そいつらが免疫系の攻撃を受けにくい,という事である.結論に至るまではいろいろあるのだが,結局何がわかったのかを簡潔に紹介していこう.

黄色ブドウ球菌の細胞壁には,リビトールリン酸ポリマーがN-アセチルグルコサミンで修飾されたタイコ酸と呼ばれる物質が存在している.当然ながらこれを作る際にN-アセチルグルコサミン修飾を行う酵素であるtarSを黄色ブドウ球菌は持っている.さて,ファージ(黄色ブドウ球菌のDNAに埋め込まれたファージのDNA)も類似の酵素であるtarPをDNAにエンコードしており,ファージに感染した(ただし,プロファージ状態で発病していない)黄色ブドウ球菌においては,もともと自分が持っていたtarSだけではなく,感染により埋め込まれているファージのDNAも翻訳されtarPも合わせて生産される事となる.
このtarP,もともとあったtarSとよく似た働きをするのだが,リビトールリン酸のどの水酸基をN-アセチルグルコサミンで修飾するか,という部分が異なっており,その結果出来上がるタイコ酸はもともとの黄色ブドウ球菌が作る予定であったタイコ酸と微妙に異なってくる(修飾位置が一つずれる).
ヒトなどの免疫系においてはこのタイコ酸を標的とした抗体が多いのだが,ファージ由来のtarPで修飾されたタイコ酸は修飾位置が違う=分子の形が微妙に違うため,抗体が反応しなくなってしまう(別なものだと認識されてしまう).
この結果,ファージに感染している黄色ブドウ球菌はヒトの免疫系による検出をすり抜け,より活発に活動できるようになってしまうわけだ.
例えばマウスを使った実験では,tarSをノックアウトして(内包するファージ由来の)tarPのみでタイコ酸が作られた場合,免疫系の反応が1/7.5~1/40にまで激減する事が示された.またヒト血清を用いた実験でも,ファージ由来のtarPを全く持たないピュアな黄色ブドウ球菌に対する免疫系の応答に比べると,ファージに感染している黄色ブドウ球菌はその2/3程度の免疫応答しか引き出さない.
要するに,黄色ブドウ球菌はファージに感染する事でヒト免疫を逃れやすくなる,というわけだ.現在MRSAの系統として培養されている黄色ブドウ球菌のいくつかからこのファージ感染が見つかっており,もしかするとヒトの免疫系に負けずに猛威を振るう理由の一端はこのファージ感染にあるのかも知れない.

ファージ自体はもちろんいずれは何らかの切っ掛けで黄色ブドウ球菌内で過剰に発現し宿主を死に至らせる,いわば黄色ブドウ球菌の「敵」なわけだが,時として手を結び協調して働く事でヒトの免疫系をすり抜け,繁栄を謳歌している事が示唆されたわけで,まさに敵(黄色ブドウ球菌)の敵(ファージ)はヒトの味方ならず,といったところか.
なお今回の論文ではtarSとtarPの構造がどのように異なっているのかなども調べられており,今後の研究しだいでは,tarPも標的とした新規の薬剤の開発などにも繋がる可能性が示唆されている.

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私は悩みをリストアップし始めたが、そのあまりの長さにいやけがさし、何も考えないことにした。-- Robert C. Pike

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