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日記

phasonの日記: 適用範囲の広いインフルエンザ治療薬を目指して:広域中和抗体を模した小分子薬の開発 1

日記 by phason

"A small-molecule fusion inhibitor of influenza virus is orally active in mice"
M. J. P. van Dongen et al., Science, 363, eaar6221 (2019).

インフルエンザは身近な伝染病であるが,全世界では毎年平均して30-65万人の死者を生み出していると考えられている非常に強烈な病である.ワクチンなども製造されてはいるものの,インフルエンザウイルスは変異により免疫系を逃れやすく,その効果は完全ではない.
そんなインフルエンザの感染を考えるうえで重要となるのが,インフルエンザウイルスの表面に突き出しているヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)と呼ばれる二つの糖タンパク質である.前者はウイルスが宿主の細胞にとりつく&中に取り込まれるために働く糖タンパク質で,後者は逆に細胞から外に出ていくときに働く糖タンパク質であり,インフルエンザウイルスはこの二つの糖タンパク質の種類(型)により分類される.例えばHAが5型でNAが1型のウイルスはH5N1と呼ばれる,というようなものだ.
このHAとNA,どちらもインフルエンザウイルスの感染に重要な働きをしているため,どちらかの働きを阻害できる分子が見つかれば治療薬として利用できる.ところがこれら二つの糖タンパク質はその末端部分に非常に変異しやす部位を持ち,ここがさまざまな異なる型に変異することで免疫系をかいくぐったり,薬剤を無効化したりしていることが明らかとなっている.

というわけで,インフルエンザは治療薬や予防薬を作ることが難しく,しかもワクチンもなかなか効果を発揮しにくい(何せ,免疫系が認識しやすい末端部の構造がころころ変わる)ことが知られているわけだが,近年,さまざまな異なる型のインフルエンザウイルスに対する抗体を持つ人がいることが明らかとなった.研究により,この抗体は例えばHA(こいつは軸の上に丸い頭がついた,こけしのような構造だと思ってほしい)であればその先端ではなく,軸の部分をターゲットとした珍しい抗体であり,この軸部分は多くのインフルエンザウイルスで構造が保持されている=変異がほとんどないことが明らかとなってきている.
HAの軸部分は,感染において非常に重要な役割を果たす.細胞内に膜につつまれた小胞として取り込まれた際に,この軸部分がpHの変化をトリガーとして変形し,それにより自身の膜と細胞の膜を融合させ,ウイルスの中身を細胞内に放出する.この重要な役割を担っているため,この部分には変異が生じにくいのだ(生存にとって構造が重要な部位なので,下手な変異が起こるとそもそも感染できなくなる).したがって,この軸部分をターゲットとした薬剤が開発できれば,さまざまなタイプのインフルエンザに共通して使える治療薬となる可能性がある.

※このため,この「軸部分」を量産して体内に導入することで免疫系に覚えさせ,汎用のインフルエンザに対する免疫(広域中和抗体)を作らせよう,というような研究もある.
実際に見つかった汎用の抗体も,HAの軸部分のとりつきそのpH変化による変形を阻害することで機能を発揮できなくし,感染を防止しているとみられる.

さて,インフルエンザの治療薬を作ることを考えると,飲み薬タイプの薬剤が利便性が高い.ところが現在見つかっている広域中和抗体などはタンパク質ベースであり,そのまま服用しても消化されてしまい効果を発揮できない.
できれば,同様の働きをしつつ,消化器系から吸収される小分子の開発が望まれる.
今回報告された論文は,多数の分子からのスクリーニングにより,そのような小分子を見つけさらに改良した,というものになる.

著者らはまず,HAの軸部分をターゲットとした汎用の抗体として働くCR6261をスタートとした.この分子はHAの中でもグループ1と呼ばれるもの(H1,2,5,6,8,9,11,12,13,16,17,18)の多く(前述のうち,H11,17,18以外)のすべてのHAに結合できるタンパク質である.著者らはこのたんぱく質の構造をベースに,もうちょっと単純なタンパク質分子HB80.4を開発した(このたんぱく質自体は薬剤として使うわけではなく,薬剤を見つけるために使用する).
標的であるインフルエンザウイルスのHAモデル分子としてH1の軸部分だけのタンパク質(以下,単にHAと呼ぶ)を量産,こいつと先ほどのHB80.4とにそれぞれペアとなる分子(受光体および蛍光体)をくっつける.これにより,HAとHB80.4が結合している状態で680 nmの光を当てると,HAにくっつけた部分の効果で活性酸素が発生,それが近傍のHB80.4にくっついた蛍光体を光らせることで615 nmの光が出てくる系を構築した.
この系を多量に作成し小分けにして,さまざまな異なる候補分子をそれぞれに加える.もし候補分子がHAの標的部位(=HB80.4がくっついている部位)に強くくっつく能力(これは,HAを無効化するうえで最低限必要な能力である)があれば,既に結合しているHB80.4を押しのけてでも吸着し,その結果HB80.4が放出されるはずである.すると,発光体がHB80.4とともに外れてしまうわけだから,励起光を当てても光らなくなる.
これを利用して,約50万種の化学種ライブラリーから,HAの標的部位に吸着できる小分子およそ9000が選別された.この9000種をさらに,本当に目的部位に吸着しているのかどうかのチェック(例えば,単にHB80.4を壊すような分子であっても蛍光は消えてしまう)により300に絞った.
こうして得られた300種の構造を検討すると,ベンジルピペラジン骨格を持つ分子が多く,その中でも特にJNJ7918と呼ばれる分子の活性が高いことが明らかとなった.これが目的通りHAの軸部分に結合しているのかを確かめるために,インフルエンザウイルスのHA(軸部分だけではなく,頭の部分もある)との結合をチェックし,HAの頭部分に結合する薬剤と競合しない(=JNJ7918が結合しているのはHAの頭部分ではなく,軸部分である)ことも確認した.

こうしてスタート物質であるJNJ7918が発見できたので,いよいよ薬剤開発である.この分子のさまざまなところにいろいろな置換基を導入したバリエーションを開発,その有効性をチェックしたところ,分子にエーテルやエステル部位等を導入することで,さらに優れた活性を示す分子であるJNJ6715を開発することができた.この分子は元となったJNJ7918の30~80倍HAに結合しやすく,しばしば大流行を引き起こしているH1やH5型のウイルスに対する効果が30~500倍ある分子であった.
ただ,このJNJ6715は
・体内環境に近いほぼ中性の水に溶けにくい
・肝臓などでの代謝が起きやすく,半減期が非常に短い
という弱点があり,そのままでは使用できない.そこで代謝を受けやすいメトキシ基のCH3をCF3に変えて分解されにくくしたり,一部の芳香環をNを入れたピリジン環に変えるなどの改良を行いJNJ8897を開発,その後さらに活性を高めるために一部の置換基を変更し,最終的に彼らがJNJ4796と呼ぶ分子を完成させた.
この分子は細胞毒性も低く,ある程度水に溶け,そこそこ代謝されにくかったので,これを用いて実際のインフルエンザウイルスへの効果を調べる実験を行っている.

まず行ったのが,マウスを用いた実験である.一部の遺伝子を削ることでA型インフルエンザに対する感受性が非常に高くなっているマウスがあるのだが,これをH1N1型のインフルエンザウイルスに感染させ,その餌に混ぜ込むことで10 mg/kgや50 mg/kgなどの量のJNJ8897またはJNJ4796を1日2回投与,その効果を調べた.
薬剤を未投与の対照群ではおよそ7~11日程度でマウスは全滅したのだが,JNJ8897では10 mg/kgの投与で25%,50 mg/kgの投与で40%のマウスが21日目以降まで生存した.さらに改良したJNJ4796の投与では,10 mg/kg,50 mg/kgの投与でともに生存率100%と劇的な向上を見せており,このJNJ4796がH1N1ウイルスに対し大きな効果を発揮していることがわかる.
ヒトの気管支細胞を培養したものへの効果もチェックしており,培養中に各種濃度のJNJ4796を加えた際にインフルエンザウィルス由来のRNAがどのぐらい検出されなくなるかを見てやると,10 μMあたりから顕著にRNAの検出量が減少し(-90%減少),40~50 μMあたり(?)で99.9%以上減少するなど,ウイルスを減らすことができている.
また,各種の型のHAとの結合のチェックでは,作成したJNJ4796はグループ1のうちH1,2,5,6,11,13,16に結合することが確認できており,そこそこ広範囲に効果があるのではないかと期待できる(なお,グループ1のうちH8,17,18は未チェック,H9と12は結合せず).

というわけで,将来の汎用性の高いインフルエンザ治療薬(につながるかもしれない薬剤)の研究であった.
こういった薬剤を作る際のスクリーニングや改良などに関しては全く知識がなかったので,なかなか面白く読めた.

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