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日記

phasonの日記: ニッケル層状酸化物で見つかった超伝導

日記 by phason

"Superconductivity in an infinite-layer nickelate"
D. Li et al., Nature, 572, 624-627 (2019).

銅酸化物系高温超伝導体はその優れた物性から数多くの研究が行われているが,特異な高い転移温度の起源はいまだによくわかっていない.銅酸化物系高温超伝導体においては,銅原子とそれを取り巻く酸素原子からなる二次元平面が伝導性および超伝導を示すことが知られている.
この二次元平面内において銅原子は+2価=d電子が9個の状態となっており,各サイト=各銅原子につき1つのキャリアが(d軌道上に)存在する状態となっている.この銅イオンのd軌道はエネルギー的に近い酸素原子のp軌道と混ざり,2次元的な電子構造を作っている.
各サイトのキャリアは隣のサイトに移動できるのだが,移動すると「移動先にもとからあった電荷」+「移動してきた電荷」となるため銅原子上に二つの電荷が同時に存在する状態となってしまい,強いクーロン反発が働く.銅酸化物系超伝導体の母物質(ドープされていない状態)においてはこのクーロン反発の大きさが電子を移動させようとするサイト間での軌道の重なりよりも十分大きいため,電荷は隣に移動できず,各サイトに1つの電荷が固定された絶縁体(Mott絶縁体)が基底状態となる.この基底状態では,銅原子上に固定された電荷の持つスピンは隣接サイトで逆向きとなり,反強磁性状態が実現する.
このMott絶縁体の反強磁性状態にわずかに電子,もしくは正孔をドープすると,以下の1次元系モデルに示すようにキャリアが自由に移動できるようになる.

基底状態
---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---

電子が移動した状態
---(↑ )---(↓ )---( )---(↑【反発】↓)---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---

あらかじめ正孔がドープされた(=一部の電子を引っこ抜いてある)物質の基底状態
---(↑ )---(↓ )---(↑ )---( )---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---

そこから電子が移動した状態(電子が移動しても反発が生じない)
---(↑ )---(↓ )---( )---( ↑ )---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---

このように少しキャリアをドープした系においても,反強磁性自体は維持されることがわかっている(ただし,少し揺らぎが生じる).「銅酸化物系高温超伝導体の超伝導はなぜ発生しているのか?」はいまだ謎に包まれているが,この「Mott絶縁体・反強磁性相に少し電荷がドープされた状態により,磁気的な揺らぎが生じる.これが電子間を結びつける何らかの引力を生み,それにより高い温度で超伝導が出ているのではないか?」というのが定説となっている(異論もある).
もう一つの高温超伝導体である鉄系超伝導においても,母物質は鉄のd軌道に由来する反強磁性相であり,「反強磁性相にキャリアをドープすると超伝導が出る」という点は同じである.このため,反強磁性相を崩しかけた時の揺らぎが超伝導の発現に重要だと考えられている.

さて,そんな中発表されたのが今回の論文である.今回の論文は,「Cu2+と同じ電子数であるNi+を使って,銅酸化物系高温超伝導体と同じ状酸化物層構造を含む物質を作ったら,超伝導が出た」というものになる.Niは通常+2価をとりやすく,時々+3価になる元素なのだが,著者らは強引に還元することにより+1価のニッケルというちょっと変わった酸化数のイオンを含む物質の薄膜を作り上げた.するとこの薄膜が超伝導を示したというものになるのだが,その意味するところはかなり大きい.
著者らはまず,LaNiO2の薄膜を作り研究を行った.作成法としては,基板上に成長させたLaNiO3の薄膜をCaH2(に含まれるH-)で還元し,LaNiO2の薄膜としている.この物質はある程度電気は流すものの温度依存としては低温で抵抗が増大する絶縁体であり,La3+の一部をSr2+で置換して(こうすると,Ni+の価数が増える)キャリアをドープしてやっても絶縁体であることには変わりがなく,超伝導も現れなかった..

そこで著者らはとりあえず金属性を上げてやろうと,Laの代わりにNdを使用してNdNiO2の薄膜を作成した.ランタノイド類は周期表の右の元素ほど微妙にサイズが小さいという特徴があるため(ランタノイド収縮),LaをNdに変えることで結晶格子が少し縮む.すると原子間が近づき軌道の重なりが増え,電子は隣のサイトに移動しやすくなり金属性が増す(バンド幅が増える).そうして作成したNdNiO2は目論見通り室温~70 Kあたりまでは温度の低下とともに抵抗が低下するという金属的挙動を示した.
※それ以下では温度の低下でやや抵抗が増大する.
続いて著者らはここにキャリアをドープするために20%ほどのNdをSrに置き換えたサンプルを作成し測定した.するとこのサンプルはおよそ15 Kあたりから抵抗が急減し始め(いわゆる超伝導体で言うところのonset),9 Kあたりで抵抗がゼロ(正確にはノイズレベル)にまで低下する超伝導が発現した.この超伝導は比較的安定して発現するため,いくつものサンプルを作成しても超伝導が現れるなど再現性が高く(ただし,転移温度は多少上下する),しかも磁場の印可や電流密度の上昇による超伝導の抑制も綺麗に見えているなど,超伝導の出現そのものに関しては疑いようがないと思われる.
※なお著者らは,基板の影響(格子定数の違う基板上に薄膜が成長していることによる,引き延ばし or 圧縮方向の力の効果)に関しては今後の検討が必要と述べている.

では,この研究はどんな意味があるのだろうか?
超伝導転移温度そのものは(onsetで)15 K程度と大したことはないのだが,Ni+の層状酸化物で超伝導が出た,という点がポイントになる.このイオンはかなり無理やり還元して作っているため,軌道のエネルギーが非常に高く,酸素の2p軌道とはほとんどカップルしていない.銅酸化物系高温超伝導体の二次元酸化物層と全く同じ構造ながら,電子的には酸素の軌道が関与しないため大きく異なってくる.
さらに,母物質が反強磁性ではない点も重要だ.鉄系も含め既存の高温超伝導体は2次元反強磁性相にちょっとドープすると超伝導,という特徴があった.ところが今回の系に関しては,母物質のNdNiO2の磁性は少なくとも1.7 Kという低温まで常磁性のままであり,反強磁性ではない.つまり,銅酸化物系などで考えられていた超伝導発現のメカニズムは今回の系に対しては全く適用できないということになる.
もちろん,今回の系が既存の高温超伝導体と何の関係もなく,単なるBCS超伝導的なものがたまたま銅酸化物とそっくりな構造の物質で出た,という可能性もある(この場合,特に面白いことは何もない).しかしながら,もし今回の系で観測された超伝導が銅酸化物系高温超伝導体と起源を同じくするものであった場合,反強磁性Mott絶縁相とそこにドープした際のスピンの揺らぎに注目したこれまでの研究が実は的外れであった,という可能性も出てくる.この辺りは今後の多くの研究を待たねばならないが,近年行き詰りつつある銅酸化物系高温超伝導体研究の新たな突破口になれば面白い.

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弘法筆を選ばず、アレゲはキーボードを選ぶ -- アレゲ研究家

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