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日記

phasonの日記: デジタルマイクロミラーデバイスを用いた三次元微小構造の高スループット製造 1

日記 by phason

"Scalable submicrometer additive manufacturing"
S. K. Saha et al., Science, 366, 105-109 (2019).

光硬化樹脂に光を集光してあてると,ピンポイントに硬化させることが可能になる.さらに2光子吸収過程によってのみ硬化するようなセッティング,つまり単一の光子ではエネルギーが足りないが,2つの光子を同時に吸収するとそのエネルギーで硬化するような波長の光を用いると,通常の光励起による硬化よりもさらに細かい領域でのみ硬化が起こり(*),一段と小さな造形を行うことができる.

*1光子励起の確率はラフに言って光強度に比例するが,2光子吸収は光強度の二乗に比例するので,それだけピークがシャープになる.そのため十分に光強度の強いスポット中心部のみで反応が起こり,より微細な領域のみが硬化する.

さてこの2光子励起による硬化はサブミクロンレベル(大雑把に言って100~500 nm程度)の分解能で造形を行えるのだが,スループットに難があり,3Dプリンタ的に使ってサブマイクロメートルの微細構造を量産するという面からは難があった(いやまあ,3Dプリンタも早くはないが).
集光した光で3D構造を作るにはいくつか方法があるのだが,例えば集光点をスキャンする方式は微細な構造を自在に書けるものの速度が遅く,同じ構造を量産したり大きな構造を作成するには向いていない.専用のホログラフィーマスクを用いて3次元的な任意形状の集光面を作る手法は,あるきまった形を量産するには良いが,違う構造を作ろうとするたびに作成が面倒なマスクを作り直さなければならないという問題があり,3Dプリンタ的に毎度異なる形状を好きに作成するような用途には向いていない.
そんな「任意形状の微小3次元構造を,高スループットで作りたい」という目的を達するために今回の論文の著者らが用いたのがデジタルマイクロミラーデバイス(DMD)である.

DMDは身近なところではプロジェクター(いわゆるDLP式のプロジェクター)などに使われているデバイスで,テキサスインスツルメンツ(TI)によって開発されたMEMSの一種である.今回の実験で使われたものもTI製のLightcrafter 6500 DMDで,1920×1080枚のミラーが並べられたチップとなっており,各ミラーは中心間距離およそ7.56 μmで並んでいる.要するに波長に近いようなサイズのミラーが無数に並べられたチップで,電気的な引力により個々のミラーを個別に傾けることで光の反射方向を変えることができる.
著者らはこれを利用し,各ミラーを適切にOn/Offすることで光の干渉を発生させ,標的(=液滴中の光硬化樹脂)中に任意の干渉パターンを生成した.干渉で強め合う部分は光強度が高くなり硬化し,そうでない部分は光が弱く固まらない.その結果,任意の3D形状が作成できるというわけだ.しかもDMDを使っているので,ミラーの向きをデジタルに切り替えるだけで違う形状の3次元構造が作成できる.

ただ,実験の詳細を見ればわかるように話はそう簡単ではない.著者らは実験ではフェムト秒レーザーの短パルス(35 fsぐらい)を用いて3次元構造の作成を行っている.短パルスレーザーの波形は波長に近い程度の幅しか持たない短パルスであるが,この形状を波の重ね合わせで作るためには無数の異なる波長の波を重ね合わせねばならない.このためパルス長が短くなると自動的に光は多色化し,幅広い波長の光の足し合わせとして表現されることとなる.今回の実験で用いられているのは35 fs(空間的な長さにして10 μm程度)とある程度長いパルスではあるが,波長にして800±40 nm程度の幅を持つ.
このように波長に幅を持つ光がDMDに入射し干渉を起こすと何が起こるかというと,回折格子と同様に異なる波長ごとに微妙に違う向きに反射光(回折光)を生じる.つまり,波長ごとに異なる光路長を実現できる.この光路長のズレを経路の後段でうまいこと補償するような光学系を組むと,焦点位置でのみ各波長の光の光路長が等しく,そこからズレた位置では光路長が異なる,というようなものが実現できる.こうすると何が良いのかというと,超短パルス=時間当たりのエネルギー密度が非常に高く反応を起こしやすい状況は焦点位置のみで実現され,それ以外のズレた位置では波長が違う光ごとに少しズレた時間に到着するためエネルギー密度が低いという状況を作れるわけで,要するに焦点位置のみで光硬化反応が起き,そこからずれると急激に(時間軸方向での)エネルギー密度が下がることにより光硬化が起きなくなるわけだ.通常の集光による光硬化反応だと焦点位置から少しズレた位置でも光強度がそこそこ強くなってしまうため分解能が落ちる.それを「焦点位置からずれると,短パルスレーザーのエネルギーが(時間軸方向で)バラけて反応を起こさない」ことになり,非常に細かい造形が可能となるわけだ.

そんなわけで実際の造形である.
原理と,これまでのレーザーのスキャンによる造形(遅い)と今回の手法(早い)との比較のイメージ動画がSupplementary MaterialsのMovie 1に上がっているので,まずはそちらをご覧いただきたい.ラインで描画していく既存の手法に比べ,ワンショットの露光で広い面積に構造体を作成できることが見て取れる.ちなみに,実際の造形においてシングルショットにかかる時間は約20 msであり,一度に露光できる面積は165×165 μm,ワンショットで作成される構造体の厚みは1 μm以下程度~4 μm程度である(フォーカスにより可変).ナノワイヤーを作成した際の最小幅はおよそ130~140 nm,垂直方向で175 nmと,サブマイクロメートルの構造体をシングルショットで作成できる.フォーカス位置を変えながらの作成では,例えば2.20×2.20×0.25 mm3という目に見えるサイズ(内部はサブマイクロメートルの構造を持つ)の構造体の造形に8分20秒で成功している.
※ただし干渉を利用しているので,基本的にはメッシュ状の構造を重ねて立体を作る形になる.

実際に作成された構造の例はSupplementary MaterialsのPDF中のFig. S13~S16をご覧いただきたい.

この手法の優れている点は,既存の手法のトップレベルの微細な構造の作成を可能としたまま,作成速度を(同程度の分解能の既存手法に対し)4桁近く向上した点にある.つまり,ものすごく早く微細な構造が作成できる.逆に同等のスループットの手法と比べると,水平方向の分解能で1桁以上向上している.同等の速度の手法と比べると相当微細な構造が書けるようになるわけだ.

ナノ構造体をそこそこ大面積で量産できるので,ちょっとした実験用の光学的メタマテリアルだとか,ナノ構造による抗菌コーティングだとかには使えそうな気がする.この手の3次元造形手法は近年いろいろ面白いものが出てきて興味深い.

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  • by Anonymous Coward on 2019年10月08日 15時58分 (#3697992)

    S13辺りはFinFETみたいなエッジの立ち方に驚いていたが、いきなりお茶目な例でちょっとほっこりしてしまった。

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「毎々お世話になっております。仕様書を頂きたく。」「拝承」 -- ある会社の日常

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