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14051065 journal
日記

phasonの日記: 電圧駆動のナノサイズ機械素子を利用した光の高効率スイッチング素子

日記 by phason

"Nano–opto-electro-mechanical switches operated at CMOS-level voltages"
C. Haffner et al., Science, 366, 860-864 (2019).

現在のCPU等の発熱が大きい理由の一つが,駆動が電流によりなされる一方で電気抵抗によりそのエネルギーが熱に代わってしまう点にある.電流による損失の問題を解決する手段の一つとして電流以外を用いたプロセッサが提案されており,例えば電流の代わりに電子のスピンの流れ(スピン流)を用いるものなどの研究が進んでいる.
そういった研究の一つに「光による演算」というものもあるのだが,演算の全過程を光のみで制御するのは現時点では現実的ではなく,現在一般的に用いられている電気的な素子により光学的な素子を駆動し,両者を組み合わせたハイブリッドな回路が現実的な解として挙げられる.さらに,オンチップで電気-光学素子が組み込めれば,素子間を光通信で繋いだり,現在の光通信関係の装置をより小型化・効率化できるなど利点も多いことから,半導体メーカー各社を含め「電力駆動の光学素子」に関する研究例は多い.

電気的に光の経路をスイッチングするにはいくつかの手段が考えられる.例えばデジタルミラーデバイス(DLP型のプロジェクタに入っているあれ)のように機械的に鏡を動かすものなどもあるが,より素子に組み込みやすいものとしては「電流や電圧により局所的に屈折率を変化させ,共鳴条件を変える」というものが挙げられる.二つの導波路を極近傍に配置すると(例えば,x方向に伸びる導波路の上にy方向に伸びる導波路を載せる,など),両者の間にうまく共鳴条件が成り立つ(=波がちょうど透過するような条件になる)場合にはほぼ完全に光がもう一つの導波路に移り,屈折率がどこかで微妙に変化して共鳴条件から外れると途端に光はもとの道を直進するのみになる.これを利用すると,ある部分(2つの導波路の間であったり,一方の導波路の一部分であったり)の屈折率変化をon/offするだけで光の進行方向を切り替えられるようになる.
ここで問題になるのは「どうやって屈折率を切り替えるか?」である.一つの方法としては近傍に設置したヒーターの加熱により温度変化を起こす,というものなのだが,想像通りこれは効率が悪く,しかも冷えるための時間が必要となるため繰り返し周波数も低くなる.電圧引火により屈折率が大きく変化するような特殊な材料を使った素子も報告されているのだが,そういう材料は既存のCMOS作成プロセスに組み込むことが難しいなど問題も多い.
今回著者らが論文で報告しているのは,CMOSプロセスフレンドリーなありきたりな材料を使って,導波路部分の屈折率を大きく変化させることに成功し,光の高効率スイッチングを実現した,というものになる.

著者らが何を使ったのかというと,電圧印可による機械的な変形である.まず,直行した方向に伸びる二つの導波路(Si上に作られた棒状の出っ張り)を作成する.そしてその交点近傍に,円盤型の機械的動作を行うスイッチング素子を作成する.

↓入射光



■〇←スイッチ
■□□□□□□□□□□□□→切り替え時の出口




↓透過光

スイッチング素子は,横から見ると3枚の円盤を積み重ねたような構造をしている.

■■■■■■■■■■■■■■■■■ ←金薄膜(厚さ約40 nm)
    □□□□□□□□
    □□□□□□□□ ←アルミナのスペーサー(厚さ約40 nm)
    □□□□□□□□
■■■■■■■■■■■■■■■■■ ←Si基板

Si基板と上の金薄膜との間に電圧を印可しなければ,この構造のままであり屈折率には何の影響も及ぼさない.一方,Si基板と金薄膜との間に1 V程度の電圧を印可すると,両者の間に電気的な引力が働くため,金の薄膜が下向きにたわむ.

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金は非常に強い表面プラズモンで知られる金属であり,金表面に近い部分(素子の隙間の空間および薄膜の下に位置するSi基板)はその影響を非常に強く受ける.また同時に,Si基板と金との隙間部分のサイズも変わる.この二つの効果により,このスイッチング素子部分の実効的な屈折率(のようなもの)は電圧のOn/Offで非常に大きく変化することとなる.
最初の図に示した光の経路を考えると,光が右に経路を変えるためには導波路→スイッチ部分→右向きの導波路,という経路が共鳴条件を満たす必要がある.例えば「スイッチがOffの条件(金薄膜が曲がっていない状態)でちょうど共鳴する」ように素子を作っておけば,電圧を何も印可しなければ光は全て右から出力され,一方電圧を印可すると経路途中のスイッチ部分の屈折率が変化=全体で共鳴条件を満たせなくなり,光はそのまま下方へと直進するようになる.
とまあ,著者らはこのような仕組みで光のスイッチングを成し遂げたわけだ.なお,この素子はSi,アルミナ,金だけで作成されており,現在のCMOSプロセスとの相性は非常に良い.また,スイッチングは電圧の印可だけであり電流をほとんど伴わないので,消費電力も非常に低くできる.著者らの素子の消費電力(素子部分のみ)はおよそ6 fJ(1.4 V駆動)~130 aJ(0.2 V駆動),100 MHzでスイッチングすると消費電力はおよそ600 nW(1.4 V)~12 nW(0.2 V)となる.
※当然,高い電圧で駆動した方がより共鳴から外せるため,S/N比は高くなる.

では実際どの程度の効率でスイッチングが可能なのかということだが,1.55 μm程度の赤外レーザーを通している場合,1 V程度印可すると共鳴周波数が6 nm程度ズレることが確認された.6 nmというのは作成した導波路の透過波長幅の5倍程度あるため,共鳴からはほぼ完全に外れる,つまり通常時に共鳴により抜けていた方向には,電圧を印可するとほとんど出ていかなくなることを意味している.
透過側に抜けるようにした場合のロスはわずか0.1 dB,スイッチにより切り替えた右へ出る場合のロスは2 dB,クロストークは-15 dBと,光のロスや漏れもかなり少なく実用的な数字である.スイッチの切り替え速度は現時点でおよそ100 ns,最適化すれば10 ns程度までは原理的には行けると著者らは記している.
さらに,多数のスイッチが容易に集積可能であることを示す例として,著者らは150 μm四方程度の領域に15×15のクロスバースイッチを作成して見せている.こちらは15×15=225個のスイッチにより,15本の入射光をそれぞれ任意の15本の出口(またはそのまま直進した方向)に出力することのできる素子である.

演算素子としての光プロセッサの実現性はともかくとして,光通信や光を用いた各種物理的な実験(量子系の実験も含む)などには面白い素子かもしれない.

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