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日記

phasonの日記: カシミール効果により真空ギャップを超えるフォノンによる熱伝導

日記 by phason

"Phonon heat transfer across a vacuum through quantum fluctuations"
K. Y. Fong et al., Nature, 576, 243-247 (2019).

固体中での熱伝導は,そのほとんどが格子振動=フォノン(と,伝導体の場合は伝導電子)によって伝達される.当然のことであるが,物体の間に真空のギャップが存在すれば両者は物理的に切り離されており,フォノンによる熱伝導は起こらない.しかしもし両者の間に何らかの引力などの相互作用が働けば,ギャップの一方の側の物体表面での振動が相互作用を介してギャップの反対側の物体に伝わるため,真空ギャップを介してのフォノンによる熱伝導を実現することができる.
さてここで,二枚の平行な金属板を考えよう.この金属板が存在しない場合,空間中にはありとあらゆる波長の光が量子揺らぎ(ゼロ点振動)の分だけ励起されている.ところが金属板が存在すると,二枚の金属板の間に励起できる光(定在波)は,金属板の間隔の整数分の一の波長をもつものに限られてしまう.金属板の外側では空間が十分に広いためありとあらゆる波長の光(のゼロ点振動)が励起されるのに,二枚の金属板の間の空間では励起される光が大幅に減少し,その結果として非常に近接した二枚の金属板間には引力が働く.いわゆるカシミール効果というやつだ.
このカシミール効果を考慮に入れると,二枚の近接した金属板間には真空中であっても相互作用が働くため,フォノンによる真空ギャップを超えた熱伝導が可能になるはずだと予想される.しかしながらそのような効果は測定が非常に難しく,これまで実験的には検証することができなかった.カシミール効果は金属板の間隔が狭くなるほど強くなるのだが,同時に金属原子間のファンデルワールス力や微妙な電位差による静電引力なども大幅に増えてしまい,それらを通じた熱伝導ととカシミール力を通しての熱伝導が分離しにくくなってしまうためだ.
今回著者らはさまざまな工夫によりその困難を乗り越え,カシミール力による金属板間のカップリングを通したフォノンによる熱伝導を測定し報告している.

著者らが用いた金属板は,ナノ加工ではお馴染みの窒化ケイ素(Si3N4)の表面に金を蒸着したものである.Si基板の表面にごく薄い窒化ケイ素を成長させ,その後基板をエッチングすることで窒化ケイ素の薄膜(が,分厚いSiの一部に窓のように融合した構造)が作れる.その両面に金を蒸着することで薄い導電性の板を作成している.
前述の「他の力との分離が難しい」という部分に関しては,金属板の間隔を500 nm前後とかなり広くとることによりファンデルワールス力などの寄与を無視できるまでに低減,さらに二枚の板に電位差を自由につけられるようにすることで自然発生してしまう電位差による引力を相殺する(どの位置で相殺できるか,電位差をスキャンすることで判別可能).金属板の間隔がかなり開いたことによるカシミール力の弱体化は,非常に精密な熱測定を行うことで強引にクリアしている.どうするかというと,金属板(薄膜)の温度の測定を,そこに励起されている熱振動の強さとして検出し,薄膜の振動は薄膜裏面(二枚の金属板が向かい合っている側を表とすると,外側)の蒸着された金をミラーとして用い,近傍にハーフミラーを設置.その間を共鳴空洞とすることで光の干渉測定を行うという手法になる.なお,測定のためのレーザーは非常に低エネルギーに制限しており,これによる加熱は無視できる程度に小さくなるように設計されている.

          薄膜  薄膜
       |   |  |   |
レーザー → |・・・|  |・・・| ← レーザー
       |干渉波|  |   |
     ハーフミラー     ハーフミラー

左右の薄膜は,製造上のばらつきによりどうしても振動数がわずかにずれてしまう.異なる振動数では,カシミール力を介した両者の振動がうまくカップルしないので,ヒーターとクーラーによる温度差をつける.温度が変わるとSi基板と窒化ケイ素の膨張率の違いにより,薄膜にかかっている張力が変化する.これにより温度を変えることにより薄膜の振動数を変えることができるので,一方の薄膜(の張り付いたSi基板)を冷却系により冷やし,もう一方の薄膜(の張り付いたSi基板)をヒーターにより加熱し,両薄膜の振動数が一致するように設定する(各薄膜の振動数の温度依存性は,レーザーを用いた干渉測定により測定できる).この温度差は,二枚の薄膜間での熱伝導の駆動力としても同時に働くこととなる.
なお,精密な測定のため,両薄膜は非常に平行度が高くなるように調整されており,その誤差は10-4 rad以下だそうだ.

では測定結果に移ろう.
装置内を真空にし,二枚の薄膜の間隔を800 nmにすると,両薄膜間での熱伝導はほぼ起こらなくなる.このため薄膜(に励起されている振動の温度)は高温側が312.5 K,低温側が287.0 Kと,Si基板の温度と一致する.この薄膜間隔を狭めていくと,650 nmを切ったあたりから徐々に2枚の薄膜の温度が近づいていき,およそ400 nmあたりでほぼ同一の温度を示すようになった.これは,高温側の薄膜から低温側の薄膜に熱が伝わり,両者の温度が均一になったことを意味している.

もちろん輻射による熱伝導や,物体表面に励起されるエバネッセント波を介しての熱伝導,はたまた金属表面のプラズモンやポラリトンといった電子の励起による相互作用も熱伝導を担う可能性がある.それらの可能性を排除するため,二枚の薄膜が共鳴状態とならないような温度差にして同様の測定を行った.先ほど述べたように.もともと二枚の薄膜の振動数は異なっており,特定の温度差を選ぶことでちょうど振動数が一致するようにしていたわけなので,その温度差を変えて振動の共鳴が起こらないようにしてやったわけだ.
すると今度は先ほど見られたような大きな熱輸送は現れず,薄膜間隔を400 nmぐらいに接近させても温度差はかなり大きく維持されたままであった.このことから,薄膜間での熱伝導の起源がフォノンの共鳴を介したものであることがはっきりとし,真空ギャップを超えてフォノンが熱伝導を担えるということを実証している.
なお測定結果に関しては,カシミール力を取り入れた計算から求まる熱伝導度の薄膜間距離依存性が実験地と非常に良い一致を見せており,理論面からも裏付けが得られることとなっている.

近年ナノ領域での放熱,熱伝導などはかなり熱い分野なのだが,まさかカシミール力が熱伝導にかかわってくるとは思わなかった.大変興味深い.

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