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日記

phasonの日記: ロボとベイズ探索を用いた物質探索(素晴らしきブラック職場) 1

日記 by phason

"A mobile robotic chemist"
B. Burger et al., Nature, 583, 237-241 (2020).

触媒化学などでは,さまざまな助触媒等の添加物を加えることでその活性が大きく変化することが知られている.しかも複数の物質を加える場合,それらの添加物間にも相関が生じることもあり,Aを入れると活性が上がる,Bを入れても活性が上がる,しかしAとBを同時に加えると活性が下がる,など非常に複雑な応答を示すことも多い.このため高活性の反応条件を見つけ出すためには片っ端から組み合わせを試す,というのが有効なのではあるが,何せ人間の手数には限りがあり,短時間で大量の組み合わせを試すのは至難の業である.
液体同士の反応などの場合は,マイクロ流路チップなどに複数の薬剤をポンプで繋ぎ,プログラムしたポンプでそれらを適宜駆動することでさまざまな比率での混合・反応を短時間で試すことが可能となっている.しかし固体の粉末などを用いる実験ではそういった装置が組みにくく,学生やらバイトやらを総動員してしらみつぶしに物質探索を行う,などがボトルネックとなっていることも多い.
(この辺は昔に高温超伝導体の物質探索が通った道でもある)

さて,ただひたすらに似たような作業を繰り返す場合,工業的にはロボットが多用されている.しかも近年の技術の進歩により,ロボットには非常に柔軟で高機能な腕を備えたものもあり,これを化学の分野に応用できれば無人で黙々と物質探索を行うことが可能なのではないだろうか?
今回紹介する論文は,そんな目論見で実験のオートメーション化を図り,さらに制御プログラムがベイズ探索を行うことで短時間で高効率な反応条件を見つけ出せることを実証した,という論文になる.ターゲットとしたのは光触媒による水の分解で,加える物質などを条件を変えながら,光照射により発生する水素の量をガスクロで定量している.

まずは使われた働き者のロボットはこいつである.休日なしでも文句も言わず,バッテリーにより1日に21.6時間ほど稼働する(それ以外の時間は充電ステーションで休憩)ナイスガイだ.上部に備えられた腕は7自由度でさまざまな動きが可能,14 kgまでのものを持て,80 cm強の距離まで伸ばすことが可能.さらに本体には最大で200 kgのものまで載せて移動することができる.細かいことを言うと上に載っている腕と下のベースは別のロボットなのだが,まあこの実験の範囲では一体となって稼働するので合わせて1台と思ってよい.
本体には作業場所のマップを入力してあり,レーザー測量と組み合わせて理想的には1 mm以内(実際に実験室で試しても10 mm以内),角度も2.5度以内という高い精度で位置をコントロールできる(ついでに言うと何なら暗闇の中でも稼働できるので,光に弱い化合物の合成にもうってつけだ).
この精度はたいていのことには問題ないのだが,小さなサンプル瓶の取り扱いにはやや問題がある.そこで各実験場所で補正用のキューブを使用している.ロボットが所定の場所(例えばサンプル管を取り出す,などの場所)に来ると,その場所には補正用の100x100x50 mmの黒い箱が固定してある.ロボットはアームでこの箱の周囲6点に触れアームの位置を再確認(補正)することで,位置精度±0.12 mm,角度精度±0.005度という非常に高精度な動きを可能としている.

このロボットもいろいろできるのだが,それだけで実験を行うことは難しい.著者らはこのロボットに加え,メトラーが販売している粉体ディスペンサーQuantos QS30(設定された量の粉末を吐出する)や,少量の液体を正確に送り込める蠕動ポンプ&出てきた液量を重さで測るための電子天秤も用いる.これらは例えばArduinoなどで制御され,メインのAIが設定した量の原料を適切に提供する.ロボットはサンプル瓶(が16個ぐらい入るケース)をもって移動,各種の物質をさまざまな比率で混合し,それを窒素ガス下で封入(さすがにこの装置だけは市販ではなく,特注で作ったらしい),振盪機に入れよく振り交ぜながら光照射,その後ガスクロのところへ持っていきセットすると制御されたガスクロが水素の発生量を定量する.得られたデータは全体を統括するAIに送られ,どのような比率で何を混ぜるのが効果的なのかをベイズ探索により推測し,より高効率な組み合わせができると思われる分量を設定する.そしてロボは(充電時間以外は)サボりもせず黙々と実験を続けるわけだ.なお,実際の全体像各種装置のところを見てもらうとわかる通り,ロボの移動を考えかなりスペースをとった実験室を作っている.

それではまずは,ロボが黙々と働く様子を見ていただこう.

文句も言わず黙々と働くロボ
夜も暗闇の中で働く
キャリブレート後,粉を入れてもらったり液体を入れてもらったり振盪したりガスクロを使いこなすロボ(ボタンも押すよ!)
不活性ガス雰囲気で蓋をかしめる特注装置

なんというブラック職場.それでも文句も言わず黙々と働くロボ,実に良いですね!

この実験で著者らは,光による水の分解触媒としてP10(ポリマーの一種),正孔捕捉剤として事前の実験で良さそうだったシステインを用いた.触媒特性に影響を与える(可能性がある)ものとしては,過去の光分解の報告例で効果があったとされるものを中心に,(1)色素(これが強く光を吸収し,触媒にエネルギーを渡すことで効率が上がる.今回の実験では3種の色素分子を検討),(2)pH(NaOHを加える量によりpHをコントロール),(3)イオン強度(NaClを加えることでイオン強度をコントロール),(4)界面活性剤(触媒と溶液の接触が良くなり効率が良くなる可能性.イオン性と非イオン性の2種を検討),(5)水素結合しやすい分子(正孔捕捉剤や色素を触媒ポリマーに結び付ける可能性.Na2Si2O5を使用),という5つのパラメータを振っている.
これらのパラメータは全体の液量が5mlに制限されている点,および加える際の刻み幅(ポンプや粉体ディスペンサーの最小幅)を考えると,組み合わせとしては約1憶パターンがあり得るため,全体を探索するのは不可能である.そこで前述の通り,ベイズ探索を組み合わせることでできるだけ少ない試行回数で最適(に近い)条件を探させた.サロゲートモデルの構築とかの話も出ているが,さすがにそこまでは追えず.

では,どんな流れでロボ(と,裏で配合を考えているAI)がより良い比率にたどり着いたのかを追ってみよう.
まずスタートはランダムな配合比率からスタートである.つまり,光触媒の量や正孔補足剤の量自体もランダムだ(当然,活性は非常に低い).最初の22実験(1実験で,多分16サンプルぐらい作って測っている)で,AIはようやく「P10(光触媒)とシステイン(正孔捕捉剤)が一番のキーファクターらしい」と気づく.続いてAIはNaClを加えてイオン強度を上げるとやや活性が上がることを見出す.さらに100実験め(実時間で2日ごろ)までには,3種の色素や2種の界面活性剤がいずれも効果が無いことを発見.以降はこれらをほとんど加えない組み合わせ中心に探索が進む.これと並行し,30実験めあたりでAIはNa2Si2O5の使用が活性を上げることを見出す.一方でNaClはそこまで大きな効果を表さないことに気づく.こうして最後の688実験が終了した8日後には,P10とシステインにNa2Si2O5とNaOHを加えることで,単にP10とシステインだけの場合に比べ6倍も水素を発生できる組み合わせに行きついた(そしてこの触媒に対しては,色素と界面活性剤とNaClは要らないことも判明した).
なお著者らの見積もりによれば,同じぐらいの実験を人間が全部手動でやろうとすると数百日ぐらいはかかる,とのことである.
(実際には人間もある程度自動化した装置を使うので,ここまではかからないとは思うが)

というわけで,ロボ(と適切な探索アルゴリズム)を組み合わせると,今以上にいろいろなもので大量探索が行えるよ,という論文であった.充電以外は休まず黙々と働いてくれて実にうらやましい限りである.

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  • 暗黒なので

    それはそれとして、いままで大規模にやってた実験でも、明るかったことでの影響とか、普通にある酸素暴露とか二酸化炭素暴露とか、気圧の影響とか、吸湿とか、やるべきこと自体はありそうだから、過去の検証系とかもわるくないかもですねえ。

    たしか、光のありなしでやわくなる金属のはなしとかありましたしね

    --
    M-FalconSky (暑いか寒い)
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