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日記

phasonの日記: 「数」を認識できない男 8

日記 by phason

今週号のScienceの記事で紹介されていたもの.元論文は未読.

人間の脳がさまざまな物事を認識する方法は非常に複雑であり,その解明はまだほとんど進んでいない.特に高度な認知能力などに関しては,人間ではおいそれと実験できないうえに,動物の場合はそもそもそういった認知能力が無かったり,あったとしても意思の疎通が難しいことからなかなか研究を進めにくい.そんな脳機能の研究において重要な役割を果たしているのが,事故や疾病により脳機能が部分的に失われた患者の協力による研究である.
酸欠や外傷,各種疾患では,脳のごく一部のみの機能が失われることがある.そのような患者では時として,多くの活動においては通常通り行えるのにある特定の物事に関する認識や操作が出来ない,などの非常に特徴的な現象が見受けられる.そのような現象を注意深く観察することで,脳の活動に関する情報が少しずつ得られるわけだ.

*例えば以下のような本は一般向けとしても非常に興味深かった.
『もうひとつの視覚―〈見えない視覚〉はどのように発見されたか』メルヴィン・グッデイル&デイヴィッド・ミルナー,新曜社
『脳のなかの幽霊』ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン,&サンドラ・ブレイクスリー,角川
その他オリバー・サックスの各種著書にも興味深い症例がある.

今回紹介されていたのは,「数字」が認識できない男性(以下RFS.この手の仕事では,個人名を伏せつつもどの症例なのかが特定できるように,適当な略称がつけられる)の話である.
Engineering geologistであったこの男性(60代後半)は,頭痛などに悩まされ病院で診断を受けたところ大脳皮質基底核変性症であることが判明した.この病気は現在でも原因がよくわかっておらず治療法のない難病であり,主に大脳皮質と基底核の神経細胞が徐々に死んでいくためにその機能が失われていく.脳のどの部分から進行するかは人により大きく異なり,そのため現れる症状も多岐にわたる.
RFSの症状で特徴的だったのは,「数字」が認識できないというものだ.例えばスポンジでできた「8」の字を渡すと,彼には「何かぐちゃぐちゃな変な形をした物体」としか認識されず,その絵を描いてほしいと言われてもぐちゃぐちゃで意味をなさない形(何かの抽象画のような,まるで「8」には似ても似つかない形)しか書くことができない.手で触って形を認識してもらうと,部分的なカーブや形状はよくわかるが,全体としての形を認識しようとした瞬間=それが数字だと判明する瞬間,その形状は頭から抜け落ちなんだか意味の分からないぐちゃぐちゃな形に感じられてしまう.
興味深いのは,このスポンジでできた「8」を横に向けていってもらうと,ある瞬間急に「∞」という形だと認識できる(彼はこれを「マスク」だと認識したようである)という点である.つまり視覚には全く異常がないのに,それが数字だと感じた瞬間に形が認識できなくなるのだ.このためRFSは値札や道路の制限速度表示,ホテルの部屋番号などが一切認識できない(覚えていられないのではなく,そもそも文字として認識されない).その一方で,単語など文字は普通に認識できる.さらに興味深いのは,「0」と「1」に関しては認識できるらしいのだ(そして2~8はその文字自体を認識できない).
※記事では「0と1は形状が文字に似ているからではないか」と書かれている.このため彼は新しい表記法を覚え,"2"の代わりに"L"を,"8"の代わりに"「"を使うなどして(そのために数字部分を入れ替えた専用のフォントを使用した),しばらくは仕事を続けることができたらしい.

この「数に対する不認知」は,彼の脳自体の認識に大きく依存することも明らかとなった.例えば「ある特徴的な形」や「ある特徴的な文字」が「特定の数字」に対応することを脳が十分に理解すると,つまり「〇〇というのは2を表す」というようなことが脳の回路として焼き付けられると,彼はその形状自体をもう認識できなくなってしまうのだ.

別な実験では,大きく書かれた数字の中に,小さく顔の絵を埋め込んだ.すると「数字が認識できない」という効果が顔の認識を凌駕して,全体が何もわからなくなってしまった(つまり顔が描かれていること自体が認識できない?または見えない?).ただこの場合でも,無意識化では顔を認識しているようで,顔の認識に関連する脳波活動自体は確認されている.つまり,無意識化で顔を認識しつつも,それが意識に上がってくる前に「数字が認識できない」という部分に関係する活動によりかき消されている,というように思われる.

このようなRFSの症例は,人間が「数」を認識する際にどのような処理が行われているのか,に関するさまざまな洞察を与えてくれることだろう.ただ悲しいことに,RFSの症状は最近になって急激に進行してしまい,行動や会話が自由にできない状況になってしまっているそうだ.

分野外なので報告されているこの症状がどのようにして引き起こされているのかはわからないが,なんとなく,人間の脳内には「数」を扱うためのサブルーチンが備わっており,そこがダメージを受けている,というような描像が思い浮かぶ.脳が見たことや把握したことを「数」と認識するとそのサブルーチンに投げるが,サブルーチン自体が病により破壊されているため意味のある戻り値が無く,おかしなことになっているのだろうか?
何にせよ,奥深い脳の活動の世界には興味が尽きない.

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by Anonymous Coward on 2020年07月31日 16時59分 (#3862521)

    視覚で見えてる数字は、正しく数字と認識してるから数字に見えるのか?
    視覚を阻害しなくても、視覚から数字部分をピックアップして数字として認識している部位を阻害すると、視覚自体も阻害される?
    カモフラ猫写真で猫を認識した瞬間に猫にしか見えなくなるのと似てる?
    脳の中にある数字のイメージを視覚情報に重ねてるのかもしれないな。脳が数字のイメージを取り出せなくなると視覚情報との重ね合わせがうまくいかなくなって、視覚情報じたいもかく乱されてしまうのかも。
    別のパターンを数字の代替に使っていても、それを数字と認識して数字のイメージに登録されてしまうと、取り出せなくなるのかも。
    なんにしてもわからんことだらけだ。

  • 「数字の認識」の失調が、その前提となる「字形の認識」まで吹っ飛ばしてしまう話ですね。
    しかし字形を認識できなければ「数字の認識」はできないので、正常な「字形の認識」はそのままだが、失調した「数字の認識」が原因で、どこからか出てきた「ぐちゃぐちゃな図形の認識」のほうが意識にのぼる。

    もともと

    数字の字形 - 字形の認識 - 意識にのぼる字形

    だったのものが、数字を認識することで

    数字の字形 - 字形の認識 - 数字の認識 - 意識にのぼる字形と数

    と「数字の認識」が割って入る。
    もし「数字の認識」が失調していれば、意識にのぼるものは字形も数もぐちゃぐちゃになるし、数字として認識した途端に形がぐちゃぐちゃに見えるのも、これで説明できます。
    この人の場合、数字の認識ができないのではなく、それは正しくできているのだが、意識にのぼるところで壊れてしまう。健常者でもおそらく「数字の認識」が、脳に過度な負担をかけぬよう「字形の認識」を「検閲」しているのでしょう。
    と考えました。

  • by Anonymous Coward on 2020年07月31日 17時36分 (#3862540)

    ネタバレになるので詳しくは書けないけれど、京極夏彦の「姑獲鳥の夏」の登場人物に認知機能障害の人がいたっけ。

  • by Anonymous Coward on 2020年07月31日 20時32分 (#3862639)

    「日本人にだけ読めないフォント」を連想しました。
    頭がカタカナと認識していうちは、それ以外に見えなくなります。

  • by Anonymous Coward on 2020年09月08日 19時43分 (#3884998)

    脳の機能をとりあえず、I/O処理系、情報処理系、意識系と分けるとします。
    すると外部の刺激は、I/O処理系→情報処理系(記憶との照合)→意識系の順で届く事になります。
    すなわち意識系は直接外部の刺激を受け取る事はできず、
    常に情報処理系を介した情報として受け取る事になります。
    つまり意識系が情報を認識した時点でそれは内的なイメージに置き換わっていると言う事です。
    意識系は情報処理系から渡された情報を元に概念を展開し、
    意識主導の下で情報処理系と協調して、概念の操作、(再)構成、更新等をし、
    最終的には内的なイメージは再び具体的な外部出力できる形に変換されてアウトプットされます。

    この日記を例で言えば、
    情報処理系にとって2~8は過去の情報とのパターンマッチングに一致する情報であり
    既存の情報として2~8という情報の存在を意識系に伝えている。
    この時に情報処理系が意識系に渡す情報は、パターンマッチングに一致した具体的情報を渡すのではなく、
    意識系の2~8という概念系を刺激するデータベースの主キーのようなものを渡しており、
    意識系はその情報によってその概念を展開します。
    その展開した概念からその概念の情報を取り出す段階で何らかの異常が生じている。
    8を描こうとして描けないのは、8の概念の中に含まれる8の形を取り出せず、
    正常にアウトプットに渡せていないから。結果として抽象的で雑多な8の概念そのものを出力しようとしている。
    8を見て、8を書く。正常な場合でも、それは見たまま書かれているのではなく、
    一度内的なイメージに変換され、その内的なイメージから取り出された8の形が書かれているという事です。
    そうですね、幼児が絵を描くときに目の前のものをそのまま描かずに、
    記憶の中にある目の前のそれを描いているような感じでしょうか。
    そして、意識系が2~8の概念の概念系がおかしいと思っても、
    情報処理系のパターンマッチングから2~8の概念の展開までに意識は関与できないので修正ができないか、
    情報処理系からパターンマッチング情報は正常です、存在します等と返される。
    修正のアプローチがそちらからは無理としたら、
    情報処理系が数字と認識しない記号を新しいパターンマッチング用のデータとして利用して、
    2~8という概念を新たに概念を作り直す方法が考えられると思います。
    (元々ある2~8という概念の再利用もできるかもしれませんが)
    0と1がわかる事については、0と1の概念を展開したときに、
    それらに「ない」「ある」といった概念が含まれているおかげでそちらから迂回して、
    0と1の概念全体にアクセスできるという説を唱えておきます。

    いずれにせよ、おそらく2~8を数字だと認識できているのに2~8という数字を再び認識して利用できるようにならず、
    代用の記号を用いざるを得ないという所がポイントだと思うんですよね。

    意識系が受け取る外部刺激は情報処理系が処理した情報であり、
    情報処理系が改竄した情報であっても意識はそれを認識できないと言う考え方もそうですが、
    自然科学的アプローチの心理学や脳科学といったものは、
    どこかで人間の自己愛みたいなものの破壊にたどり着き、
    それらを受け入れられないと新しいステージには立てないのではないかという気がします。
    例えば確証バイアスって概念を知っていれば、
    情報処理系から渡される情報を概念系(情報処理系が改竄する事が難しいとする)と照合して不正を見つけられる可能性、
    あるいは、不正は見つけられるんだぞと意識系から情報処理系に圧力をかけられる可能性はあると思いますが、
    確証バイアスって概念を知っていても誰も確証バイアス自体から逃れきる事はできないと思います。
    それを受け入れるのって案外難しいです。
    私も(情報処理系が改竄する事が難しいとする)なんて都合の良い前提を作り出してますし。

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コンピュータは旧約聖書の神に似ている、規則は多く、慈悲は無い -- Joseph Campbell

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