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日記

phasonの日記: 硫黄で見つかった液-液相転移と液-液臨界点

日記 by phason

"Liquid-liquid transition and critical point in sulfur"
L. Henry, M. Mezouar, G. Garbarino, D. Sifré, G. Weck and F. Datchi, Nature, 584, 382-386 (2020).

素朴な描像では,液体は無秩序に動き回る粒子の集合体であり,その構造は完全なランダムだと考えられる.しかしながら実際の液体,特に分子性物質の液体に関しては,分子間での相互作用が特定の方向で強い,などの特徴をもつため,液体状態においても微視的にはある程度の構造を形作っていることがある.例えば水分子は分子間に非常に強い水素結合が働くため,液体中においてもいわゆるクラスター構造などと言われるような構造をとっていることが知られている(といっても,怪しい水商売の方々の解説にあるようなかっちりした構造ではなく,動的に分離-会合を繰り返す一時的な構造である).
この「液体の構造」に関し,近年注目されている仮説が「水の二相共存モデル」である(このコーナーでも何度か取り上げている).水は通常の液体とは異なる非常に特異な性質をいくつも示しており,それがいったい何によって生じているのか,は長い歴史を持つ研究課題である.その中から浮かび上がってきた一つの仮説が「液体の水には実は2種類の構造があり,常温・常圧ではそれらが微視的には相分離した混合溶液となっている」という二相共存モデルだ.この仮説では,水には「1分子あたり4つの水素結合をもつ,氷に近い隙間の多い構造」をとっている「低密度水」と,「水素結合が一部崩れ1分子あたり平均3つ程度の水素結合しかなく,もっとぎゅっと詰まっている構造」の「高密度水」とが存在し,温度によってそれらの比率が違う,としている.
この「二相共存モデル」に関しては,低温で急冷することで作られるアモルファス氷(アモルファスなので結晶性の氷とは異なり,いわば液体の構造をそのまま凍結した,と考えられる)と,それに圧力をかけることで得られるもう一つの「高密度なアモルファス氷」が存在すること(=微視的な構造の異なる「ランダムな」構造が2種類あること)が根拠となり,さまざまな実験が世界各地で行われている.
※その一方で,近年ではその「高密度アモルファス氷」の存在を否定するような研究も出ており,混迷を深めている.

そんな水の二相モデルであるが,なぜ研究が難しいのかといえば
(1)室温では温度が高すぎて,液体の二相の臨界点(液-液臨界点)を超えている
(2)かといって液-液臨界点は凍結温度以下のため,臨界点以下に下げようとすると結晶化してしまう(=液体ではなくなる)
という2つがあるからだ.
(1)を説明するために,まずは気液臨界点を考えてみよう.気体に圧力をかけていくと,どんどん圧縮され密度が高くなる.一方,(沸騰しないように十分圧力を上げながら)液体の温度をどんどん上げていくと,その密度はどんどん小さくなる.その結果,ある温度&圧力で,気体の密度と液体の密度が一致してしまう,ということが起こる.この点を「臨界点」と呼び,これ以上の温度や圧力ではもはや気体と液体は区別できず,連続的に変化する一つの相となってしまう.
これと同様の現象が液-液相転移でも起こると推測される.低密度液体相に圧力をかけていくと密度が増える.一方高密度液体相の温度を上げると,密度が下がる.この結果,ある温度&圧力で低密度液体相と高密度液体相とが区別できない点(液-液臨界点)が現れ,これを上回る温度&圧力では,二つの相を分けることはできなくなってしまうのだ.そして水の場合,この液-液臨界点の温度が非常に低温であり(200 Kを超えたあたりと考えられている),液体のまま到達できないことが問題を難しくしている.

水は液-液相転移を起こすんじゃないか,と予想されているものの実験が非常に難しい.そこで,水以外の物質においてこの「液-液相転移を探す」という研究がおこなわれており,液状Si,二酸化炭素,液状炭素などで異なる液体構造間での相転移を示唆する結果が得られている.特にリンに関してはSpring-8で詳細な実験が行われ,低圧側での分子状リン(分子状の白リンP4)の液体から,もっとネットワーク構造の発達した黒リンに近い構造の液体への転移が観察されている.ただ,これらの物質では液-液相転移は見られたものの,存在が予測されている液-液臨界点は観測できていない.それはこれらの系での液-液臨界点が,非常に高温であったり負圧であったり,準安定の過冷却状態以下の温度であったりと,実験が困難な条件となるためだ.
そんななか今回報告されたのは,硫黄での液-液相転移の発見と,測定しやすい温度-圧力域での液-液臨界点の初の観測である.

硫黄は,すでに液-液相転移が知られているリンと同様に,分子状とポリマー状の二つの構造をとることができる物質である.低温では通常硫黄原子が8個リング状に結合したS8分子が安定で,温度を上げていくとリング状の分子を保ったまま388 Kで溶融,その後432 Kでが開裂し単鎖のポリマーへと成長するλ転移を起こす.
今回著者らは硫黄を圧力セルに入れ密閉,さまざまな温度で圧力を印可していき(等温変化),その際に密度と構造にどのような変化が起こるのかを観測した.なお,一部の圧力においては,圧力を固定したまま温度を上げる等圧変化での測定も行っている.密度に関しては,20年以上前に開発されている,X線吸収量から密度を求める手法を用いている(X線の吸収は原子種とその量で決まるので,吸収量から通過した領域に存在した原子の量=密度がわかる).また同時にX線回折もモニタし,結晶化していないかどうかや,2体相関分布関数(二つの原子が,どのぐらいの間隔で存在しているか,の分布)を求めている.

さて実験結果であるが,まずはさまざまな温度で圧力を上げていった様子を見てみよう.550 Kで圧力を上げていくと,0.4 GPa前後の圧力で急に密度が増加する点が現れる.これは明らかに転移の表れであり,しかも転移の前後でX線に明確なピークが現れないことから,液-液転移であることが示唆され,硫黄における液-液相転移の初の実験結果となる.なおこのときの密度の増加はおよそ3%程度であった.
もう少し高い650 Kではさらに顕著な密度増加が0.7 GPaを超えたあたりで起こり,密度が5%近く上昇する.加圧による転移で密度の変化が最も大きかったのは750 Kでの測定で,そこでは0.8 GPaを少し超えたあたりで密度が一気に8%近くも上昇している.さらに温度を上げていくと,加圧による転移での密度の増加は単調に減少していき,1030 Kぐらいまではギリギリ確認できた相転移が,1035 Kを超えたあたりで確認できなくなっている(=加圧しても,密度が単調に増えるだけで急激な飛びが見られない).これは,理論的に予測されていた液-液臨界点(低密度液体相と高密度液体相の密度が等しくなり,両者の間で明確な転移が無くなってしまう臨界点)が1035 K,2.15 GPaあたりに存在することを示唆している.
さらに確認された液-液相転移の観察においては,加圧により低圧相(低密度相)中に高圧相(高密度相)が生じ,2相が共存しつつ,加圧とともに次第に高圧相が成長していく様子が確認されている.この「2相共存」は1次相転移に特有の現象であり,この相転移が2次相転移ではない事の何よりの証拠となっている.
※二つの安定相がある液-液相転移は,1次相転移だと考えられている.

この液液相転移では,どのようなことが起こっているのだろうか?著者らは,2体相関分布関数から「低圧相(低密度相)ではS8的なリング状の構造が主体であり,高圧相(高密度相)ではリングが切れ,よりポリマー的になっている」と述べている.ただ著者らが重ねて強調しているのが,このような構造変化を伴うものの,この転移は以前から知られているλ転移(リング状構造から鎖状構造への転移)とは熱力学的には別のものである,という点だ.例えばλ転移は加圧とともに転移温度が単調かつわずかに減少するが,今回見つかった転移は加圧とともに転移温度が上昇していくなど違いがある.
また,今回見つかった転移の様子は,気液臨界点と大きく異なる点も興味深い点である.気液平衡では,圧力の印可とともに密度の差は単調に減少するため,転移に伴う密度の変化は圧力の増加とともに単調に減少する.これに対し今回見つかった転移は,圧力を上げると最初はむしろ密度の変化幅が大きくなり,その後減少する,というものであった.このような挙動は分子動力学シミュレーションでも予測されていたらしいが,低温側で分子鎖の運動範囲の変化によるエントロピー項の寄与の大きさが効くらしい.

ともあれ,液液相転移にまた一つ,比較的実験しやすい対称が加わったのは喜ばしい.

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犯人はmoriwaka -- Anonymous Coward

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