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日記

phasonの日記: ようやく実現した室温超伝導 6

日記 by phason

"Room temperature superconductivity in a carbonaceous sulfur hydride"
E. Snider et al., Nature, 586, 373-377 (2020).

超伝導が発見されて以来,常温での超伝導を探し求める研究が続いてきた.転移温度の上昇において一つ目の大きな発見は1985年(論文は1986年)の高温超伝導体の発見である.これにより超伝導転移温度は液体窒素温度を超えるまでに至った.しかしながら高温超電導に関してはその発現機構に謎も多く,どうすれば転移温度を現状以上に引き上げられるのかという設計指針も未完成である.
二つ目の大きな進展があったのは2015年だ.この年に発表されたのは「H2Sと水素に超高圧をかけると,200 Kを超える高温で超電導を示す」という実験結果である.驚くべきことに,この超伝導は古典的なBCS理論で説明できる昔ながらの超伝導であると考えられており,その発現機構はとてもよく理解されているものであった.BCS超伝導では,電子が格子振動を介して結びつくことによりボソン化,Bose-Einstein凝縮を起こすことで超伝導が実現する.このとき転移温度に大きな影響を与えるのが格子振動と電子の運動との結合であり,軽い原子ほど結合が強い,つまり転移温度が高いことがわかっている.2015年に報告された実験では,この「軽い原子ほど,格子振動と電子との結びつきが強い」というものを最大限に活かすためか上の水素を含む物質を超高圧下で発生させ,それが(理論の予想通りに)高い転移温度を示すことを知らしめたわけだ.
行き詰っていた超伝導界隈はこの発見に色めき立ち,高圧下で過剰の水素を含む物質の合成とそこでの超伝導の探索が広く行われることとなる.2019年にはLaH10で250~260 Kと,冷凍庫程度の温度で超伝導を示す物質が報告されている.

さて,今回の研究である.今回の研究もこの「水素を過剰に含む物質を高圧下で作り,そこでの超伝導を狙う」という方向での研究であるが,炭素原子(系中では,後述するように水素と結合しメタンになっていると考えられる)を入れた点がこれまでの研究と異なっている.一応著者らは,「メタンはH2Sと同じぐらいのサイズだから置換したような形で入るのでは」というようなことを書いてもいるが,個人的には後付けの理由のような気もしないではない.なんとなくもっと単純に「硫黄より軽い炭素も混ぜてみようぜ!」ぐらいのノリでいろいろ試した結果のような……(個人の感想です)
何はともあれその結果,ついに最高で288 K=約15 ℃という常温での超伝導転移を確認できた,というのが今回の論文である.

サンプルの調整としては,まず,固体の硫黄と炭素をゴリゴリとボールミリングにより微細化&混合し,それを圧力セルに入れる.そこに圧力媒体兼水素化物合成のための反応物として水素ガスを高圧で導入し超高圧を印可.そこに532 nmのグリーンレーザーを照射すると硫黄が開裂しラジカルを生じ,水素と反応することで水素化物を生じる.さらに炭素にも水素が付加,結果としてメタンと硫化水素と水素を寄せ集めて圧縮したような水素リッチな固体が生成する.
生成した物質に関してはラマン分光によりその結合に関する情報をとっており,4 GPaの低圧状態での測定ではH-S-HやH-C-Hの変角振動,C-Hの伸縮振動,H2の振動などを観測している.ここから著者らは,この低圧下では硫化水素分子とメタン分子と水素分子が分子のまま集まった,ファンデルワールス結晶的なものができているのではないかと推測している.圧力が15 GPaあたりにまで上がると,H2S分子が作るケージ中に水素が捕らえられたような,既知のホスト-ゲスト的な結晶の生成が確認された.分光の結果から,この圧力での転移はH2S分子の向きが整列する転移なのではないかと推測している.このとき同時にメタン分子の振動モードも分裂が確認されており,H2Sと協調的にケージを構築していることが示唆される(つまり,H2HとCH4が配列して籠状構造を作り,その中に多くの水素分子が取り込まれたような構造).37 GPaで再び何らかの転移が起こっているが,化学的には分子は分解していないことが示唆されている.さらに60 GPaを超えたあたりで系が金属化し,これ以上の分光測定が困難となった.

この物質の電気的な特性であるが,150 GPa以上あたりで超伝導(転移温度=150 Kぐらい)を示し,圧力の増加とともに超伝導転移温度は単調に増加する.圧力が220 GPa(このときの転移温度は194 Kぐらい)を超えたあたりから転移温度の増加が著しくなり,今回の測定で用いた最高圧力267 GPaで転移温度は287.7 K程度となった.電気抵抗の温度依存は非常にきれいな,急峻な抵抗減少を示しており,温度を少し下げただけでほぼ垂直に抵抗がゼロに向かっている.
この抵抗の減少が超伝導転移であることの証明として,磁場依存も測定している.磁場を印可すると転移温度は顕著に低温側にズレていき,例えばゼロ磁場時におよそ288 Kであった転移温度が,磁場を9 Tまで上げていくと265 K付近にまで低下している.磁場による転移温度の低下は超伝導でよく見られる現象であり,低下幅も既知の理論と矛盾はしない.
また,磁化率も測定されており,抵抗の急減に伴い磁化率が非常に大きな負の値を示すことが確認されている.これはいわゆるマイスナー効果であり,この転移が超伝導転移であることの証拠の一つとなる.

まあそんなわけで,物性科学の夢の一つが(超高圧下とは言え)ようやく実現した,というところか.今回の試料に関してはその具体的な構造や組成などもまだ明らかになっておらず,組成の最適化もされてはいない.今後,共存させる炭素(メタン)の量を最適化するなどすれば,さらなる転移温度の向上や,必要な圧力などが低減される可能性もある.
※とはいえ,常圧下にはならないだろうが……

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