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日記

phasonの日記: CNOサイクル由来のニュートリノを初観測 4

日記 by phason

"Experimental evidence of neutrinos produced in the CNO fusion cycle in the Sun"
Borexino共同研究グループ, Nature, 587, 577-582 (2020).

恒星の内部ではさまざまな核融合が起こっており,膨大なエネルギーを生み出している.核反応断面積などに関しては地上での実験でかなりのことがわかっており,恒星内部の推定される環境などを加味し各種の研究が行われた結果,陽子(プロトン,p)同士が融合しながら主にヘリウムを生み出すppチェイン(陽子-陽子連鎖反応)と,炭素(C),窒素(N),酸素(O)が触媒的にかかわりながら陽子からヘリウムを生み出すCNOサイクル(※途中で生じる15Oはすぐ崩壊し15Nになりこれが反応を進めるので,CNサイクルと呼ばれることもある)が中心となってエネルギーが発生していることがわかっている.
CNOサイクルは反応速度的に非常に早く大きなエネルギーを発生させることができるのだが,重い核(=正電荷の大きい核)にさらに陽子を打ち込む必要があり,これを起こすためにはより高い温度が必要とされる.このため太陽質量程度以下の軽い恒星ではppチェインがエネルギーの主原因であり(とはいえ多少はCNOサイクルも回る),太陽の1.3倍以上程度の重くて熱い恒星ではCNOサイクルが主要なエネルギー源(当然ppチェインも起こっている)であると推定されている.

※なお,宇宙創成後の第一世代の恒星内部においては,CやNなどの重元素(この手の分野では,水素とヘリウム以外の原子は全て重元素,または金属元素と呼ばれる)が存在しなかったため,大きな恒星であってもppチェインがメインだったと考えられている.

さて,うちらのご近所にある太陽の話である.
太陽の内部でどんなことが起こっているのかは遥か古代からの興味の対象であり,現在でもさまざまな検討が行われている.内部の精密な組成や構造は,今後の太陽の活動のみならず,宇宙の過去の歴史を解明するうえでも非常に重要な情報となり得る.ところが,太陽核部分を直接観測することは非常に難しい.光学的な観測では,コアの外側にある放射層がすべてのエネルギーを一度引き受けたあとで光として発しているため,内部の情報は失われてしまう.また,太陽表層部分の化学組成は分光的な手法で解明できるものの,これまた放射層のあたりを境にその上下で混合が起こりにくく,その結果コアの化学組成と表層(対流層)とで化学組成が異なることが予想されている.
またここ10~20年の間に,理論計算の発展やそれをもとにした研究から,太陽内部での重元素の比率は従来考えられていたよりも低いのではないか?と言った説が出てきており,現在でも論争が続いている(例えば参考として,https://www2.nao.ac.jp/~takedayi/ss_phys/databank/SolarComposition_Takeda.pdf
実はこの重元素比率,結構いろんなところに影響を与えるパラメータである.上記の参考資料を見ていただくといくつか書いてあるのだが,重元素の推定量が変わってしまうと,これまでの理論ではよい一致を示していたいくつものモデルがズレてきて見直しが必要になるなど,意外に影響が大きい.

そんなわけで,太陽において重元素(と言っても,CNOFあたりまでの原子がほとんど)がどの程度含まれているのかは非常に興味を持たれている対象なのだが,上で述べた通りそれを光学的に直接観測することは不可能である.そんな中,近年急速に注目を集めているのがニュートリノによる観測だ.
ニュートリノは各種の核反応に伴って放出され,物体との相互作用確率が非常に低いことからほとんどどんなものも透過して広がっていく.核反応が大量に起こっている太陽核はまさにこのニュートリノの強烈な発生源であることから,ニュートリノを用いれば太陽核からの情報を得られる,というのは古くは1940年代には提唱されているアイディアである.しかしながらニュートリノはその反応しにくさから検出が難しく,実際に太陽からのニュートリノを検出したのはそれから20年以上経過したDavisらによるHomestake実験(1969年頃から観測開始)を待つこととなる.その後もカミオカンデ/スーパーカミオカンデを含むいくつもの大型観測装置がニュートリノの検出に用いられているのはご存じの通りだろう.

今回論文として報告されたのは,伊・米・独・仏・波・露による共同観測実験Borexinoにより,太陽内部でわずかに起こっているCNOサイクル由来のニュートリノの観測に成功した,というものである.
Borexinoはイタリアの山中に半径4.25 mの球形の検出器を建造し,それを用いて太陽ニュートリノ(等)を検出しよう,という実験である.なお,オフィシャルページでは各種の写真が公開されており,模型や建造中の様子なども見て取れる.球体内面にはカミオカンデなどと同じように光電子増倍管が埋め込まれている(2212本存在するが,経年劣化などで徐々に減っていく).この球体の内部を有機溶媒で満たし,内部でニュートリノが偶然物質と衝突した際に発せられる光のエネルギーや方向などを検出,それによりどんなエネルギーの粒子線がどの方向からどの程度の頻度でやってくるのかを測定する.

さてこの手の装置,作ればすぐ測れる,というものではないのが難しいところだ.今回の論文も,そのほとんどは「どんなノイズ源があって,その影響をどう排除したか」が書かれている.CNOサイクルで発生するニュートリノは,おもに1500 keV以下のエネルギー領域に分布している.その分布は,低エネルギー側からなだらかかつ単調に発生頻度が減る,という分布のようだ.
ではこの分布にかぶってくるものは主に何かというと,宇宙から降り注ぐミューオンが炭素に衝突して11Cを生み,その崩壊がバックグラウンドになるというもの(これは,1500keVあたりを中心としたピーク構造を作る)と,恒星内部で起こるpep反応(ppチェインの亜種としてその1/400程度,ごくまれに起こる反応で,電子1つと陽子2つが融合し重水素となる.こちらは1200 keVぐらいまでは平坦で,それ以上のエネルギーで減少し1400 keVあたりでほぼゼロになる),そして地上の不安定核から生じる210Biの崩壊によるもの(低エネルギーから単調に減少するという,CNOサイクル由来のニュートリノと似たエネルギー依存を示す)である.
まず11に関しては,通常の炭素にミューオンが当たって11Cが生じる際に,同時に中性子線や陽電子が生じる.このため,これら3事象が同時に発生しているようなデータを除くことで影響を低減できる.pep反応に関しては,反応頻度がppチェインに比例するため,太陽からの通常のニュートリノをもとにその影響を見積もることが可能である.210Biに関しては,210Biが崩壊した結果の210Poがより長い半減期でα線を出して崩壊するので,その量を調べることで210Biの影響を見積もることができる.
他にも,外部からの影響を減らすためにBorexinoの球体全体がもう一重の球体に収まり,その間が水で満たされているとか,壁付近で起きた事象は外部からの影響の可能性があるから除外するとか,細かなノイズ対策が幾重にも積み重ねられた結果,ごくわずかなCNOサイクル由来のニュートリノを自信をもって「検出した」と言えるようになったようである.
ちなみに検出できたCNOサイクル由来のイベントの数は一日あたりおよそ7.2カウント(+3.0,-1.7)/溶液100トン(なお,Borexinoの全容量はおよそ280トンである).今回の論文に用いたデータの観測期間は4年弱,観測日数で1072にも及ぶ(※途中で各種の作業が行われた期間などもあるため,4年弱でこの日数になっている).ここから見積もられるCNOサイクル由来のニュートリノは,地球において1平方cmあたりで毎秒およそ7.0(+3.0 -2.0)×108個になるらしい.

現状だと測定精度もあるためまだ太陽内部の重原子の量について制限を付けられるほどにはなっていないが,これまで見えなかった太陽の中心を見るための手段の進歩,ということで面白い報告であった.

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  • ノイズの排除手順も興味深いです。
    書いてあることを読むとそうなのだろうなという感じですが、
    その手順を案出・確立するまでに試行錯誤があったのでしょうね。

  • by Anonymous Coward on 2020年11月28日 16時24分 (#3932312)

    星間ガスを燃やすには、CNOサイクル領域まで圧縮加熱が必要では?
    大変だなぁ。

  • by Anonymous Coward on 2020年11月29日 14時53分 (#3932656)

    高電子倍増管を使うからには透明でないといけないと思うのですが、有機溶媒って下の URL を見ると、カミオカンデ等で採用されている水と比較して取扱が面倒そうなのがならんでいます。
    https://www.nanomisttechnologies.com/solvents-list.html [nanomisttechnologies.com]
    なんで有機溶媒なのかなと、小学生のような疑問が頭の中に上がってきても調べようがないところがとても残念です。

    太陽から飛んできているということは、日周と完全に同期しているだろうなとか、それを考えると地球の裏側も含めた大気での反応を背景として排除するのは考え方としては容易な気がするななどと、精度はともかく比較的すぐに傾向がつかめて自信を深めたのではないかと想像しました。
    まぁでも太陽由来であると言い切ること、 CNO 反応由来であると言い切ることへのハードルは相当に高かったことは想像に難くありません。太陽ニュートリノ天文学といっていいかな?今後の発展に期待してしまいます。

    今回も面白かったです。ありがとうございます。

    • 有機液体シンチレータだと,蛍光分子を混ぜることにより発光効率がかなり高くなります.
      水は大量に用意するのも容易だし不燃性だしといった利点はあるのですが,同じエネルギーの高速粒子が発生した際の発光(主にチェレンコフ光などによる)の効率が低く,有機溶媒(と蛍光分子)を組み合わせた場合の発光効率とは1~2桁ぐらい発光効率が違うようです.
      このため,例えば日本のKamLAND実験などでも有機液体シンチレータが用いられています.

      親コメント
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「科学者は100%安全だと保証できないものは動かしてはならない」、科学者「えっ」、プログラマ「えっ」

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