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日記

phasonの日記: 緑藻類において広範囲に見出された,巨大ウィルスの内在化

日記 by phason

"Widespread endogenization of giant viruses shapes genomes of green algae"
M. Moniruzzaman, A. R. Weinheimer, C. A. Martinez-Gutierrez and F. O. Aylward, Nature, 588, 141-145 (2020).

関連する部分を調べていたら,本論より長くなるというある意味本末転倒.いや,やっぱりウィルス周りは面白いですね.

ウィルスと生物のゲノム(※遺伝情報の全体を指す)との関係は非常に複雑かつ興味深いものである.例えば,多くの生物のゲノム中にはRNAウィルス由来の遺伝子(※狭義には,ある一つのタンパク質のもととなる情報を指す)などが存在することが判明しているし(*1),そのウィルス由来の遺伝子の中には生存に不可欠なものも数多い.また生物のゲノムの中にはゲノム上を移動する配列であるトランスポゾン(*2)やレトロトランスポゾン(*3)などが存在し,これらがウィルスの起源である可能性も指摘されている.また逆にウィルスが(誤って)宿主のゲノムの一部を自身のゲノムに取り込んでしまう例もあり,さらにそれが別の生物に感染し,さらに時にはそのまま発現に失敗して感染先のゲノムにその配列が取り込まれる,などと言うことも起こっているとみられる(*4).

*1:例えばRNAウィルスは自分の情報を感染した細胞の持つDNAに逆転写・挿入し,それを細胞自身に読み込ませることで自分のパーツを合成させている.この組み込まれたDNAが何らかの弾みに一部不活化したり破損したりすると,ウィルスそのものではなく,その一部のパーツ(=タンパク質)を合成するための配列(=遺伝子)として宿主のDNAに残り続ける場合がある(と考えられている).こういった断片が,時には宿主細胞自体が読み出せる形に修正され,有用なタンパク質を作るための情報として再利用されていると考えられている.こういったウィルス由来の遺伝子は,内在性ウィルス様配列などと呼ばれる.

*2:ゲノム上には,特定の酵素によってDNAから切り出され,別な場所に挿入されることで場所を移動する遺伝子が存在する.このような配列を(狭義の)トランスポゾンと呼ぶ(※広義のトランスポゾンは,次に述べるレトロトランスポゾンも含む).トランスポゾンが移動する際には時として周囲の配列を壊したり,挿入先の配列に割り込むことによりさまざまな変異を引き起こしており,進化の原動力の一つではないかと考えることもできる.

*3:生物のゲノムの中には,読みだされRNAに翻訳されたあと,逆転写酵素により再びDNA(の別な場所)に書き込まれるような配列が存在する.このような配列をレトロトランスポゾンと呼ぶ.通常のトランスポゾンと異なり,元の配列はそのままにコピーが新たに挿入されるため,レトロトランスポゾンの配列は増加することになる.動作としてはレトロウィルス(ウィルスのRNAが逆転写酵素によりDNAに挿入され,それが読みだされると再びRNAが作成される)とほぼ変わらないため,レトロウィルス(の断片)が遺伝子に取り込まれたものの可能性がある(もしくは逆に,レトロトランスポゾンからレトロウィルスが生まれる可能性もあるのか?).

*4:この結果,ある生物の持つ遺伝子が,その生物の別の個体や,種の壁を越えて別の生物種に広まることもある.これを遺伝子の水平伝播と呼ぶが,研究が進むにしたがって非常に多くの水平伝播が起こっていることが明らかとなっている.

さて,そんな興味深いウィルスであるが,近年,非常に物理的なサイズが大きく,ゲノムサイズも大きい(=数多くの遺伝子を含んでいる)ウィルス(巨大ウィルス.*5)が海洋中などからいくつも見つかり,注目を集めている.

*5:これら巨大ウィルスは,単体での増殖こそできないものの,非常に多くの働きをするタンパク質がコードされており,ゲノムサイズ的にも一般的な細菌などと遜色がない.ゲノムの中には代謝に関わるタンパク質の遺伝子やアミノ酸合成にかかわる遺伝子などもコードされており,部分的とはいえ「生命」の定義としてよく用いられる「代謝」に自身がかかわるなど,一般的なウィルスとは異なる面が有る(これらの遺伝子が独自に発達したものなのか,宿主からたまたま拝借して取り込まれているものなのかはよくわかっていない).このため「生物とは何か?」という境界がさらにあやふやになってきている.また面白い仮説として,エンベロープ(ウィルスを覆う脂質二重膜.細胞膜や核膜と類似)をもつ巨大ウィルスが原核生物に感染したことが真核生物の始まりなのではないか,というものも提唱されている.つまり原核生物に巨大ウィルスが感染し,主要なDNAとして細胞全体の代謝を制御,原核生物側がもともと持っていたDNAもその代謝を維持するために必要な情報として一緒に組み込んでしまい,「もともとウィルスだったもの + 吸収した細胞のDNA」が一体化して細胞核になったのではないか,という仮説だ.細胞核の起源自体はよくわかっていないので,これはこれで面白い仮説である.異論も多く,広く認められた説ではないが,関連する論文が今年も出ていたりする

前置きがやたらと長くなってしまったが,今回著者らが調べたのは,海洋においてかなりの存在数だとみられているこれら巨大ウィルス,もう少し正確に言うと,核に似た構造をもちDNA二重鎖をゲノムとする「巨大核質DNAウィルス」(Nucleocytoplasmic Large DNA Viruses,NCLDVs)は,他の生物のゲノムにどの程度影響を与えているのか,というものになる.
といっても著者らは実験をしたわけではなく,公開されている緑藻類のDNAの配列を調べ,その中からNCLDVs由来と考えられる配列(NCLDVsに見られる配列と同一性の高い配列)がどの程度あるのか,ということを調べている.

というわけで結果を見ていこう.
著者らが調べたのは,公開されており入手が可能な65種のゲノムであるが,そのうち24種からNCLDVs由来と考えられる配列が見つかった.これら24種には,計18種の巨大な内在性ウィルス様配列があり,その大きさは7万8千塩基対~192万5千塩基対という非常に大きなものであった.何せもともとのNCLDVs自体が非常に大きなゲノムをもっているため,その残骸として残っている配列も非常に大きい.
これだけ大きな配列があるということは,数多くの遺伝子を一度に手に入れることができた,という言い方もできる.そう考えると,NCLDVsは緑藻類などNCLDVsが感染する海洋生物の進化において,非常に大きな役割を果たしている可能性がある.
(一気に数多くの遺伝子を別の種間などで移動させることが可能なので,影響も大きい)
さらに緑藻類のうち12種に関しては,2種以上のNCLDVsの遺伝子を引き継いでいることが見いだされた.つまり,少なくとも2回以上は「NCLDVsに感染 → うまいこと不活化して,その遺伝子ゲット」という過程を経たことになる.
獲得された遺伝子の中には,緑藻類自身のスプライセオソームによりスプライシング(*6)が起こるようイントロン(※もともとのNCLDVsには存在しない)が追加されたものも多く,緑藻類が取り込んだ遺伝子配列を活用しているさまが伺える.

*6:DNAから転写されたRNAは,イントロンと呼ばれる部分が除去(=スプライシング)されたあと,最終的なタンパク質へと翻訳される.

ある緑藻類では,持っている遺伝子(=タンパク質として発現する部分)のうちおよそ10%がNCLDVs由来であると推測され,海洋生物のゲノムの進化においてNCLDVsがかなり重要な役割を果たしているとみられる.また,NCLDVs由来の配列も複製されていたり,不要な部分(多分)が削られていたりと,もともとのNCLDVsの遺伝子そのままではなく,さまざまな変異・進化を受けていることが分かった(このため,これらの種にNCLDVsが感染・その遺伝子が定着したのはかなり以前のものも多いことがわかる).ウィルス由来のDNAも,安定にそのまま存在し続けるわけではなく,かなりダイナミックに変化してきているわけだ.

そんなわけで,緑藻類におけるNCLDVs由来の遺伝子を調べた,という研究であった.
発見から(というか,ウィルスと認識されて以来,というか)20年ほどになるNCLDVsであるが,実際の生物種のゲノム中にかなりの痕跡を残していることが明らかとなり,今後緑藻類に限らず,さまざまな生物の進化とのかかわりが研究されていくことが期待される.

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