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日記

phasonの日記: 金属ナノ粒子の堆積を使った3次元ナノ構造作成法 2

日記 by phason

"Three-dimensional nanoprinting via charged aerosol jets"
Wooik Jung et al., Nature, 592 54-59 (2021).

金属のナノ構造体は,その特異な電磁的な応答を利用してプラズモニックデバイス(*1)や光学的メタマテリアル(*2)への利用が期待されている.ただ,工業的に利用しようとなると「どうやってナノ構造を安価に量産するか?」というのは大きな問題である.特にメタマテリアルのように広い領域を覆う必要があるとなると,大面積に一気にナノ構造を作りこめるような製造手段が必要となる.
今回の論文で報告されているのは,真空チャンバー中に基板とそこから少し浮かせたマスクパターンを用意し,そこに向かって放電により発生させた金属ナノ粒子を吹き付けるだけでさまざまな立体的なナノ構造が作成できる,という論文である.

*1 金属の表面プラズモンと光との相互作用を利用した素子.非常に強い発光や吸光,局所的な強烈な電場を利用した分光など,用途が多い.

*2 光の波長よりも小さいサイズの構造を作りこむことで,連続的なバルクの物質ではありえないような負の屈折率を持つ(のと同じ応答を示す)物質を作ることができる.これは微視的には無数のインダクタやキャパシタが並んだ構造なのだが,それが波長よりも小さいサイズで並んでいるため,長い波長をもつ光にとっては負の屈折率を持つ連続媒体であるかのように振る舞う.このようなメタマテリアルを使うと,物体の周囲を(特定の波長域では)光が迂回して裏側まで進むため外部からは光学的にまったく存在が見えなくなるような「クローク」や,回折限界を超えた微視構造の結像が可能な「スーパーレンズ」,メタマテリアルによる波形制御を利用したアンテナの小型化・指向性制御・広帯域化など,さまざまな用途が提案されている.

この論文,起こっていることは非常に単純だ.
まずナノ粒子の発生源としては,各種金属を電極とした真空放電が用いられている.放電により電極表面がバラバラに飛び散り,金属ナノ粒子が生成する.この時ナノ粒子の表面には電子を失って生じた金属(とか残存ガス)のイオンも付着しているため,金属ナノ粒子自体は正に帯電している.また当然,ナノ粒子に付着しなかった正イオンも周囲には飛散している.なお,ナノ粒子のサイズは金属の種類にも依存するが,おおむね10 nmかそれ以下ぐらいのようだ(Extended Data Fig. 3).
この噴出した正に帯電した金属ナノ粒子と正イオンは,印加された電圧に引っ張られ,基板に向けて加速していく.基板の少し上には,さまざまな形状の穴をあけたマスクパターンが置かれており,このマスクを通り抜けた金属ナノ粒子が基板上に堆積する.装置全体の構造は,Extended Data Fig. 1を見ていただくとわかるだろうか.
積みあがった柱状構造は例えばExtended Data Fig. 4を見ていただくとよい.3種類の異なる金属で柱状構造を作っている.なお,論文のほうでは途中で金属の種類を変え,根元から順にPd,Au,Cu,Agと異種金属を順番に積み上げた構造なども作成している.

ここで面白いのは,実はマスクパターンには軽くて動きやすい正イオンが先に到着し降り積もっている,という点だ.このため,マスクパターンは正に帯電しており,同じく正に帯電した金属ナノ粒子との間に反発が働く.このため,マスクパターンに開いている穴の真ん中あたりに向かって金属ナノ粒子のジェットは収束され,非常に細い流れとして基板に降り注ぐ.これは言ってしまえば,半導体素子の作成の際にマスクパターンを抜けてきた光をレンズで集光するのと同じで,マスクパターンよりも細かい構造を作ることができる.

マスクパターンを抜けてきたナノ粒子のジェットは徐々に基板上に積み重なって細長い柱状に繋がっていく.柱の直径は条件を整えてやると85 nm程度までは細くなるようである(この時,マスクパターンの穴の直径は500 nm).柱状に積み上げられる高さはかなり大きく,例えば直径が300 nm程度で長さが11 μmといった細長い構造などが紹介されている.また,マスクの穴の形を変えることにより,さまざまな形状に金属を堆積させることができる(Extended Data Fig. 2).
さらに面白いのは,このナノ粒子の堆積の途中で基板を前後左右に動かすと,より複雑な3次元構造が作れる,という点だ.基板上に金属ナノ粒子が積み上がりはじめると,導電性で尖った構造,ということになる.基板の電位が負に印加されていることを考えると,この「尖った部分」は非常に電場勾配が大きくなる(避雷針の先端と同じである).その結果何が起きるかというと,ジェットとして降り注ぐ正に帯電した金属ナノ粒子を,すでに積み上がりはじめている先端部が吸い寄せることになるわけだ.
これを利用すると,単なる柱状ではなく,途中から違う角度に伸びるような1次元構造が可能となる.例えば1次元状に積みあがっていく途中で基板(逆にマスクパターンをスライドさせてもよいが)を少しずつ横に動かしていくと,金属ナノ粒子が横向きに吸い寄せられながら斜めに伸びる,ということになる.
言葉で書くとわかりにくいが,ナノ粒子の運動のシミュレーション動画を見ていただければ一目瞭然だろう.
著者らはこれを利用して,途中から斜めに伸びる構造(Extended Data Fig. 6)やらせん状の構造(Extended Data Fig. 5)などを報告している.
なお,うまく基板の位置を調節しながら堆積させると,途中から斜めになるどころか,斜め下方に伸びていくような形状も作成できるようである(一度落ちていきかけたナノ粒子が,斜め上方に吸い寄せられることで「η」っぽい構造が作れる).

著者らが報告している中で重要なのは,Extended Data Fig. 8にある構造だろう.このような「リングの一部を切り取った構造」はスプリットリング共振器と呼ばれ,このリングがコイルと同等に,切れている部分がキャパシタとして働くことでLC共振器となる.このような微小なスプリットリング共振器を並べるとメタマテリアルを構築できることが知られており,メタマテリアルを作る際の代表的な素子である.
基板上に基板平面と平行にこうしたスプリットリングを作るのは簡単なのだが,その場合基板に垂直な磁場成分にしか応答できない.それに対し今回の手法では基板から直立したスプリットリング共振器が作成可能であり,これを直交する2方向 + 基板に平行な方向に作りこめば,あらゆる方向の偏光方向に対応できることになるだろう.

というわけで,「立体的な金属ナノ構造を,比較的高スループットに作成する手法」の紹介であった.

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犯人は巨人ファンでA型で眼鏡をかけている -- あるハッカー

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