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日記

phasonの日記: DNAの5番目の塩基Zの合成経路 2

日記 by phason

A widespread pathway for substitution of adenine by diaminopurine in phage genomes
Y Zhou et al., Science, 372, 512-516 (2021).

および

A third purine biosynthetic pathway encoded by aminoadenine-based viral DNA genomes
D. Sleiman et al., Science, 372, 516-520 (2021).

地球上の生物のDNAは4種類の核酸塩基A(アデニン),G(グアニン),C(シトシン),T(チミン)が結合したヌクレオチドの連なりとして構成されており,AはTと2本の水素結合で結び付き,CはGと3本の水素結合で結び付くことで塩基対を作る.これによりDNAは安定な二本鎖構造を形成,遺伝情報を保持することができる.

※なお,RNAではTの代わりにU(ウラシル)が使用される.

さてこの核酸塩基,RNAへと転写され発現する際などに酵素により化学修飾を受けることも多く,核酸塩基(修飾塩基)の種類は実際には4種類どころか100を超えることが知られている.また,DNAの特定部分の発現を抑えるためなど発現を制御するメカニズムとして,一部の塩基をメチル化するなどの化学修飾が行われることも知られている.
とまあ,4種類に限られない核酸塩基ではあるが,それら修飾塩基は基本的にはRNAとして情報を伝達する途中での修飾であるとか,一時的な発現の制御であるといった例外的なもので,生物のDNAは基本的には上記の4種の塩基でできていると言える.

……と今まで思っていたのだが,今回の2本の論文によると,そうではないことが昔から知られていたらしい.
1977年にKirnosらが報告したところによると,シアノファージ(シアノバクテリアに感染するファージ)の一種であるS-2Lにおいては,ほぼすべてのAが,もう一つアミノ基が導入された別種の塩基(Z)に置き換わっているのだそうな.つまり,通常の生物がAGCTの4文字を使ってDNAを作っているのに対し,S-2LはZGCTという4文字でDNAが構築されていることになる.
このZ塩基,Aのピリミジン環(窒素原子を2つ含む環)の一つ残っているC-Hを,C-NH2で置換したものとなっており,分子構造的にはAとGの合いの子のような分子となっている.
今回報告された2本の論文は,このZを合成する酵素とその構造を決定し,どのようにZが合成されているのか,そしてシアノファージ等にどの程度このZを合成する遺伝子が広まっているのかを調べたものとなる.なお,2本の論文は別のグループによるものなのだが,投稿日も1週間以内程度とほぼ同時と,熾烈なデッドヒートが感じられる.

ということで詳細なのだが,正直なところZの存在を(いまさらながらに)知った衝撃のほうが大きく,論文の内容自体に関しては「まあそんなもんですよね」という感じであまり書く気にならないというか.
Zの合成に重要な遺伝子としては,もともとAを合成する遺伝子のちょっと遠い親戚(由来は同じだが,変異が入ったもの)であるPurZが重要な働きをしており,こいつがグアニル酸のC=Oのケトンの部分をアスパラギン酸に置き換え,PurB(※こいつは通常のAの合成でも同様の働きを行う)が付加されたアスパラギン酸のアミノ基以外の部分をフマル酸として切り出し,あとは通常の流れでZを含むDNAが合成される.
論文では,PurZの構造と,Mg2+との協働による合成メカニズムなどにも触れられているので,興味のある方は是非.
ちなみにZに関しては,通常のAがTとの間に2本の水素結合を作るのに対し,Z-Tでは3本の水素結合が形成されより強く(=安定に)結び付いた塩基対を作ることができる.このことが制限酵素(特定の配列を見つけ,二本鎖DNAを切断することでファージの増殖を制限する)による破壊への耐性を上げ,より増殖しやすくなっているのではないか,という報告が過去にあるらしいのだが,今回の1つ目の論文では実際にA → Zへの置換(PCRでの増幅の際に,Aの代わりにZが入るようにすると,最終的にほぼすべてのAがZに置き換わったものが作れる)を行い,制限酵素でほとんどやられないことも確認している.

今回の結果は,DNAの文字の拡張や,DNAを使ったナノ構造体を作る際に今までよりもさらに安定度の高いZ置換体を利用できることを示唆しているなど,もしかすると実用上も意味があるかもしれない.また個人的には,Zなんて言う変わった塩基をベースにした生命(ファージなんで,生命と呼ぶには微妙ではあるが……)がいることが衝撃であった.

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by manmos (29892) on 2021年05月07日 9時33分 (#4026086) 日記

    タイガース対アトムズ
    ジャイアンツ対カープ

    って覚えたんだけど、アトムズってみんな知らなくなった長い今、どう覚えてるんだろう…

    #当時、阪神は安田とか松岡とか打てないイメージで嫌な対戦という覚え方。で、何で中学生で覚えたんだろう?

  • by Anonymous Coward on 2021年05月07日 22時38分 (#4026706)

    Zの話、以前にうっすら聞いたような気がすのだけど……、
    転写するとどちらもTになり、Tからの転写時の環境によってAかZになるだけ、
    てな事になりそうだと分かってすぐに興味を失ったような気がする。

    でも材料的な意味で効力があるのなら中々に有意義な変化だった訳だ。
    5種類目以上の塩基を持つDNAで遺伝機構レベルからステージの違う
    新しい生物を期待しちゃうのはSFを求め過ぎだった……

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