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日記

phasonの日記: 虚数は実在か?(消化不足) 10

日記 by phason

読んだけどさすがにすぐには理解しきれないものだったので概要だけ.

"Quantum theory based on real numbers can be experimentally falsified."
M. Renou et al., Nature, 600, 625-629 (2021).

虚数は実在だろうか?
物理・工学分野では様々な場面で虚数に出くわす.例えば振動現象,代表的には交流や電磁波などを扱う際には位相として虚数が出てくることはよく知られている.
しかしながらこれは虚数が実在であることは意味していない.これら振動現象における虚数は,式の見通しを良くし簡潔に表現するためのいわば数学的なテクニックとして虚数が使われているだけであり,何なら虚数を使わずに全く同じ定式化が可能である.

では,虚数は非実在なのだろうか?
ここで問題となるのが量子力学である.量子力学は複素ヒルベルト空間を舞台として定式化されており,そこでは複素数自体が実在のものとなっている.これは数学的なテクニックでどうこうできるものではなく,本質的に「虚数が無ければ成り立たない」というような代物である.
量子力学が大きな成功をおさめている現在,では,虚数も実在のものと呼んでよいのだろうか?

実はこの点に関しては,現時点でもあまりはっきりしてはいない部分がある.
そもそも「量子力学を複素ヒルベルト空間において構築しないといけないのか?」という部分には議論の余地がある.複素ヒルベルト空間において構築されている量子論ではあるが,我々に観測可能な量はすべて実数となり(複素共役との積をとったりする段階で虚数成分が消える),虚数が表に現れることは無い.であるならば,量子力学というのはそもそも虚数を含まないような定式化が可能なのではないだろうか?むしろそのほうが自然なのではないだろうか?

今回の論文の著者らはこのあたりの問題を以前から取り扱っており,実ヒルベルト空間上で量子力学を定式化する試み(Phys. Rev. Lett. 102, 020505他)などを発表している.
といっても著者らは別に「虚数なんて存在しない!今の量子力学は間違っている!」と主張したいわけではなく,
・複素ヒルベルト空間上で構築された,通常の量子力学
・実ヒルベルト空間上で構築された,既知の量子現象を再現できるような代替量子力学
を比較し,両者に違いがあるとすれば「『虚数』という存在が本当に実在(必要)なのか否か」を決めるようなことができるのではないか?というあたりを追求したい感じのようである(勝手な感想です).

ということで今回の論文なのだが……さすがに忙しい中に斜め読みでどうにかなるものでもなく,あえなく轟沈.
とりあえず著者らの主張としては,

・複素ヒルベルト空間に構築された通常の量子力学と,実ヒルベルト空間に構築された量子力学では,異なる結果を生む測定が存在する
・今後そのような測定を実際に行うことができれば,「量子力学にとって『虚数』というものが必要不可欠なのか否か」(=虚数が単に記述を単純にするための数学的なテクニックなのか,量子力学にとって根本的に必要な存在なのかどうか)が区別できるはず

ということらしい.
著者らも書いているが,「局所実在論に対するベルの不等式」と同じような研究と思えばわかりやすいかもしれない.
「局所的な隠れた変数理論」と「確率論的な量子力学」は一見すると同じような結果を導くため区別できなそうだが,実は両者が食い違った結果を予想するような測定が実現できる,ということが明らかとなり,実際に実験が行われた結果局所実在論が否定された,ということと同様で,今後量子論にとって虚数が実在なのか否か,が決定される日が来るのかもしれない.

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by yaegaki (47415) on 2021年12月25日 14時27分 (#4176310) 日記

    別コメントの数自体が実在しないというのも理解できる
    (般若心経について調べたときそういう話があった気がする)

    我々に観測可能な量はすべて実数

    ここが大事な出発点で、
    虚数に対応するような事象が観測できるのでは?という直感があるが、観測できない。
    それはなぜなのかと追究することで新たな発見につながるかもしれない。

  • by Anonymous Coward on 2021年12月24日 18時44分 (#4175947)

    整数はいつでも自然数2つの組で代わりに表すことができるから負の数は実在しないと言えるか? みたいな話を17世紀頃のヨーロッパでは大真面目に議論していたような

    • by Anonymous Coward

      波動の計算などは「複素数を使うと圧倒的に楽」という事実がありますが、「計算のための便法にすぎず、最終結果に虚数は出てこない」という考えが根強いです。
      量子力学のように基礎的な物理学においても、「虚数は便法にすぎず実在ではない」という考えのほうがむしろ多数派だったかと思います。著者らはその基礎づけをしていたのでしょう。
      それが疑わしいということは「虚数に対応する実在がある」ということですが、物理学的な実在について何らかの感触がある人でなければ、いかに定式化したところでまったく理解できないことです。つまり素人が出る幕はありません。

      > ・複素ヒルベルト空間に構築された通常の量子力学と,実ヒルベルト空間に構築された量子力学では,異なる結果を生む測定が存在する

      一般相対性理論は量子力学よりかなり「直感的」ですが、それでも普通の人は測定で明らかなナントカのパラドックスを理解できません。もし理解したければ、すくなくとも数年かけて勉強するしかありません。この話も同様でしょう。わたしも類推で書いているだけです。

      • by Anonymous Coward

        #4175947ではないので話がずれるかもしれませんが、それは量子力学の話ですよね。

        もとの日記の話で、工学分野で虚数が使われているのを「虚数を使わずに全く同じ
        定式化が可能」と言って切って捨ててしまっていますが、それなら負の数も実在
        しないと言えるよねっていうのは、わたしには筋の通った疑問と思います。

        「虚数は実在か」って題名だけならともかく、文章の最初に工学分野の例を出して
        いるわけだから気になった。量子力学の話だったらわたしにもわからない。

    • by Anonymous Coward

      イデア論?や『始めに言葉ありき』的な形而上学的なモノか、ゼロが自然数か?みたいな学説次第かと。
      例えば、幾ら拡大しても凸凹が無く幅ゼロの線(2次元世界)や完璧な正三角形(角が完璧に90度の正方形でもOK。測れる機械があるか?)が実在するかと言う世界観かと。

      学問的には、例えば0+1=1や0/0=?(同じ数字同士で1といいそうですが正確はゼロは割れないだったかな)みたいに大前提をコンセンサスで定義するのが限度かなと。

      #時々、永久機関発見したという人がいるけど。ムペンバ効果みたいな発見もあるからこの世はおもしろい。

  • by Anonymous Coward on 2021年12月24日 23時28分 (#4176085)

    1とか2とかいう数自体が「実在」なんてしない。
    1匹の猫だとか、2枚の紙だとか、数を用いてモデル化できる観測対象が存在するだけ。
    そしてその対象の種類によっては負数や小数や虚数に対応する状態が想定すらできない。
    複素数を用いてモデル化できる現実の減少は稀だけど存在する。

    と言うだけの話だよ。
    余りに馴染み深いから「自然数くらいは実在するんじゃないか」とか思うのが間違いのもと。
    まぁ脳の中には自然数に対応して反応する領域とかがありそうだから、そういう意味では他の物質と同じ程度に実在すると言えるかもしれないけど。

    量子力学での問題なら、「宇宙のどこかに平方根の計算(みたいなの)に対応する処理があり、それが負数を対象に取る」のか「複素数でモデル化した方が手っ取り早い振る舞いが存在する」のかみたいな話だろうな。
    前者なら虚数の「実在」は疑う余地がない。やはり実在するわけじゃないが、「負数への平方根」が自然だとは言える。
    まぁ後者だろうなと思う。物理学はそんな詳しくはないけど。
    ただそうだとしてもおそらく明白な答えが存在するような問題じゃない。

    計算機の世界だと虚数は概ね実在しないと言って良い。
    もちろん複素数だって扱えるが、虚数のない世界で表現してるだけだし、計算機の設計上も虚数はまず要らないね。

    さらに言えば「物理学的な世界」自体が実在しない。
    我々の観測結果を説明する都合の良いツールに過ぎんよ。
    実際に実在するのは観測結果、そして観測結果の間で成り立つ法則に過ぎない。
    つまり計算だけだよ。

    • by Anonymous Coward

      なんか学会の閑話に高校生が割り込んだ感じ。
      そんなレベルで話されても。

  • by Anonymous Coward on 2021年12月25日 2時07分 (#4176123)

    主題に沿ったコメントになるか分からないけど。あと実在とは何ぞや?という点は他のコメントに譲るとして。

    複素数って、1を((1,0),(0,1))、iを((0,-1),(1,0))という行列で表現すれば実数だけで表現できるから。虚数が実在か否か?って問題は、行列が実在か否か?って問題に帰着すると思う。量子力学的にはディラック方程式なんかでパウリ行列使ったりするから、行列が居てくれないと困るけど・・・。そもそも行列って何を表現しているのだろう?って考え出すと袋小路に迷い込むので、この辺で。

  • by Anonymous Coward on 2021年12月25日 14時36分 (#4176317)

    まるで実数が実在してるかのような前提の話だけど、実数も概念であって実在はしてないよね。

    • by Anonymous Coward

      まるで実数が実在してるかのような前提の話だけど、実数も概念であって実在はしてないよね。

      リンゴ1個は存在するけど、リンゴi(虚数)個は存在する?という「メタのレベル」を理解しろ。

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計算機科学者とは、壊れていないものを修理する人々のことである

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