riverの日記: 東浩紀さんのtwitterから 4
日記 by
river
東浩紀さんが「科学する麻雀」という本の感想をtwitterに書いていた。
先行世代に蔓延する不合理な迷信を否定しデーター主義の確率論を標榜する麻雀本が出る状況を、エビデンス(無機質な統計データー)ばかりが重視され物語的な魅力を持ったワイルドな言説が駆逐されようとしている言論界の現状に重ねあわせて嘆いているようだ。
たとえ確率論的に不合理な迷信であっても、それによって目の前の麻雀体験が豊かになるなら、そちらを選ぶ方がむしろ合理的であり得るのだとしている。
彼はこのような議論(屁理屈だと思うんだが…)を、確か元々は放射能に関して言っていた。
放射能に対して科学的に不合理な怯えを抱く人に対して、その不合理さを科学的に指摘する人(たとえば妻の不安を共有しない夫)を批判して、本当に合理的な人は相手が不合理ならそれに合わせて自分も不合理に振る舞うはずで、科学的な合理性に拘り相手を怒らせるのはむしろ合理性が足りないのだと言うようなことを言っていたと記憶する。
ともかく彼は不合理な迷信の側に立つということで、自分は「科学する麻雀」ではなく「ムダヅモ無き改革」で行くぞと冗談めかして宣言している。
のだが、eukareさんの日記を見たら当のムダヅモの作者は科学的なデーター出しながら放射脳をやっつける漫画を書いていた。
追記
文中に書いた東浩紀さんの放射能不安に関する議論というのはこれでした。
別のマンガによると (スコア:1)
相手が不合理ならそれに合わせて自分も不合理に振る舞う
こちら [yucl.net]によると、強い妄想を抱いている(『妄想』まで行かなくてもネガティブなことが頭から離れない)人には、そのことを否定も肯定もせず、話を逸らすのが一番いいそうです。
Re:別のマンガによると (スコア:1)
リンク先面白くてためになりますね。ありがとうございます。
相手の状態次第ですが、私は基本的には自分の信じる合理的な説明を試みて対等な立場で議論したいタイプですね。
もちろん相手に妄想やネガティブなことへの病的な執着があるようなら、リンク先の説明のように相手の精神をいたわって受け入れるなり話をそらすなりすべきなのでしょうが。
;; いやでも実際は結構相手に合わせて喋ってるか…
なんというか (スコア:1)
それは、その科学的な問題において合理か非合理かと、
相手との人間関係において合理か非合理かとで
レイヤーの違う別々の問題じゃないでしょうか。
しろうと考え
Re:なんというか (スコア:1)
まったく同意です。
放射能でも麻雀でも、科学的、数学的に詰めて言える部分と、人間関係をどうするかとか麻雀をどう楽しむかという個々人の選択の部分は別の問題ですね。
客観的に論じることの出来る前者に対して、後者は主観的な判断でしかないからそもそも何が合理的かなんて決められない性質のものです。
例えば私だったら相手の非合理に合わせるという操作的な態度は(相手の状態にもよるが)取りたくないし、確率論を無視したマンガチックな打ち方で麻雀体験が豊かな物語性を獲得するということもない(だったボードゲームの最大の物語は、自分に勝つための優れた判断を下す実力があり、その反映として勝敗や勝率があるというものなんだから)。
この両者を合理的という言葉でごっちゃにして前者の価値を転倒しようという東浩紀さんの議論はやはり言葉遊び的な屁理屈に思いますね。
;; ここで科学も数学も厳密に突き詰めれば非科学との境界が怪しくなるというような話から、だから科学もオカルトも五十歩百歩だみたいに飛躍するような手合いが出てくるとやっかいなのですが…
レイヤーが違うと言えば、そもそも彼が懸念している人文とか思想とか(私は全く疎いのだが)の科学的に詰めて語る分野ではない領域でデーター主義に走り思索的なものが軽視されるということの不味さと、科学や数学の問題とはやはり全然違う話だと思う。