route127の日記: Th音 6
thの音が2066年頃には失われる、みたいな話を最近発見器界隈で見かけたが、英テレグラフの記事は2016年付なので2066年というのも今後50年程度のことなのであろう。
実際映画なんかでもth音が学校で習った音とは違う気がすることは多々ある。
シュワルツェネッガー出演映画でも、シュワ役名「ガンサー」(Gunther)が人によって「ガンター」と言っているように聞こえたりした。
この映画は上映館が少ないと思ったら素人映画へのゲスト出演みたいな感じでシュワルツェネッガー出てくるのが最後の方で、損した気分になるけどエンドロールで流れる曲に合わせてシュワルツェネッガーの歌が聞ける。
他にも「シンシア」(Cynthia)を「シンティア」みたく発音してるのも聞いたことある。
ルーズベルト大統領の名もカナ書きするとき「テオドア」なのか「セオドア」なのか分からないけど「ティディベア」から類推したらやっぱり「テオドア」なんじゃないかとか、でも「ディープスロート」は「ディープトロート」になるのか?とか。
直後に母音が来るときはt音、子音ならs音みたいな場合分けしとけばいいんだろうか。
その辺政府で翻字規則を決めてたりしないかと思ったけど上手く調べられなかった。
それはそうとITmediaのノック2回失礼記事がyahooニュース入りしてた。
つい最近もマナー大喜利とか師走の嘘マナースレとかあったばかりのような気もしたが相変わらず流行ってるのかこういうの。
こういう自称マナー講師(元スチュワーデスとか元アナウンサーあがりが多い気がする)のセミナーというのも結局相手に恭順の意を示す為の儀式を授業するものだと思うので合理的かどうかで議論するのは上がる土俵間違ってる気はする。
個人的には法律上の自分の不利益を受入れる前提で、暴力で自分に有利な決着がつけられるなら別にマナーに従う必要もないとは思うが。
(今のところ大多数はそうした道を選ばないが)
昨今の筋トレ流行りなんか見てると結局物理層で解決しようというような機運は感じるけれども。
以前会社サボってシュワ主演のサボタージュ観に行ったら冒頭のシュワ内勤シーンで上司の居室入る際のノックが2回で「嘘マナー屋なんかより知名度も筋力もずっと上のシュワルツェネッガーがノックを2回しかしてない!」と感動した覚えがある。
是非、事前に元大阪府知事を憑依させた幸福実現党総裁に「ノックは2回」と宣伝させた上でゴールデンタイムに放送しよう(バーターとして翌週「宇宙の法 黎明編」を放送)。
でもメキシコの麻薬カルテルに惨殺されるシーンとか放送が出来るのか?
と思ったら去年4月に午後ローで放送済みなのか。
表記がDのスラング (スコア:1)
1987年のThe Beatmasters (Feat Cookie Crew) [wikipedia.org]TのRock Da House [youtu.be]とかBomb The Bass [wikipedia.org]のBeat Dis [youtu.be]とかBeat Dat [youtu.be]とか。
DA PUMPのDAもtheの意味で「Rock Da House」というタイトルの曲があるそうですがThe Beatmastersとは無関係な感じ [youtu.be]です。
Re:表記がDのスラング (スコア:1)
黒人英語の発音の特徴 [wikipedia.org]ですね。
まあ、非ネイティブにはありがちなことで、それが黒人コミュニティでは長年保存されてきたってことでしょうね。
そういや日本語ローマ字入力も (スコア:1)
tha → てゃ
thi → てぃ
thu → てゅ
the → てぇ
tho → てょ
となっているIMEは少なくないですが、
たんなる入力の都合ではなくて、実際に米語ではそうなりつつあるのですね。
45年前からそう聞こえることはあった (スコア:1)
学校で教える正しい発音とかNHKの語学番組みたいな場所でなく
ヒットソング(流行歌)とかハリウッド映画のセリフとかお行儀が二の次なケースで。
ヒスパニックほか後から来たUSA構成員が大きく影響している?
40+α年前と訂正(Was: Re:45年前からそう聞こえることはあった) (スコア:1)
中学から高校の頃聞いたアメリカ英語の歌とかアメリカ映画やアメリカ発TV番組
でそう聞こえることもあった…程度の意味合いで。それが英国にも…ですか。
さっきは日記にお示しのテレグラフ紙Web記事を読まずに書いたけど、
英国のロンドンでも多民族化が原因で変わりつつあるのですね。
てっきり北米USAでWASPの少数化と表裏一体の多民族化だと決め付けてた誤解。
そらあの旦那は (スコア:0)
英語が公用語な国の生まれじゃないので、発音になまりがあるのはふつー。
それでもって英語の発音の変化の例に挙げるのは無理がある。