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securecatの日記: Re: ARTIFACT -人工事実- | Webサイトとメーリングリストの使い分け 3

日記 by securecat

Webサイトとメーリングリストの使い分けより

参加者が限定されているから、コミュニティの形成という点ではMLは便利なツールでしょう。あと、Webと違って、受動的でも情報を得られるのが利点なんですが、MLだと情報のチェックができないので、S/N比の低い投稿が増えるとMLの価値が下がってしまうことがあるのが難点。

Webなら、ちょっとぐらいS/N比の低い情報があっても、スルーされます。ただ、掲示板だと、場が荒れた時のコントロールが難しい。それが、Weblogみたいに元記事をベースに発展するシステムなら、管理者による場のコントロールは、掲示板より簡単です。

ええと、そもそも論になってしまうかもしれませんが、果たして、コミュニティにおいて管理者はそれほど重要な存在なのか、という点に疑問があります。

ここでいうコミュニティというのが、ちょっと表現がアレかもしれませんが、管理者と管理者に群がる人たちの集まりという状態なのであれば、まあわかるというか、でもそれってどちらかというとファンサークルとか。

一定の目的とか興味の対象とかが基準を満たすもの同士で集まった場合、もちろん管理者というかマスターというかキーマンというかは必要でしょうが、場のコントロールはそれらによるものではなく、環境的に自然的に行われるものではないかと思います。荒れたときなんかも自浄作用に期待できるのではないでしょうかというか自浄作用に期待できないコミュニティなんてやめちまえというか。

コミュニティはテクノロジによって営まれるものではなくてコミュニケーションによって営まれるわけです。管理者はテクノロジでもって後方支援(謎)する必要がありますが、それはコミュニケーション空間という場そのものを維持するために行使されるテクノロジであって、コミュニケーション空間をコントロールするために行使されるものではないんじゃないかと思います。

ていうか、荒れるなら荒れろと。荒れるの定義も何だかアレでして、議論と論争と泥沼の区別がつかない人っていうのがかなり一般的に多いのではないかという気が経験則的に印象づいています。まあそういう人はコミュニケーションと馴れ合いの違いもわからんのではないかと、随分と偏見じみた印象もあるのですが。

僕はコミュニケーションは喜怒哀楽も伴って行われるものと思ってますので、まあ場合によっては荒れてもいいんじゃないかと思ってます。もちろん対話しているという前提での荒れっぷりを容認するのであって、個人攻撃のたぐいやスーパーハカーのDoS攻撃(謎)とかは違います。責めるときは発言者ではなく発言を!

Webサイトと掲示板(あえてサイトと分けてみますが)とML、あとはNetNewsみたいなのとか、そういうのの違いは結局プラットフォームの違いに過ぎないのではないかな。別に郵便ベースのコミュニティだって敷居が高いわけじゃない。興味がありさえすれば問題ないというか。

Webベースだと、技術的な敷居が低そうという観点では、参加しやすいというのには同意なのですが、なんというか、コミュニティに加わるということにはやはりそれなりの責任というか、コミュニティの一員という自負的なものが求められると思うわけです。だからこそ、ちょーカンタンに一見さんになれる系の場が、必ずしも有利であるとはいえないと考えるわけなのです。

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アレゲはアレゲを呼ぶ -- ある傍観者

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