sheseeの日記: 映画 エイリアン: コヴェナント
うっかりプロメテウスを見てしまった者として、半ば義務感で見に行ったのだが、
思ったよりは良かったかな。
ただし、共感しにくい者に感情移入しなきゃならないし、クソ映画のプロメテウスを見ていないと訳が分からないという難易度の高い映画ではある。
(以下プロメテウスのネタバレあり)
リドリー・スコット監督の傾向として、アンドロイド、レプリカント、奴隷、剣闘士、兵士といった自由を拘束された側への共感が高い気がする。一方自由人の描写はなんだか疎かである。
で何が言いたいかと言うと、ダニエルズは主人公じゃ無い気がする。ヒロインかというとそうでもなさそう。
デヴィッドが主人公、エリザベス・ショウがヒロインなんじゃなかろうか。まあキャスト順からも分かるけど。
この映画に出てくる人間は続編までに皆死んでいるだろうし。
ダニエルズと、ウォルターの役割は何かというと、前作で欠落していたデヴィッドとショウとの間の絆の補完的描写の役割かな。
前作でデヴィットが行った動機が不明な悪だくみ、ホロウェイに黒い液体を混ぜたシャンパンを飲ませた行為。これでショウはエイリアンを孕むことになるのだが別にウェイランド社の指示があった訳でもない。デヴィットの純粋な興味にしては邪悪すぎる行為。デヴィッドとショウの奇妙な関係、デヴィッドが愛と呼んだものがあると仮定すれば、多少は納得もいく。愛が重い。さすれば、エンジニア種族を滅ぼすというとても残虐なショウの決断にも加担するであろう。(いや前作ではコンビニに行くのりで出発したけど)
今作のデヴィットは、この惑星で色々、黒い液体を使った創造の実験をしているけど、今作のエイリアンはその結果創造されたものでは無く、ショウの子供としてのエイリアンなんじゃなかろうか。
そして副題のコヴェナントとは、創造主としてのデヴィット、イブとしてのショウ、イヴの子供としてのエイリアンの間の盟約なのだろう。(前作同様宇宙船の名前はダブルミーニング)
そういう訳で、デヴィット側に立つと人間達はゴキブリホイホイにかかった虫でしかないのだけど、人間側に立つとその行動は色々と粗相が多い。一応は常識的判断としての反対意見が述べられているのだけど、結局感情に流されるので説得力が無い。未知の惑星に降り立つのに防護措置が乏しいのは、前作からの問題だけどお約束なのかな?
あとデヴィットに感情移入すると、最後の展開は読めてしまうのだけれども、それはそれで悪くは無い。
リドリー・スコット監督、次回作を前日談にするらしいとの話しがあって、分からないでも無いけど、すごく受けが悪いと思います。
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