パスワードを忘れた? アカウント作成
621276 journal

smoozの日記: 両親の離婚その2

日記 by smooz
そのとき、母から聞いたのは、「父が生活費を入れてくれない」という事だった。
前から感づいていたので、何を今更と聞いていた。
離婚を決意したのは、正月三が日のお昼に、仕事から母が帰って来ると、父は酒を飲んで昼寝中だった。
そのときに、母の中で切れてしまったようだ。

去年の夏頃から、生活費がだんだん少なくなっていて、11月には、「渡したはずだ」「いや、もらってない」の諍いで、結局もらえずじまいだったとのこと。
そのときは、母の給料で生活したとのことであった。
12月はいつもより少なかったが、生活費を入れてくれたとのこと。
しかし、年末に追加の生活費が無く仕方がないので年越しはいつもと変わらない夕食を食べたとのこと。

そして正月の三が日、母の中で「この人と自分が年金生活になって、今まで以上に生活費が少なくなったら、老後を一緒に暮らすことができない」と考えて、決心したというであった。

この話を聞いていて、「なぜ、もっと父に生活費が無いことを明細をあげて説明しなかったのか?」と思ったが、結果が出てしまった後なので質問はしなかった。

生活に困ったあげくサラ金に借金したとのこと。
それの支払いがあるので、10万円を貸して欲しいと言われたので、それを次回に貸す返事をし、また、利息カットの手続きを行うことを強く薦めて帰宅した。

その夜、母からお礼のmailが届いた。
たくましくなったというほめ言葉と共に。

早速、事の経緯を説明し、カミさんに相談したらOKがもらえた。
しかし、次の日に「次はない」という事を言って欲しい。
と言われた。
それは、サラ金の利息カットが行われないと、いつまで経っても死んだお金、つまり、サラ金会社に持って行かれるだけで、何も残らないお金になってしまうからと考えたからだった。
その意見に自分も賛成し、それを言うこととした。

このときのカミさんの意見が、グッジョブだったのに気が付くまで少し時間が必要だった。

次の日に電話が来て、証人のサインを欲しいと言われたので、土曜日の夕方、弟と夕飯を食べた喫茶店で待ち合わせをすることになった。
サインを行い、頼まれたお金を渡しつつ、「返してな」と言い、また、「次はない」という事を言った。

そのときに、給料日まであとこれだけで生活しなければならないと言いつつ、財布の1,000円を見せたので、自分の小遣いの中から、10,000円をあげた。
貸したわけではなく、小遣いとしてあげたのであった。

ここまでは、母の方が犠牲者だという理解であったが、実は違うと言うことを次の日に思い知らされた。
この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
typodupeerror

ナニゲにアレゲなのは、ナニゲなアレゲ -- アレゲ研究家

読み込み中...