snowyの日記: バチカンのサイト、公共の哲学
日記 by
snowy
そうそう、母親のブックマークを整理していたらバチカンのリンクが出てきた。そう言えばまだ見た事が無かったな。あのバチカンのサイトか。
そして思う。
バチカンに比して、仏教はどうだろうか。バチカンに対置できるサイトすら無い。
多くの宗派があるせいだろうか。
キリスト教がカトリックとプロテスタントでほぼ二分に分けきっている(「だからアメリカやイギリスでは二大政党制が抵抗無く受け入れられる余地があるのか」と、書きながら下らない事を考えた。きっと良くある話なのだろうが。ところで、そうだとしたら、フランスやドイツがそうはならないのが興味深い)から、バチカンがここまで力を持ち得るのだろうが、ならば違う過程で、解決を図るべきだろう。成果が出ていない事に危機感を持っているのだろうか?
普及の速度と行動力の違いは、宗教の精神が関係するのだろうか。
そこでDerridaの脱構築を思い浮かべる。今日の思想や、宗教の在り方に於いて、このような基本はとっくに踏まえられていなければいけない事なのだ。実際は、多くの人の間のDerridaに対する誤解すら解けていない現実。そして、Habermasの「コミュニケーション」の問題。公共の哲学がどれほど語り足られていない事か。関係して、岩波から全集が出ているようだ。
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