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taggaの日記: [読書] 数学する遺伝子

日記 by tagga

Keith Devlin (2007) 『数学する遺伝子: あなたが数を使いこなし、論理的に考えられるわけ』 山下篤子 訳、早川書房、 ISBN 987-4-15-208791-1[アマゾン]。

数学の認知的な起源が言語と同じだから、 みんな数学できるんだぞ、という本。 「できる」っていうのがどういう意味なのかが、 はっきりしない。 数量の基本的なパターンを理解し操作できるということであれば、 そう考えられなくもないけど、 いわゆる「できる」ということになれば、別ものだろうと思う。 ふつうの子どもは、言語に異常に興味を示す時期がくるが、 パターンに異常に興味を示す子どもは、あんまりいないと思う。 その一人であった自分は正常とみなされていなかったし。

言語の起源のところでは、どうしても思弁的にならざるをえないけど、 ギャップがいろいろある。 例えば、 「原型言語」の二分木から「言語」のXバーへの移行に大きな意味を 持たせているが、 この移行の過程を描ききれていない。 アトラクターなんだろうというのは、 個人的には賛成なんだけど。 問題になってくるはずなのは、 二分木の再帰と機能語(or 機能範疇)の発達なのだけど、 説明がない。 ついでいうと、メインストリームの人たちがもうXバー捨てたころに 書かれている本なのだけど、言及がないのも不思議。

この辺はビッカートン見ろということなのかもしれないが、 そこを見るとしたら、 この人が比喩だと考える心のモジュール性をちゃんと考えなければ いけなくなって、 本筋が破綻する気がする。

#あと、どうでもいいことだけど、 p.196 の「生成文法は高度なコンピュータプログラム言語のデザインや実行に影響力をもつようになったが、言語学の世界ではほぼ立ち消えになってしまった」 というのは、 若い人がびっくりするような言い方なので、注でもつけといて欲しいなあ。 数学者から見ればそう言いたくなるのはよく分かるけど。 メインストリームが初期の目的の一つである、 全ての可能な文を生成する文法をつくるというのを 言わなくなってから久しいのは事実だけど。

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