taggaの日記: 「テロ」に負けるな 3
テロ行為ではなく、「テロ」という単語の使い方について。
言語学の意味論 (の古めの一つ) では、 denotation 明示的意味 と connotation 暗示的意味 を区別する。 前者はいわゆる文字通りの「意味」で、 後者はその語に付随して思い起こされる「意味」だ。 例えば「犬」の明示的意味は、 "canis lupus familiaris というタイリクオオカミの亜種"であるが、 暗示的意味にはいろいろあって 自立しない従順なもの、そんなに役に立たないもの、…… などがあり、文化圏ごと人ごとに違っている。
我々がことばを使う際に重視しているのは、実際にはこの暗示的意味である。 明示的意味が同じ「トイレ」「便所」……の使い分けを考えてみればよい。 そして、「テロ」の暗示的意味が、一般には非常に悪いものであるので、 自分たちにとって都合の悪い暴力行為を「テロ」と呼んでしまう 欲求にしばしば権力者とその周辺の人たちは負けてしまう。 自分たちの暴力を「戦い」と呼び、 対立相手の暴力を「テロ」と呼ぶ。
「テロリズム (terrorism)」が政治の言語として出てきたのは、
フランス革命の「恐怖政治」についてである。
そのため「テロ」は legitimacy の意味ではともかく legality の意味では、
合法的であることはありうる。
というより、
多くの「民主主義」的政府は実際には「テロ」を政治の手段として使っている。
「お上に逆らうな。さもないと……」というのは、
明示的意味からは、れっきとした「テロ」である。
# とはいえ、学者と呼ばれる人たちの中には、
「身内」の行為を「テロ」から除くために、不可思議な定義をしようと
努力する輩も多いんだが。
実際の暴力の行使による強制を行なうのではなく、 暴力の行使もしくはその威嚇による恐怖心により強制しようとする「テロ」は、 もしかすると暴力の総量を減らすという点では「平和」的とも考えられる。 ただし、構造上、対象全体ではなく一部分への暴力となるので、 理不尽さは否めない。 だから、どうしても悪い暗示的意味を持つようになる。
平和かもしれませんが幸福ではないと思います。 (スコア:1)
# タイトルは読まなかった方向で(とかゆ暴力は減るかもしれません。
しかし自由も減るし、幸福でもないという点で、平和かもしれませんが幸福ではない、どちらかといえば受け入れ難い状況なのではないかと思います。
# その通りだけど?と言われてしまうとかえす言葉がありません(苦笑
「テロ」による「平和」よりも、「暴力」による「自由」(アメリカっぽい←偏見)を望む声の方が大きいのではないかとも思えます。
# 日本はどちらかというと「報道という名の権力」が「武力」とすりかわって実際的な「暴力」にまで昇華している「暴力」による自由+「無秩序」による「幸福」を享受しているといったところでしょうか。
## 日本のマスコミの行為(特にほとんど捏造に近い風評被害)は十分「テロ」と呼んで良いと思います(マテ
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Re:平和かもしれませんが幸福ではないと思います。 (スコア:1)
自分用のメモなので、 意図が分かりづらいかったかと思います。
多分、分かって書いてると思いますが、 私の主張は、こういう「テロ」の使い方を止めようということです。 「テロ」という非常に悪い暗示的意味をもつ語を、 本当に必要な場合、つまり "暴力の行使もしくはその威嚇により引き起こされる恐怖により 政治的な行為を強制しようとすること" を意味する場合以外に使う必要が本当にあるのでしょうか。 それ以外で使う場合には、 暗示的意味を利用して何か「文字通りの意味」以外のことを 間接的に伝えようとしていないでしょうか。
暴力の応酬が止むことがないのは、「テロ」という語に引きずられて、 両側の当事者がこう考えているからではありませんか。 自分たちの暴力は「自由」を得る戦いのためのいい暴力、 相手方の暴力は不当なことを強制する「テロ」。 このような図式は、 例えば、パレスチナ問題で、 イスラエル側とパレスチナ側の報道を比べてみると よく見えてきます。
なお、「平和」と書いたのは、最近の平和研究で流行の ガルトゥング的な「平和」、つまり "暴力の欠如" という意味で、 自分では使わない用語として「」に入れています。
Re:平和かもしれませんが幸福ではないと思います。 (スコア:1)
予想通りの回答が得られ非常にうれしいです。
私の目的は達成されました。
ありがとうございます。「テロ」に限らず、直感的に判った気にはさせるが本質的には伝わらない、といったような性質の、“日本語を駄目にする”方向の“略語”的な趣旨の造語をやたらと用いる日本語の使い方はやめましょう、という趣旨、かな(少なくとも私の側では)。
少なくともマスコミはやめるべき(今思いつきましたが教育の現場等でも)、というつながりになります。
代替案としては、適切な解説記事を付加する、四字熟語の一字だけをひらがなにするといったような安易な対応をせず、難読字にはルビをふる……
# 逆に無理訳語が沢山出来上がって、謎の中国語っぽくなりそう~(苦笑
言い方を変えると、「テロ」に代表される“安易なレッテル貼り”はやめてきちんとした日本語で正しい理解を自然に得られる文章・言動を、そういう紙面・番組作りを、という展開。
# つまり「日本語でおk」(マテこの主張が、「アメリカ政府」の主張する「テロ」との「戦い」にあてはめれば、おおむね「偏見」というレベルの意見なら「アメリカっぽい」でみんな納得してくれるかな~という。私のほうでは「この部分自由に読み替えて解釈の際、御利用下さい」という使い方です(ぉぃ
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