taggaの日記: [読書] Morphology in English (Hamawand)
Hamawand, Zeki. 2011. Morphology in English: Word Formation in Cognitive Grammar. Continuum. http://www.amazon.co.jp/dp/0826419461/
認知言語学の立場による、英語の語形成の教科書。
接頭辞や接尾辞にどんなニュアンスがあるかを知るにはいいかもしれない。
;; 認知って楽しそうだとは思うんだけど、
やっぱり、どうしてその説明にしなければいけないのかが分からない。
接頭辞派生が品詞転換をするという説明をしているのは、いいと思う。 例えば、“国家”の意味での state (名詞) から、 interstate “国家間の”(形容詞) のような場合である。 その一方、これを出すからには、ほぼ同義の nation だと international と、 形容詞の語尾がつく parasynthetic (接頭辞と接尾辞が両方つく) になるのかに 踏み込んでほしかった。
似たような派生において、意味の違いを接辞で説明しようとしているのは、 気持ちは分かるけど、どうなのだろうか。 例えば、ラテン語の super- とギリシア語の hyper-。 これは本来語の over におそらく相当するものである。 例えば、 supersensitive “高感度の”に対して、hypersensitive “過敏な”の 悪いニュアンスは hyper- に由来するのだろうか。 似た意味で似た形の単語が競合する場合、「棲み分け」か「淘汰」かが起こる。 ラ+ラよりギ+ラは不自然なので、変な方になるのはだろう。 実際、hyper- + ギリシア語基の場合には、悪いニュアンスがないものも多い。
いやまあ、 そういう話をするとなると、 形や供給元の言語への言及が必要になって、 もっぱら意味で片付けるという方針に反してしまうだろうけど。 Lieber の教科書に 載っていた例なのだけど、 “ブッシュ化する”だと Bushify で “クリントン化する”だと Clintonize。 こういうのは、意味ではどうしようもない。 強弱強という英語っぽい韻律になるかによっている。 こういうのがあるので、意味だけでは、やっぱり無理だと思う。
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