taggaの日記: 自分のぶちきれパターン
日記 by
tagga
どうも、自分のぶちきれるパターンというのが、 何かを描く言語の構造と、描かれている対象の構造を 混同している場合が多いって気がする。
例えば、なんどもいいから、整数論を考えてみる。 対象である自然数のもっている構造がある。 それをどう公理化するのか、つまり何を公理にするのか、 どう定義するのかには、かなりの自由がある。
公理体系を決めて、それで証明をしていくときに、 公理系ごとに何をどういう順番で証明していくかは決まる。 別の公理系のものを持ち出して《お前は間違い》という奴は、 (以下、自主検閲)。
公理系と対象の区別がないので、 論点先取りとかやりがちだち、ぶつぶつ。
;; ポモとクロネッカー的な立場は、実は似ている気がする。
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